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1.

 そもそもあれは、そう、始まりはいつだったのか――なんてこと言い出したならそれは、私の魔力検査の日だったと思う。

 魔力の検査というのは基本的に偉い人がなにやらむにゃむにゃとお祝いの言葉を述べながら、ある一定の年齢を超えた子供に対して行う儀式。まあその検査そのものをする魔法は単純極まりなく、誰にでもできるんだけど……偉い人が訓辞を垂れて受けるから価値があるんだとかなんとか。

 私は自分の名前が上手く言えなくて、自分のことを「くりすしな」とか言っていたくらい小さな頃。


 うんたらかんたら話すお爺さんを前に、この人は偉い神官さんだよ、なんて王太子の兄に言われて退屈だなあと思いながら一応王女ということで、レディらしく椅子に座って欠伸をかみ殺していたのは覚えている。


 そして、別の“私”の記憶が揺り起こされるという超展開。

 私は私で知らない自分の、しかもずっと“大人の私”の、全く知らない世界の記憶が濁流のように頭に流れ込んできたんだから悲鳴をあげて頭を抱えて気を失ったんだとしてもしょうがないと思う。かなりの衝撃だった。

 周囲はと言えば、安全な魔力検査の魔法を受けたはずの幼い王女が悲鳴を上げて真っ青な顔で倒れるし、それと時を同じくして何故か晴天だったというのに突如、雷雲が起きて国内中に雷が落ちたのだからそりゃもうその日の王城内は混乱を極めたらしく。なんという不吉な前兆なのだ!! と大騒ぎになったらしかった。

 らしい、というのも姉から聞いた話なのだからしょうがない。


 そしてその後、日を改めて怯える私を宥めすかし、再度検査をしてみたらこれがなんと驚きの、魔力ゼロ。

 魔力が、まるで、ない。

 前代未聞の大問題、ターミナル王国始まって以来の魔力“ゼロ”の王族誕生の日になったのだ。


 まあ、前述の通り“魔力の多さ”はこの国で評価されるべきことだ。

 何故ならこのターミナル王国、魔法と機械が融合した国と呼ばれ、その機械を動かす原動力こそが魔力。

 つまりこの国は巨大な魔力で巨大な機械を繰り出すことも、巨大な魔力で強大な魔法を使うこともできるという国なのだ。

 加えてそれらを使った武器防具、軍備システムとまあいろんなものがあるんだけどそこは割愛。


 で、国の心臓部。

 巨大な“魔力増幅”の魔石が王城には存在していて、それを使ってこれまた膨大な魔力を有する一族、つまり王家がそれを使用することで国中に魔力が供給される。人々の生活にとって大事なものだ。多くの防衛施設や公共施設、そういったものがそこから支給される魔力で動く。

 巨大な貨物列車だったり、エレベーターのような施設であったり、学校であったり。

 その恩恵は計り知れず、そして同様にそれらの機器を生み出す頭脳を持つ人や優秀な使い手となれる魔力の強い人間は優遇される。

 身分差は単純に王族、貴族、庶民の順となり奴隷もいない。まあ宗教的な物はちょいちょいあるけれど、そこまで言及すると色々あるから……。

 軍事国家と言いながらもそうした設備を盾に周囲の国々とは平和協定を結んでいる――それがこの国、ターミナル。


 だからこそ人々は、膨大な魔力をもって国を治める王家を尊敬もするし感謝もする。

 その反対である魔力なしの私は、いうなれば税金で食わせてもらっているだけの子供ということになるのだ。


(庶民の生まれだったなら、どれだけ楽だったろう)


 何度となく陰口で聞こえた言葉。『残念姫君』、哀れな愛妾の娘。ご家族は可哀想ね、とかまあバリエーションは豊かだったなあと遠い目もしたくなる。

 そう、庶民だったなら魔力がなくてもちょっと不便だねで済む話だったのに私は王族だから。


「クリスティナ?」


「姉様」


「……大丈夫?」


「ええ、私は大丈夫です」


 姉のディアティナが、私のことをぎゅっと抱きしめる。

 姉様も、多くの魔力を持っていて、とても優秀で、優しくて、私の自慢の姉。


 今回の謀反事件で、婚約者であるカエルムの王太子と共に駆けつけてくれたけど、きっともう戻らなければならないんだろう。

 私がレイジェスと婚約したことに、一番憤ったのは姉様かもしれない。


「あんな、あんなことがあったばっかりなのに……どうしてお前ばっかり苦労しなくちゃならないの! ねえ、やっぱりお父様には私が言ってあげるから、カエルムに一緒においでなさい。留学でもなんでも名目は構わないわ、とにかく一度レイジェスと離れなくては」


「姉様……」


「謀反があったのは確かに国内的に不安でしょうし、軍部に対してきつい意見が集まるのは当然よ。それを今まで馬鹿にしていた貴女を讃えて妻に迎えるだなんてパフォーマンス、そんな調子の良いことをどうして許せるの!!」


「大丈夫、大丈夫よディアティナ姉様」


 私のために、本気で怒ってくれる貴重な人。

 魔力のない残念な姫君、今ではその謀反のおかげで『ゼロの姫君』なんてあだ名すらついていると耳にして眩暈を覚えているけれども。

 私が魔力がないからこそ、お父様やお兄様を“増幅の魔石”と共に逃がして囮となり、援軍が来るまで持ち堪えて見せた、隠れた軍事の天才だったみたいに騒がれているらしい。実のところはかなり違うんだけどね?


