14.
「え? ええ、勿論構わないわ。だって私の侍女になってくれるんでしょう?」
「ご寛容なお心に、感謝申し上げます。グロリアは、クリスティナ様にこれより正しく忠誠を捧ぐことを神々に誓います」
「え?」
まるで、騎士みたい。
そう首を傾げた私に、グロリアは初めて微笑んでくれた。
「わたくしはかつては騎士でございましたが、怪我を理由に退役し今ではこうして侍女にございます。……夫は、姫様を、案じておりました。礼など口になさる必要もございません、あの日、あの夜、クリスティナ様は誰よりも凛とした、気高き王女であられたと夫より耳にしております」
「そんな……」
「むしろわたくしとしましては、夫の不甲斐なさをクリスティナ姫様にお詫び申し上げるばかりでございます」
「えっ」
グロリアが進み出て、私の前で膝をつく。
侍女服だけど、元騎士というだけあってなんだか凛とした空気があって、私も思わず居住まいを正した。
「あの場にて、無用の血を流すことをお嫌いになったクリスティナ様がジェリックや他の者に対し何もするなと厳命されたと本人より耳にしております。ですがその結果、投降した騎士たちを前に叛徒どもは無礼に無礼を重ね、よりにもよって女性であられるクリスティナ様に乱暴狼藉を働いたと」
「あ、あれは……」
「それで動かなかった夫には勿論腹が立ちました。けれどもクリスティナ様のそのお心を僅かながらにお聞かせいただき、その優しいお心に触れ、夫が何故そのような場面で動かなかったのかを理解いたしました。何よりも夫は、クリスティナ様の意向を大事にしたかったのだと思います」
「……私の、意向を……」
私のわがままで、物語で本来進むはずだった未来を変えた。
だから、できる限り、他の人が傷つくことがないように。そう確かに、願っていた。
残念姫君と呼ばれようと、何も持たない私が大それた望みを持って、大好きな人を守るためなら……私は、私の命を懸けても良かった。
でもそれは、やっぱり誰かの心配の上に、成り立っていたんだなって思う。
お父様の、お母様の、兄様の、姉様の。
私が、見ているようで見ていなかった多くの人の中で本当に少人数かもしれないけど、私を案じてくれる人がいたならきっとあれは、私の暴挙にしか見えなかったんだと思う。国のためにって身命を賭してなんて、もっと他にやりようがあっただろうって。
でも、それでも信じてくれたとしたなら、私はなんて恵まれているんだろう。
「私は、……私がやろうとしていたことを、ジェリック・ドラグノフは、どうしてわかってくれたの?」
「夫は、亡きマールヴァール将軍の、畏れ多くも片腕でもありました。かの将軍は生前、クリスティナ様のことを夫によく話していたそうで……内容まではわたくしも存じませんが」
「そう、そうなのね……」
レイジェスにとっての恩人であり、親のような存在だと言われていたマールヴァール将軍。兄様にとっては剣の師匠であり、お父様にとってみれば国防を担ってもらっていた年上の親友でもあった人。
豪快に笑う人で、大抵のことは受け止めてくれる、そんな空気を持っていた人。
私が、魔力を持たない王族だと周囲が諦めや軽蔑の眼差しを向けられて俯いた時も大きな声で笑って『なんのなんの、子供が健康だとそれで十分じゃあないか! 将来は美人に育って引く手数多になるだろうさ!』と笑って抱き上げてくれた、大きな人。
ああ、そうか。
私はやっぱり、味方が家族だけなんてことはなかったんだ。
ふわりと胸の内が、温かくなった。
マールヴァールは老衰で穏やかに逝ってしまったけれど、彼の優しさは、他の人が受け継いでいるのだと、知った。
「クリスティナ様。わたくしはこの国に、王家に忠誠を誓ったものにございます。それ故にお役目としてこちらへ配属された今日も、否やという選択肢はございませんでした。けれども、今はわたくし自身の心でクリスティナ様と主従でありたいと思います」
