18.
前回練兵場に足を運んでから、数日経ったけど……レイジェスが私の部屋を訪れることはなかった。
後で行く、というようなことを言っていたので来るかなとちょっとびくびくしていたけれど、きっと忙しいんでしょう。
良かった、また叱られてしまうのかと思っていたからちょっとほっとした……!!
普通なら婚約者が足を運んでくれないことに嘆く場面なのでしょうけれど、私たちは普通じゃないからしょうがないのよね。
(……とはいえ、私の護衛武官を選んだならきっと連れてくる、と思うし……)
兄様は兄様で今お忙しいらしく、結局あちらでスケジュールが空いた時にご連絡くださるってことになったし……となると、することがなくなった。
まあグロリアがいてくれるっていうだけでかなり今は落ち着いていられるんだけどね。
王妃付きの侍女だったということで、お母様に会いたいことを伝えたら即予定を入れてくれて最近の非礼を詫びて毎朝挨拶に行くってことになったりとか……。
お母様は、……やっぱり私が避けていたのを気付いていて、ずっとハラハラしてたけどお父様が見守るべきだって言ってくれたから、私が行動を起こすのを待っていてくれた。
嫌われてなくて良かった……って自分のせいなんだけど、色々ほっともした。
(概ね、私が望んだようになっている、と思う)
とはいえ、手のひらを返すようにいきなり自分を変えるなんて芸当が私にできるはずもない。
精々、前に比べたら城内を歩く回数が増えたかなっていうくらいで。
それこそグロリアがいてくれるから、安心して外に出られるけど……まだちょっと向けられる視線が、怖い。
話しかけられることはないし、まだ時々『残念姫君』って単語も漏れ聞こえてくるし、何もかも環境が変わったなんてことはないのよね。
変わったことは変わったんだし、変わらないってことはありえないんだけど、なんとも複雑だなあってため息が出てしまう!
「クリスティナ様」
「ああグロリア。どうしたの? 用事はもう済んだの?」
「はい、お役目中に申し訳ございませんでした。以前お話しいたしました、新人の侍女が到着いたしましたので」
「え? もう?」
「はい、クリスティナ様のお許しもなくご挨拶はまかりならぬと申しましたが、あの子たちはどうしてもと聞きませんので……もし、よろしければ」
「ええ、会うわ。勿論よ!」
嬉しいなあ、どんな人だろう。
グロリアが推薦してくれるのだから、侍女として不慣れであったとしても人としてはきっと信頼できる人間だと思うから。
「ありがとうございます、寛大なお心に感謝いたします。ですがまず初めに、これから会わせる二人はまだ侍女としては不慣れも不慣れ、全くもっての侍女としての礼節は知らぬ者にございます。それ故に失礼を働く可能性もございますので、どうかご容赦くださいませ」
「え、ええ……?」
随分とすごい言い様だけど、侍女として初心者であるというのは私が求めた要項でもあるのだからそんなに気にすることはないんじゃないかな。
いやまあ、私が王族だから特に気をつけなきゃいけないことではあるのよね。
それでも私の専属侍女なんだからそこまで気にしなくてもって思っちゃうのがいけないのかな……?
グロリアが一礼してまた部屋を出てすぐに戻ってくるとその後ろには二人の女性の姿。
一人は、紺色の髪の女性。
片目を隠すようなボブカットヘアで、とにかく無表情でつまらなそう。
もう一人は、紅茶色の髪の女性。
かなり強めの癖っ毛を低い位置で左右に結んでいて、ちょっと顔に合ってないくらい大きな眼鏡をしている。
眼鏡の女性が、私と視線が合ったことにオドオドとエプロンの裾を弄りながら視線を下に落としていて、私は目を瞬かせる。
もう一人の人も私の方を見たけれど、すぐにふいっと視線を逸らされてしまった。
(な、仲良くできるかしら?)
どちらの女性も私と同じくらいの年頃か、少し上くらいだろうか?