 そう、私は幼いあの日、魔力検査のあの日に――私ではない記憶を持った。

 きっとそのせいで、私からは魔力が失われた。これは祝福だったのか、呪いだったのか。


(……この記憶が、いわゆる前世の私のもので……だとしたら、この世界は、作りものなのか、それとも?)


 私の疑問に答える人はいない。結局脳内の自分が答えるならば、不幸な物語、その始まりだったんじゃないのか――なんて思うのだ。ある意味、物語を知る私の物語として。

 記憶が告げる『この世界の物語』、それそっくりなのに私のような“魔力ゼロ”の姫君なんていなかった。

 記憶通りの世界が正しいと仮定するならば、つまり、私は異分子(イレギュラー)。その段階で、物語は全く同じではなくなった(・・・・・)

 そう割り切ったのは、本当に記憶がこの物語(・・)に関するものだけだったからだと思う。


(私は謀反を知っていたのに、止められなかった)


 幼いあの日、私がこの記憶を手に入れて、魔力を失ったあの日から。

 私はそうはならないようにと願ったけれど……そう、願っただけで、結局私は、どうにもできなかったのが現実。だって、誰も“残念姫君”には期待なんかしてなかった。

 兄や姉にはそれとなく、色々伝えたつもりだったけど……やっぱりそれだって引きこもった幼い妹が言っている、信憑性(しんぴょうせい)の薄い言葉だったに違いない。

 ……それに、謀反とか具体的なことを言ったわけじゃないしね。

 隣国に唆された研究者が、軍部に不満を持つ兵隊と共に“増幅の魔石”を奪ってしまおう、だなんて、そんなことをどこで知ったのかとかそんなの説明できないでしょう?

 どうしたって変なことを言えば疑われるし、下手をしたら頭がおかしいって修道院とかに預けられる未来があったし、そんなことにはなりたくなかった保身があったんだと思う。


(だから、これは私にとって罰なのかもしれない)


 将軍の付き人だったレイジェスに恋をして、理由もよくわからないまま嫌われる。

 それでも、彼が元気でいてくれるなら、それでいいと思えた。


 だけど。

 レイジェスは謀反が起きたその時に、死んでしまう。……そこまでの展開を、私の中の『記憶』はしっかりと覚えていた。そして前世では続刊が出るのを心待ちにしたけれど、確かなかなか続きが出なくって……。気が付いたらこの通り。

 それで、ああ、未来を変えられるかも、って思ったのよね。私が記憶を取り戻したのは、謀反が起きる日時で考えたならずっと前なのだから。

 なぜ“物語”の事しか覚えていないのか、しかもそこだけ鮮明なのか理由はわからないけれど。


 でも、だからこそ、私はできる限りのことを考えたかった。最悪、彼を、レイジェスを生かす方法だけでも。

 だけれどどこかで私のような無能者がいることで、勝手に(・・・)未来が変わってくれたらと思ったりもした。結局、私の知る未来が、そのまま訪れたのだけど。

 あの日、謀反が起こるその日。それは奇しくも私の誕生日、この世界の王族としては行き遅れとして指をさされて笑われてもおかしくない、二十歳の誕生日。


 それまで私はどうかこの日が穏やかに過ぎますようにと、願い続けていた。存在するかどうかもよくわからない神様に、毎日のようにお祈りをした。そうしたら“信心深い姫君”として神官たちが褒めていたらしいけれど、そんなに清らかな人間じゃあないのにとしか思わなかった。

 けれど、願うばかりで何もしなかった私の咎なのだろうか?

 あの日、あの謀反が起きたのは、やっぱり私が知っていながら行動できなかったから?

 そしてその罰が、好きな人に嫌われたまま、その人の妻になるということなの?


「ディアティナ姉様、レイジェスの真意を理解するよりも前に私が逃げ出しては、ターミナルは混乱していると周囲の国々に思われてしまうやもしれません。兄様がいくら優秀でも、謀反が起きたばかりのこの状況で、中心にいた姫たる私が姉様に連れられ隣国へと赴けばいらぬ誤解も招くことでしょう」


「だけど……だけど! みんな手のひらを返したように! 貴女に押し付けすぎだわ!! 兄上も父上も、みんな、みんな情けないんだから!」


「姉様……」


「……わかってるわ、それが最善だったってことくらい。私だって一国の王女、帝王学を学んでいずれ王となるべき男の伴侶となる道を歩んでいるのだもの。だけど、一人の家族としては許せないの。可愛い妹が、こんな……!」


「ありがとう、大好きよ。ディアティナ姉様」


 姉様の、言葉は。

 優しくて、優しくて。


 だからこそ、私は“知っていたのに”何もしなかったことが、自分の所為じゃないのかって思うから。

 その優しさに、勝手に胸を痛めたのだ。

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