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15.

『愛しい妹へ


 可愛い私のクリスティナ。あれから数日しか経っていないというのに、貴女のことが心配でしょうがありません。苦労はしていませんか? 辛いことがあるならば、いつでも家族に頼るんですよ。

 兄上は口にこそあまり出しませんが、貴女を大切に思いいつだって本当は可愛がりたくてしょうがなかったのですからきっと手助けしてくれるに違いありません。


 カエルムは、竜の国。

 私はこの国で、いずれ王妃となるために己でも竜を駆ることを覚えました。

 知らぬ世界に、知らぬ人たち、そして慣習、多くのことがターミナルと違いすぎて戸惑うことは今でもあります。


 だけれど、姫であれ、誰もが憧れる存在であれ。

 お淑やかで慎ましやかであり智謀と勇気を備え、気品と礼節を常に忘れぬターミナルの第一王女としての責務……そうやって言われ続けた枷が外れている気がします。世界は、こんなにも大きいの!


 貴女にも見せたいわ!

 山の上、雲を抜けた先の空気の冷たくて澄んでいて、そしてその雲の海を輝かせる太陽のきらめきを!

 竜と共に空を駆け、風を切るこの楽しさを貴女と一緒に感じれたらどんなに嬉しいことでしょう。


 やっぱり私、貴女をあの時無理にでも攫えば良かったと今でも思っているのよ?

 それこそ覚えているかしら、貴女がとても小さくて、まだ私と一緒のベッドで寝ていた頃によく読んであげた絵本の英雄スライの物語があったでしょう?

 あの英雄スライが囚われの姫フィライラを救ったように、私もターミナルの姫という立場にとらわれた貴女を救い出すべきだったのかしら……なんてね。


 けれど、忘れないで欲しい。

 貴女が望むのならば、私も、他の家族も、きっと貴女を救い出して見せるの。

 だって私たち、英雄スライの子孫だって話じゃない? きっとできるわ!


 私たちは王族だから国のために生きなくてはならないと確かに思うけれど、だけど、物語の中にあるフィライラの花を探すことを諦める必要はないのよ。

 愛しい妹、どうか無理はしないでね。


                                貴女を思う姉より、愛をこめて。』


 手紙に記された言葉の数々は、まるでラブレターのように情熱的だなぁなんて思わず笑ってしまった。

 ディアティナ姉様ったら!

 私はもう、英雄の絵本を毎晩読んでくれとお願いしていた小さな子供じゃないのに。

 

(違うわね、姉様は……私が大人になったから、案じてくれているんだわ)


 英雄スライが愛したフィライラ。

 私たちターミナルの王族は、その子孫と言われているけれど……詳しくはよくわからない。まあ歴史は後世の人間が都合よく解釈するということもあるし人々にとって大切な象徴なのだから真偽をどうこう問う必要はないと思う。

 姉様が最後に書いた、フィライラの花は……そんな英雄が愛した女性に送った花、運命の恋、一途な思いの象徴とされて彼女の美しさを言葉にできぬがゆえにそう記されたのではないかっていう、まぁこちらも伝説の花。


(でもね、姉様。私にとっての『フィライラの花』はやっぱりレイジェスなの)


 どんなに諦めようと思っても私の気持ちはずっと彼に向かっていて、彼に幸せになって欲しいと今でも願って止まないのだから。

 姉様は、私に王族だからって想い想われること、恋することを諦めないでって応援してくれているんだろうけどね。


「クリスティナ様? いかがかなされましたか」


「あ、いいえ違うのよグロリア。ディアティナ姉様がお手紙をくださって……嬉しくて、ちょっと昔が懐かしくなったの」


「さようでしたか、……お二人は昔から大変仲が良い姉妹であられましたものね」


「姉様は太陽のような人だったから、いつも誰かが周りにいて……私は姉様が誰かにとられちゃうっていつもくっついて歩いていたのよ。幼い頃はそれで良かったのだけれどね」


 そう、段々と……太陽のような、大輪の花の美しさを持つ姉様と。

 それに比べて地味な、ひっそりとした……路傍の名もなき花のようだと評された私では、並んで歩くなんて辛くなってしまった。

 私も思春期だったのよね、姉様のことは好きだけど、比べられるのが辛くてついつい避けてしまって。姉様はとても傷ついた顔をしてらしたけど、私をいつでも温かく許してくれたのよね。