初心者の、と耳にしていたからもっと年下の、それこそ少女のような年齢の子を連れてくるのかと勝手に思っていたから少し驚いてしまった。
「クリスティナ様、こちらの二名が新しく侍女として配属になります。二人は見目が似ておりませんが双子になりまして、こちらの紺色の髪の娘が姉のサーラ。そちらの茜色の髪の娘が妹のキャーラです。二人とも、クリスティナ様にご挨拶を」
「……サーラです。レオーネン子爵家に連なる者となります」
「キャ、キャキャキャキャーラと申します! 同じくレ、レオーネン子爵家の、その、末席におりっますっ……!」
「サーラとキャーラはレオーネン子爵家の三女と四女にあたり、わたくしと同様前職は軍人にございます。わたくしめは騎士職にございましたが、この二人は特殊部隊の方に属しておりました」
「えっ、それってすごいことじゃない!!」
この国は軍事国家。
だから魔力のある人間が優遇されるの同様に、軍人として才能のある人材もとても重視される。
特に魔力が強くて、武器を扱うのが上手な人間は特殊に開発されたものも使いこなせるからそういった人間は特殊部隊に配属されて重宝されるのだと私は兄様に聞いたことがある。
それこそ少数精鋭で軍人としてはエリート。ただし部外秘の情報が多いために表立った立身出世は難しい、それでも軍人としては憧れの部隊だって。
「……クリスティナ様が」
「えっ?」
「クリスティナ様が、侍女を欲しがってるって、聞いた。だから、アタシたち……侍女になろうって思った」
「そそそそそそ、うですっ! あたしたち、クリスティナ様のお役に立ちたくてっ……特殊部隊を、辞めて、グロリア様にお願いをして!」
「ええっ?」
私のために? 軍人憧れの特殊部隊を? 辞めてきた!?
どうしてそこまで、と喉まで出かかって、二人の視線がものすごく真っ直ぐに、そして必死なものであると私も気が付いた。
ああ、こんなに真剣な目を向けられたのは家族以外でいつだっただろう?
私が思い悩むよりも先に、今は言わなきゃいけないことがあるんじゃないだろうか?
「……ありがとう。サーラ、キャーラ。第二王女クリスティナ、貴女たちがよき働きをすることを期待しています。……これから、よろしくね?」
「は、はいっ!!」
「当然……だけど、がんばり、ます」
私が王女らしい言葉をかけて受け入れると認めれば、彼女たちがぱっと顔を綻ばせる。
ああ、私の一言が、彼女たちをこんなにも輝かせたの?
こんな私に、そんなことがどうしてできた?
(……あれ?)
笑った二人が、本当に嬉しそうに笑っていて、私はそれをどこかで見た気がして、そんなはずはない。
だって貴族位の少女たちと私が知り合うことなんてないのに、殆ど知り合いなんて王城のこの一室で過ごしてばかりだった私には従妹のマルヴィナくらいで。
じゃあ彼女たちはマルヴィナといた?
いいえ、そんな、マルヴィナは誰かを連れてきたりとかはしなかった。
じゃあ、どこで?
手を取り合って喜ぶ、似てない双子。
ああそうだ、でも待って?
「……サーラ、と。キャーラ……?」
「クリスティナ様?」
グロリアが、私の様子がおかしいと思ったのか小首を傾げている。
だけど、私は何か思い出せそうで思い出せなくて、うぅん、と小さく唸って。
『唸り声が、猫みたい』
あれ? そういえば私は誰かにそう言ったことがある。
あれは、いつだっけ。かなり前のことだ。もっともっと小さくて、小さくて、……そう、残念姫君って呼ばれ始めたくらいだったっけ。
「……私、貴女たちを、知ってる、わよね……?」
「あ……そ、そそ、そうです、お会いしたことがああああああります!!」
「覚えて……いたんだ……」
「忘れていたわ。だって、一度だけ……一度だけ、王城で、会ったのよね? 中庭だったわ、そうでしょう?」
そうだ、一度だけ。
あれは、私が残念姫君って笑われて、悔しくて悔しくて、だけれど言い返すこともできなくて、どこか一人で泣いてやろうって。
そうして中庭の中でも、人が来ないような私の秘密の場所に行ったらそこに先客がいたんだ。
ボロボロに傷ついた二人の女の子。
名前も知らないままに、私たちはその日、一緒に泣いたんだ。