19.
「そう、あの時の二人だったのね!」
「……なにやらこの二人がクリスティナ様のことを特別に想っていることは知っておりましたが、なにがあったのかお聞きしても?」
グロリアが私にお茶を淹れてくれて、いつまでも彼女たちを立たせていて良いのかわからない私が困惑していると「彼女たちも見習いとは言え侍女なのですからお気になさらず」とそっとそのままでと教えてくれた。
うん……こういうのってやっぱりまだまだ私、よくわかってない。
「えっとね、私が魔力の再検査を受けて一年くらいだったかしら……グロリアは知っているかもしれないけれど、もうどんなに努力しても魔力が私の中に生み出されることはないんだって、結論が出た頃だったの」
そう、最初は魔力ゼロの人間の方が珍しかったし、特に魔力が強いことで国を興したとされる英雄の一族の末ともあろう者がゼロなんてないだろう、ってことで色々と試したのよね。
微弱すぎて検知できなかった可能性を考えて魔力を強める術を使ってみるとか、親の魔力をポーションにして飲んでみるとか……これは事件の時にも飲んだお父様の魔力を溶かしたポーションだったけれど、子供だったからあれよりもずっと薄めのものだったんだろうなあ。全然濃さが違ったから。
よくわからない体操だったり、毎朝何時間にも及ぶお祈りと儀式とか……ああ、思い出すとちょっとクラクラする。
「まあ、それでね。結局途中からだけど……なにも結果が出ない私を、周囲が残念姫君って呼び始めたのよね。当時、私が結果を出せないのと対照的にディアティナ姉様がどんどんと才能を伸ばしていた頃でもあったから」
そう、ディアティナ姉様がいたから。
姉様に支えられて励まされて笑えていたのと同時に、姉様と比べられて落胆される、その事実が辛かった時期。
今も辛くないかと問われればまあ辛いけれど、現実を受け止められるくらいには大人になったから泣くことはない。
「それで、当時こっそり泣く秘密の場所があったの。それが中庭の一部で……ちょうど、木と植え込みの陰に隙間ができていて。そこで出会ったのよね」
「まあ、そうだったのですか」
「といっても、一度だけだわ。あの時私はまた泣くためにそこに行ったら、ボロボロになった二人と……子猫が、いたのよね」
私の問いかけに、二人が同時に頷いた。
あの時の私たちは、本当に小さな子供だった。
でも疑問はある。二人は子爵家に連なる者だ、と言っていたのに記憶に残る姿は曖昧とはいえ、あまり良い恰好をしていなかったように思う。
そんな私の疑問に答えるように、サーラが言った。
「アタシたちは、望まれない双子だった。兄上と姉上が、立派で望まれた子に対して」
「あ、あたしたちは……良い、成績とか……の、残せなく、て……」
二人の言うには、子爵家の長男長女が優秀で、期待されていたのに結果は思わしくない上に性格が好みじゃないと家族から冷遇されたのだという。
別にそこは本人たちは気にしていないみたいだけど、ちょっぴり自分と似ているのに家族が違うだけでこうも違うのかとびっくりした。
(あれ? でも……)
そうだ、優秀じゃない、なんて変だ。
だって二人とも特殊部隊所属だったと言っていたのに?
「王城に連れて来られて、軍隊に入れるって言われて、兄上に訓練だって付き合わされて」
「あ、兄上も軍属です。こ、怖くて、い、痛くて、逃げたんです。そ、そしたら、そこに、クリスティナ様が」
「そうだったのね……」
だからボロボロだった……って。えっ? 割と記憶の中にある私自身も彼女たちもかなり子供だったと思うんだけど。
どのくらい年齢の離れた兄とかは知らないけれど、そんな子供をボコボコにしたってこと? なにそれコワイ。
「クリスティナ様は、アタシたちのために薬を持ってきてくれた」
「そ、そうです。あたしたち、すごく、嬉しかった……」
そうだったのかは私の記憶が曖昧で、二人が思い出を美化していないかちょっと心配になったけど……でもその思い出だけで特殊部隊を辞めてまで私の元に来てくれたのだろうか?
やっぱりまだちょっとわからないな、と思ったところで二人が私の前に跪いたものだから、ぎょっとする。
「あ、あ、あたしたち、双子で、ま、魔眼持ちで」
「でも魔眼持ちなのに、上手く扱えない出来損ない」
その、二人の言葉に私は息をのむ。
魔眼。
それは特殊な魔力を持つ人間に現れる、という。あくまでそれは、ただの噂や伝説。
実際にはその人が持つ魔力が影響して目の色に変化を及ぼすというもので、成長とともに消えたり魔力をコントロールすることで普通の色になったりする。
ただ、やっぱり魔力がモノを言うこの国において魔眼持ちの赤ん坊が生まれると喜ばれる、というのはもうよくある話で……。
私の前に跪いて一度伏せた顔を、同時にあげた二人の目は。
片目ずつ、色が違った。
サーラの紺色の目の、左。
キャーラの茜色の目の、右。
それが、金色に。まるで、双子だから分け合ったかのように。
「……綺麗」
きらきら、きらきら。
それはまるで、この間お母様がつけていた指輪の、イエローダイヤモンドみたいに輝いていて思わず呟けば二人がまた微笑んだ。
「あの時も、そう言ってくれた」
「あ、貴女はこの目を、き、綺麗って!」
「え?」
「アタシたちのこの目を、家族は無駄な魔眼だと言った」
「き、期待させるだけの、む、無駄な魔眼だって」
彼女たちの兄と姉が、恥ずかしい妹たちだと言うことも、それを庇わない親も、彼女たちからすれば互いだけが味方で、それはなんとも辛かったに違いない。
私も、ある意味独りぼっちだったけれど、そんな辛い思いなんて。
私には、家族という、味方が……いつだって私のことを愛してくれる家族という味方が、いてくれたから。
(ああ、そうね。私はまったくもって、恵まれていた)
魔力がないなんて、まあそれで人を貶してよいとは思わないけれど。
辛くないなんて言ったら嘘になるけれど。
それでも、私は、恵まれていたに違いない。
「アタシたちの、心を助けてくれたのは」
「み、見たことない、お、女の子」
探してくれたんだという。
王城で会えたのだから、きっとどこかの令嬢なのだろうと、兄に傷つけられたとしてももう一度会いたいと思ってくれたのだという。
ああ、ああ、なんて、なんて。
「そうして城内をウロウロするこの子たちに、わたくしが出会ったのです。……なるほど、これで話が繋がりました」
「姫だって知って、軍人になった」
「い、いつか、おそばで、お、お守り、するんだって」
「でも護衛武官には、特殊部隊からはなれない」
「そ、そしたら、ぐ、グロリア様が、じ、侍女なら、雇うって」
「まさか話をしたその日に退職届を書いてひと悶着を起こすとは思っておりませんでしたけれどね」
温かく微笑んだグロリアと、そしてサーラとキャーラと、ああ、なんて愛しいのだろう!
私は思わず、膝をつく二人の前にしゃがみこんで、抱きしめた。
だって、言葉が出なかったの。
こんなにも、嬉しいのに。こんなにも、愛しいのに。
「く、クリスティナ様!?」
「えっ、えっ、ど、どう、しし、したのです、か?」
ふるふると、首を振る。
子供みたいだと自分でも思うけれど、なんて言っていいかわからない。
ただ、嬉しい。嬉しくて、愛しくて、とにかくこの気持ちがいっぱいでこうしていないとどうにかなってしまいそうで。
「ありがとう」
ようやく出た言葉は、たった五文字の、それだけだったんだ。




