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それが必要だというならば

 月日が経つにつれ、俺とシグルドの背丈が伸びていくように。

 ディアティナが女の顔になっていくように。


 ……クリスティナは、背丈も髪も伸びて、まるで可憐な花のようだと、思った。


「まったくあのお姫様にも困ったものだわー」


「あたしたちだって忙しいっていうのにね。ディアティナ姫さまのおつきになれなくて本当に残念!!」


 侍女たちが憤慨しながらあの子の部屋を後にする。

 特に何かを願ったわけじゃないのだろう。


 例えば「茶が飲みたい」「おなかがすいた」など他愛ないお願いをしたところでアイツらはクリスティナを『価値のない姫君』――すなわち、残念姫君と呼んで嘲笑っていることを俺は知っている。

 アイツらはどこかの貴族に連なる人間で、特例でもない限り一定以上の爵位がある家からしか王族の侍女になれないことから、ディアティナの侍女になりたかったんだろう。


(どうせ、魔力が強くて引く手数多だと噂のディアティナの下なら、自分たちが良い思いをできるとでも考えているんだろうが……)


 馬鹿な連中だと思う。

 そんなやつらをディアティナが好むはずがない。


 あの女は見た目爽やかで、誰にでも友好的に見える笑みを浮かべるが、あれは意図的にやっているから始末に負えない。

 まあ、王族として権力に群がるアイツらみたいなやつから自分を守るためには必要なんだろうが……結果として、それに弾かれた連中がクリスティナのところに配属になったのでは本末転倒だろうに。


(まあ、決めるのはディアティナじゃないからな)


 王太子であるシグルドのところには、基本的には侍従がつくけれど、その他に話し相手と称して歳が近い侍女が配属されることもある。

 お手付きになることでも期待しているんだろう女どもがうようよいるってシグルドは笑っていた。

 その神経が理解できない。

 どっちに対してかって? どっちにもだ。


(まあ、それを笑って流せるようにならなきゃやってらんないんだろうけど)


 ディアティナは将来的に、どこかの国に政略結婚で嫁ぎ王妃かそれに準じた立場となって、ターミナルとその国の友好関係を築く役目を担うらしい。

 だから、彼女は特別扱いだ。魔力の質も良く、量もある彼女はまさに国民にとって『お手本のような』王女に違いない。

 だからこそ、配属を決める時、ディアティナに選りすぐりの侍女をつけ、国でも優秀な学者を教師を揃えてより彼女を完璧な王女に仕立てようとする。

 それは、王族としての務めを果たす存在になってもらう期待の表れなんだろうと思えばディアティナには少し、同情する。


(……クリスティナ)


 対するクリスティナは、魔力がない。

 前例がないだなんて騒がれた結果、変な祈祷だのなんだのを繰り返してもまるで効果がないということで匙が投げられた姫君への扱いは、まるで触れてはならない話題のようにひっそりとしたものだ。


 成長するにつれて、俺はあの子の側にいてはいけないのだと、知る。


 守ってやりたいと思うのに、身分が邪魔をする。

 残念王女だなんて嘲るくらいなら、王女なんてものに縛り付けずに自由にしてやれば良いのにと思うがそうはいかないのだとマールヴァール将軍は、寂しげに笑っていた。


 周囲があの子を遠ざければ遠ざける程に、あの子は誰かに救いを求めて必死に手を伸ばしている。

 俺は、その手を振り払えなかった。

 そのせいなのか、俺を見つけると彼女は笑ってくれる。それがすごく嬉しい。


 けれど、それではだめなのだ。


「あら、ごらんなさって。あそこにマールヴァール将軍が拾ってきた犬がいるわ!」


「しぃっ、聞こえてしまっては面倒よ! マールヴァール将軍が可愛がっているという話ですもの」


「でもどこの馬の骨とも知れぬ子供をこんな城内に連れてくるだなんて、将軍も本当に酔狂よねえ」


 さやさやと笑う侍女たちの声に、俺はただ無感情な視線を投げかける。

 そうすると彼女たちは、気味が悪いモノでも見たかのように俺に対して侮蔑の視線を投げかけて、去って行く。


(俺は、異端なのだろう)