「グロリア……」
「多くの噂は耳にしておりますが、陛下や夫から話を聞いて、クリスティナ様のことを知っているつもりでした。けれど、こうしてお言葉を直に交わすとまた異なるものだとわたくしも感じております。侍女として長く務めておりますが、まだまだわたくしも未熟でございますね」
優しく笑ってくれたグロリアは、やっぱり“仕事だから”ここに来たのだとわかって勝手に少しだけ落胆する。いいえ、それは予想してたのだけれど。
でも、彼女は今、自身の心で私と主従関係にありたいと言ってくれた。
「私は、知っての通り魔力がないわ。だから、きっとグロリアには嫌な思いをさせる時もあると思うの、残念姫君の侍女だから」
「それは全くもって問題ございません。そのような物言いをする輩など気に留める必要ございません」
「私は、きっと……そうね、理想の王女っていうのがまだ自分でもよくわからないけれど、それには程遠いと自覚しているの」
マイナスからなら、良く見せれるんじゃないかって思った。
でも、それでいいんだろうかって、思った。
真っ直ぐに見てもらうためには、私こそが飾らずに真っ直ぐでいなければならないんじゃないか?
勿論、馬鹿正直に全てがそうである必要はないんだけど。
でも、私が信頼して相手が信頼を返してくれる。そういう主従関係を作りたいならば取り繕う必要はあるんだろうか? 最初を間違えてはいけない気がした。
私よりもずっと年上のグロリアが何を考え膝をつき、私と主従関係を結びたいと思ってくれたのかはわからない。夫であるジェリック・ドラグノフが私のことを良いように言ってくれていたのも大きいのだろうし、お父様が私を愛してくれていることも知っているからだろうとは予想できる。
だから、彼女にとって私は『残念姫君』ではなく『この国の王女』でしかなかった。
そこに加えて、私と言葉を交わして私を知ろうと思ってくれたのだとするなら。
「正直に言えば、私は残念姫君と呼ばれて蔑まれることに慣れ過ぎている。他者の目に怯え、閉じこもっていたのは事実。……だけれど、このままじゃいけないの」
「はい」
「良い姫君であれるよう、サポートをお願いしたいの。グロリア」
「かしこまりました、このグロリア。誠心誠意クリスティナ様にお仕えいたします」
「……ありがとう」
私は、きっと正解を掴めたはず。
何が正しいとか間違っているとかわからないけれど、それでもこれは“正しかった”んだと胸を張れるように頑張ろう。
良い王女になろう。
今は、ゼロの姫君として。
仕えてくれるというグロリアにとっても、誇れる王女となろう。
そしていずれは、レイジェスとも和解して、彼が幸せになれるようにしていこう。
「それじゃあ、早速で申し訳ないのだけれどグロリア、お茶を淹れてくれる? 温かい紅茶が飲みたいの」
「かしこまりました」
「それと、これからの相談をしたいわ。お父様からもう耳にしていると思うけれど、貴女一人に負担をかけたくないからあと二人ほど侍女を、新人から教育をと思っているのだけれど……それともやはり経験者が良いのかしら」
「いいえ、クリスティナ様のお望みのままに。わたくしめに心当たりがございますので、一任いただけますでしょうか?」
「え? ええ、それは勿論」
「ありがとうございます」
一礼して、颯爽とお茶の準備を始めるグロリアはさすが熟練者っていう雰囲気のままにお茶を淹れてくれた。
とても美味しくて、ああそうか、毒見をしないでそのまま飲めるお茶って素敵だなぁって思ったらなんだか嬉しくて。
「いかがでございましょうか」
「とても美味しいわ、グロリア。……とっても、美味しい」
私が嬉しくて笑っていても、グロリアはなんてことない顔をしていた。
そうよね、それが普通だもの。でも、私が美味しいって言ったら、目を細めて笑ってくれたの。
それも、すごく……嬉しかった。