11.
私は、あの時。
そう、謀反が起きたあの夜、この場所で。
自分の中に取り込んだお父様の魔力を増幅器で国中に送って、そしてすぐに限界を迎える、その感覚をはっきりと理解していた。
嗚呼、ここからは私自身の命を削り取っていくしかないのだろう。
そうしたら、叛徒がまったく気づかなかった場合、ここでそのまま衰弱死の可能性も出てくるのかなんて暢気に考えたのも覚えている。
(今にして思えば、多分ぼうっとしてたんだろうなあ)
そして打ち合わせ通り叛徒が突入してきたこの部屋で、老兵たちは睨み合いの後に降伏、その時にあちら側の人間となった軍人たちの顔を記憶したっていう流れだった。
私たちは研究者を先頭に、軍人がいてその背後には他国の影、そういう風に想像していたけれど、残念ながらそこにいたのはターミナル国の貴族だった。
ああそうか、貴族だからこそ他国と繋がっていたのか、と私が遅まきながら理解した時には“増幅の魔石”が持ち出されていたことに気が付いて動揺する叛徒からつるし上げを喰らった。
どこにやったのか、とか。
魔力の無いはずの貴様が何故維持できたのか、とか。
国王はどこだ、王太子はどこだ、魔石はどこだ。
もう質問がありきたりすぎて、ぼうっとしていた私には三流だなあって笑いがこみあげてくるくらいだった。
まあ勿論、胸倉掴んで問い詰めている女がそんな状況で笑い始めたら馬鹿にされてるんだって相手も思うから、キレられて。さすがにまずかったとあの時働いていない頭でもわかった。
殴られて、床に投げ捨てられて、もう一度胸倉を掴まれて、息ができない苦しさを味わった。怖いなってようやく、その時になって頭が理解した。
「お待ちください。彼女はどうやら禁忌の法を使って魔力を作り出していた模様です」
「禁忌の法……?」
研究者が、魔石があるべき場所に私がいたことを不審に思って調べていたんだろう。
すぐにそう結論が出せる辺り、彼もやはり色々調べていたんだろうなと思う。私が自分の命を使って誤魔化していたことに気が付いた研究者は、持ち上げられていた私をおろすように言って健康状態を調べ始めた。
何をしているんだろう、と思った私に、研究者がにたりと笑う。
「健康状態に異常が起きていないですね、ということは事前に予防策として何かしらを講じ、それがちょうど尽きたところだったのでしょう。彼女を殺すことは勿体ないことです」
「なんだと?」
「当然、王女という身分から人質としての価値は勿論、彼女は魔力ゼロ! 最高位の増幅の魔石と並ぶ、例の禁忌と呼ばれた我ら研究者にとって憧れであった実験に最も適した存在です! その価値は計り知れません……!!」
「……そうか、王女だったな」
私の姿をあまり見たことがなかったからか、王女であると研究者に言われて初めて思い出したらしい貴族は……ってまぁ、私もその貴族がどの階級であったか思い出せない段階で同レベルなのだけれど。
ただ王族の檀上から見た時に覚えがあるっていうことは前列の方にいるってことで……つまり高位貴族なんだと思うんだけど。儀式とか行事の時に出て行く程度だったし、皆の視線が怖かったから基本的に終わると直ぐ自室に戻ってたし……。
「ならば他の王族が『不慮の事故』に遭ったと仮定するならば、この女を使えばワタシが王位に就くこともあり得るということか……!!」
「なんですって、ダメですよ! 彼女には研究の、かつてない魔力を生み出す母体となってもらわねば……!!」
「研究者は黙っておればよい! 魔力ゼロの人間など、平民を探せばいくらでもいよう!」
「王族で出現したということが重要なのです! 一体なにが理由で魔力ゼロになったのか!? 或いはそこから爆発的に生み出す何かを内包しているのか!? 彼女が産んだ子供は魔力を有するのか、あらゆる意味で興味深い素体ではありませんか!!」
「……この研究馬鹿めが……! 目先の利に囚われおって!」
「それは貴方の方でしょう。権という欲に塗れて施政する立場に立とうとは……!」
……今にして思えば、どちらの台詞も私の人権を無視したものだった。
苦しいとか、怖いとかその時は震えるばかりだったけど。
私はきっとうまくやれる。
他の人と違って未来を知っているというのは大きいはずで、それが余裕に繋がるはずだ……と頭の中で何度もシミュレーションしてきたから大丈夫だと何度も思ってきた。でもその考えは相当甘くて。
現実に、大勢の武器を持った男たちに囲まれ、殴られて利用価値について話し合われたら私は本当に何もする術の無い、王女という、或いは実験動物としての価値しかない女なのだと自分でも実感した。
あの無力さと言ったらない。
さぞかし、あの時の私はみっともない姿だったんだろうなと思う。
殴られたせいで頬は腫れていたろうし、胸倉を掴まれてドレスだって皺くちゃで、挙句に床に投げ捨てられたから汚れも付いていただろう。
泣いて喚いて助命を請う、王女としてそういったみっともない真似をしなかったことは褒めてもらえると思うけれど。
あの時、老兵たちはどう思ったんだろう?