 黒い髪も、赤い目も、人種の坩堝(るつぼ)だというこのターミナル王国においてさえ珍しいと言わざるを得ない色合いだ。

 森で親を亡くして拾われた俺を、犬っころのようだと揶揄する連中は少なくない。

 だからこそ、俺がクリスティナと親しくすれば、余計彼女には悪評が立つってわかっている。


 悔しい、と、思う。

 力のなさが、悔しい。


 優しい言葉をかけてやりたいし、あんな高飛車な連中から庇ってやりたい。

 だが、俺にはなんの力もない。権力も、地位も、名誉も、後ろ盾もなにもかも。

 いや、後ろ盾はある意味マールヴァール将軍が養い親ということで陰口を叩かれているだけで済んでいるだけましなのか。


 それでも、俺があの子の側にいるだけで『残念姫君は犬を飼っているのだ』だの『魔力がないというのは哀れだ、あんな出自もわからぬ者以外相手にしてもらえないのだから』なんて嘲笑がクリスティナの耳に入っては、いけないんだ。


(……俺は、クリスティナを守るんだ)


 その形は、方法は、なんでもいい。

 どんな汚いやり方でも構わない。

 

 誰も俺に逆らえないほどに強くならなければいけない。

 そして、クリスティナに知られてはならない。


 ……俺が、何をしようとしているか、なんて。

 あの子は知らないままにいてほしい。


「レイジェス、……お前がやろうとしていることは、茨の道じゃぞ」


「存じております、マールヴァール将軍」


「……引かぬのだなあ」


「はい」


「そのまま武功を望み地位と名誉を手にするならば、やり方次第では反逆の意志を疑われることとなるぞ?」


「そのようなことは、決して」


 俺は、ターミナル王家に忠誠を尽くしても良いと思っている。

 シグルドは大切な友人であるし、彼の家族である王家の皆はとても良い人たちだ。


 だから一番に守るのはクリスティナでも、二番目はターミナル王家の人々で、それから下はない。

 それで十分だ。謀反の意志などあるものか。


 剣の腕を磨き、魔力を磨き、知恵を手に入れてあの子の敵を少しずつ、削ぎ落す。

 良心が咎める場面もあったけれど、それも次第に慣れていった。


(クリスティナを、守る)


 王族を守る立場を手に入れるためには、ただの平民である俺はのし上がるほかないのだ。

 そのためならば、手段は択ばない。

 だけれど、それは危険な行動であることは百も承知の上で――マールヴァール将軍には、心配をさせてしまった。

 

 申し訳ないと、思ってはいるけれど他に方法は、ない。

 彼女を守るために、彼女を傷つけた。その償いは、彼女を傷つける者たちを少しずつ排除していくことでしていこう。


(決してクリスティナには悟られてはいけない。……俺を、嫌ってくれればいい)


 あの子には、きれいなままで、いてほしい。

 俺の、俺が望んだ、無垢な花のままいつか彼女を理解する人間と結ばれて、今の苦労なんて忘れて幸せになってくれれば、それでいい。


(あの子の隣に立つなんて、考えてはいけない)


 だから、これは恋じゃない。

 俺の自分勝手でわがままで、汚らしいこの身勝手な感情は、決して『恋』なんて綺麗なものじゃあ、ないんだ。


「愚かな小僧よ、せめてもの祝福じゃ。このマールヴァールが、お前を『アルバ』の一員として認めてやろう。アルバの名前が貴様を王家の狗として、少なくとも反逆の意志はないと示してくれることとなろう」


「……マールヴァール将軍」


「この老骨に、してやれることはそのくらいじゃな。……クリスティナ様のことを頼むぞ、レイジェス」


「この命に、代えましても」


 俺の命なんか、欠片も惜しくないけれど。

 俺には、他に捧げられるものが、なかった。

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