 やっぱりお母様と姉様は実の親子だけあってそういうところが似ているんだわ。


 お父様は、ディアティナ姉様が太陽なら私は月のようだと褒めてくださったけど。

 それは姉様の豪奢な金の髪と、私の銀の髪で対照的なのもあったんだろうけど。


 ……ちょっぴり当時は、それが納得できなかったのよね。

 今なら素直に月だって素敵だと受け入れられるんだけど。


「後でお返事を書きたいわ。……でも、ねえグロリア、あの……少しだけ散策に行きたいの、ついてきてくれるかしら」


「勿論でございます、クリスティナ様のお望みのままに」


「レイジェスのところに行きたいと思って……あ、無理に時間を取ってもらおうとかじゃないのよ!」


「かしこまりました」


 にっこりと笑ってくれるグロリアに、私は随分言い訳がましく見えたかなとちょっとだけ不安に思いつつ、彼女が淹れてくれたお茶を飲む。うん、やっぱり美味しい。

 ほっと安心するように息を吐き出せば、グロリアがどうしたのかと視線で聞いてきたので私は素直に答えることにした。


「グロリアのお茶は、とても美味しくて……なんだか、ほっとするの」


「……さようですか。それはようございました」


 うん、嬉しそうに微笑んでくれたから。

 きっと、こういう会話は、無駄じゃないんだよ。


 まだちょっと、ぎこちないんだけどね。


「レイジェスは今どこにいるのかしら。やっぱり練兵場かしら」


「この時間ですと、そのように思います。ファール隊長が訓練に加わる時間は決まっておりますので」


「そう……邪魔にならないかしら」


「そのような遠慮は必要ないかと。クリスティナ様はファール隊長の婚約者でありますが、それ以前にこの国の王女。この城内でクリスティナ様が立ち入ってならぬ場所などほとんどないと言っても過言ではございません」


「そ、そう?」


 まあ確かに本来国王と王太子しか入れないっていう増幅の魔石がある部屋にも立ち入り自由って言われたし、そう言われればそうなのかしら?

 我が物顔で王城内を闊歩する自分なんてあんまり想像できないけれど、グロリアがあまりにもきっぱり言うものだから、そういうものなのかなぁって逆に説得力が強くて……。

 あれ? そこは私の方が毅然としてなきゃいけなかったんじゃないかな? って思うけど、うん、まあ……急には私も変われないので。


「それじゃあ、あの。これを飲み終わったら、行きましょう。……その、えぇと……よろしくね?」


「かしこまりました」


 ああ、私ったらやっぱりまだまだ人を使うことには慣れない!

 立派な王女様ってどうしたらそう振舞えるのかしら。

 姉様の手紙には、姉様なりの苦悩や周囲の押し付けがあったんだなぁってちょっと垣間見えたけれど……。


(でもそんな周囲の期待を、姉様はねじ伏せる程に誰よりも輝いた王女だった)


 そう、本当に太陽のように。

 私は太陽がいなくては輝けない月、だなんてそう笑われないような王女になれるのかしら。いいえ、ならなくちゃいけないんだけど……。


 物語の英雄スライを月の明かりが導いた、なんてお話もあったから、私はそんな月になりたい。

 太陽になれなくてもいい。大輪の花でなくてもいい。

 月明かりを好んでくれる人もいるでしょう、輝きさえすれば。

 名もなき花を、誰かは愛でてくれるでしょう。咲きさえすれば!

 

「クリスティナ様?」


「いいえ、お待たせグロリア。それじゃあ行きましょうか」


 にっこりと、できる限りの笑顔で私は立ち上がったけれど、少しだけまだひきつっていたかもしれない。

 グロリアが、ちょっとだけ心配そうだったから。

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