周囲を見渡すだけの余裕はなかった。目の前で繰り広げられている男たちの言葉だって、聞こえていたけれど理解が追いつかないっていうか……怖くてパニックだったのは確かで、そして冷静になっている部分もあったはずなんだけど、思い返してみるとわからないことの方が多いのだからやはり冷静だと思っていたこと自体、錯覚だったのかもしれない。
ギャアギャアと私の処遇について話し合うというよりも怒鳴り合う男たちに、きっと青い顔をして震えているばかりの無力な王女。
想像すると間抜けだなあと思うけど、きっとあの空間は緊迫して張り詰めた空気だったに違いない。研究者と貴族が喋りまくっていたのは彼らにとって望んでいた状況を得ての、高揚感がそうさせていたのかもしれない。
叛徒として加わっていた、他の軍人たちはどうだったんだろう?
先輩格である老兵たちを前に、動揺はしなかったんだろうか?
それともやはり高揚感で、嗤っていたんだろうか。
「ええい、研究材料とするかどうかは国王と王太子の所在がはっきりしてからだ! そこからでなくてはこの女の利用価値が変わってくるからな……!!」
「よろしい、それでこちらも納得しようではありませんか」
そうだ、そうして私は縛り上げられて、貴族の男に顔を掴まれて嗤われたんだ。
無力で、魔力もない、ただ人質として価値ある娘だと嘲るその顔は言葉を発さなくたって嘲笑っていると誰もがわかる。
その時になって、ようやく私も思ったんだ。
悔しい、と。
でも同時に、ここまでこいつらを騙し通したのだから、きっとお父様と兄様は無事に違いないという安心もあった。
レイジェスも、きっと。
でも、きっとこれが最後になる。別れも、ちゃんとした言葉にはならなかった。
何か言えば良かった。そう思った。
「レイジェス」
声にはならなかった。
でも、その名前を、呼びたかった。
愛しい人、そんな言葉は絶対に口になんて出せなかった。
想うことすら罪かもしれないと思う程に、恋焦がれた人。
私が死んだら、安心するだろうか。
せめて姫として責務を果たした私を、少しは評価してくれるようになるだろうか。
人質として利用されるくらいなら、私はここで姫として自害を選ばねばならない。
それは、ずっと王族として教えられてきたこと。
猿轡を持ってきた男の指を噛んで、また殴られて、でもこれで。
そう思った時に、彼はやってきた。
まるで、物語の英雄みたいだ、なんて思った。
大きな物音と共に開かれる扉、そこから敵をなぎ倒して現れたのは、レイジェス。
堂々と、扉を守る兵を倒して、敵を真っ直ぐに見据えて、低く低く、威嚇するような声を出す黒衣の騎士。
「――……レイジェス……?」
「レイジェス・アルバ・ファール……! 貴様、どうやって……!!」
私の視線は、私の声は、彼に届いただろうか?
だけど私には、彼が何かを言ったはずなのに、それは聞こえてくることはなかったんだ。
名前を、呼ばれた気がしたけれど。あれは、気のせいだったんだろうか。




