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エピローグ

 どうして、そう思ったのはなんだったのかしら。

 

(随分懐かしい夢を見ていた気がする)


 小さな自分が泣きじゃくるその姿を、慰めようと手を伸ばしたのだけれど触れることができなくて。

 だけれど、そんな彼女(・・)を誰かが呼んだ。


 走っていく小さな自分が、必死に手を伸ばした先には誰かがいるのだけれど私には逆光で見えない。

 でも、なぜだか私は『もう大丈夫だ』と思った。


(いつの間に、寝ちゃったのかしら)


 微睡む意識が、ゆるゆると覚醒する。

 どうやらちょっと休憩するつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 外からは楽し気な声が、聞こえる。

 ゆっくりとした動作で立ち上がり、部屋の外に出ればキャーラの姿があった。


「キャーラ」


「あっ、あっ、お、お、奥方様! お、おはようございます!」


「ええ、おはよう。庭に行こうと思うのだけれど……」


「お、お、お供いたします」


 キャーラがにっこり笑って私の後ろにピタリとついた。

 どんな仕事があろうと私を一番に扱ってくれる彼女はその姿勢をずっと変えないのだから、困ったものだ。

 そろそろ彼女もサッカスに対して色よい返事をしてあげればいいのになと思うけれど、そこは他人が口出しするべきことじゃないんだろうと黙っている。

 サッカスもこちらを頼ってくることなく、キャーラに会いに来てはにこにこしているんだからきっと今の関係を楽しんでいるんだろう。


「アニーったらご機嫌ね」


 外から聞こえてくるアニーの鳴き声はとても機嫌の良い時の鳴き声で、ラニーが慌てている声まで聞こえてくる。

 恐らくだけれど、時間的に散歩から戻って水浴びでもさせているのかしら?


「きっと今頃みんなずぶ濡れね」


「グ、グロリア様がまた、あ、あ、呆れると、思います」


 くすくすと二人で笑って、外に出る。

 庭では相変わらずきゃぁきゃあと楽し気な声が響いていた。


「サーラ、ヴァッカス、風邪をひかないようにね?」


「あっ、奥方様!」


「大丈夫……濡れたのは、ヴァッカス、だけ……」


「ひ、ひどいよサーラあぁ……」


 情けない声を上げながら全身ずぶ濡れのヴァッカスが嘆いたところで、サーラは気にする様子もなく私の近くにやってきてさっと濡れていないところへと案内してくれた。

 一年に何度かこうして顔を見せてくれる二人も、私に対して変わらぬ敬愛を抱いてくれていることにとても感謝している。


「ラニー、今日の散歩は終わってしまったの? アニーと一緒に行けなくてごめんなさいね」


「い、いえ! 奥方様がご一緒してくださるとアニーは喜びますが、そう毎回とはいきませんし……旦那様がうるさいですしね」


「まあ」


 ラニーが呆れたように、そして面白そうに笑う。

 アニーは我関せずで私に歩み寄ってそっと鼻面を押し付けるようにして甘えてきたので、やんわりと撫でておいた。


「散歩はどうだったの?」


「ああ、それでしたら――」


「かあさま!」


 私が目当ての人物について聞こうとしたところで、厩舎の方から駆けてくるその姿に私は両手を広げた。

 まだ足取りが少し危うげで、それでも力強くて。

 黒い髪に、淡い紫色の瞳をした私の、私たち(・・・)の息子。


 その後ろから悠然と歩いてくるレイジェスの姿に、私は笑みを浮かべた。


「おかえりなさい、レイジェス。……出迎えの時に遅れてしまって、ごめんなさい」


「いや、無理をして欲しいわけじゃない。パルデンス、母様から降りるんだ」


「はい、とうさま!」


「よし、良い子だ。……ただいまの挨拶はしたのか?」


「あっ、まだです!」


 まだ幼い息子、パルデンスはレイジェスの言葉にしまった! という顔をして慌てて私ににっこりと笑ってからぺこりとお辞儀をしてみせた。

 それが愛らしくて思わず笑みが零れたけれど、抱きしめるのは我慢した。


「先程アニーとラニーと一緒に散歩に行ってきました! 今日はぼくも馬に乗って付いて行ったんです! ただいま!!」


「はい、おかえりなさい」


「兄様だよ、ただいま!」


 私の顔を見て何をしてきたのかを自慢げに語った後に、声を潜めてパルデンスが私の腹部に声をかける。

 そう、私のおなかには今、新しい命が芽吹いている。

 日々成長するその鼓動を感じるたびに愛しさが増すけれど、それはレイジェスとパルデンスも一緒らしく彼らはよく声をかけてくれるから、きっと生まれたらこの子はその瞬間から過保護に育てられるんだろうなあと思って笑いをこらえるのが大変だ。


(だって、パルデンスに対してのレイジェスがそうだものね。そんな父親を見て育ったんだからパルデンスもそうなるんじゃないかしら?)


 特にこれが女の子だったら大変なんじゃないかしら、と思わなくもないけれどそれはそれで幸せなのだから良いか、と思えるくらいには私も随分逞しくなったと思う。


「パ、パ、パルデンス様、おやつの準備が、中で整っておりますよ」


「おやつ! ねえキャーラ、今日のおやつはなぁに!?」


「ケ、ケーキです」


「わあ、やった! 母様父様、ぼく先にいってますね!」


「慌てずに行け」


「走っちゃだめよ」


 笑顔でキャーラの手を取って走るパルデンスに、私たちは顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 

 パルデンスを妊娠した時にはどうなることかと思ったけれど、レイジェスが真面目な顔で私を真綿にくるんで動けなくするかの如く過保護になった時には全力でグロリアに助けてもらったことは、今となっては良い思い出だ。

 重いものは持つな、階段は危ないから必ず侍女に支えさせろ、栄養のあるものを食べろってありとあらゆるものを用意してくるとか。

 ああ、それは兄様も同じだったから似た者義兄弟なんだわ……。


 ちょっと思い出して遠い目をしてしまった私は悪くない。


 まあ、あまり今も変わっていなくて……アニーに乗っての散歩は絶対にダメだと言われているし、馬車での外出もクッションを大量に用意しろとか遠出はだめだとか自分が一緒の時限定だとか色々条件があるのだけれど。

 幸いにもパルデンスが『母上はぼくが守ります!』と父親である彼の真似をしているのが可愛くて、ちょっとレイジェスの監視が緩くなったのだけれど。


「それで、王城は何か変わりありましたか?」


「いや、特には……そうだ、近くマルヴィナ様が王城に滞在なさるそうだ」


「え? マギーアとの外交は特になかったのではなかった?」


「ああ、夫婦喧嘩したから戻ってくるんだそうだ」


「そ、そう」


 マギーアに嫁いだマルヴィナと、ディミトリエ皇子……いえ、今は皇帝陛下ね。

 最初はどうなることかと思ったけれど、案外上手くいっているらしい。夫婦喧嘩と言いながらも大体は構ってもらえないマルヴィナが実家の家族に会いたくて戻ってくるだけの話。

 それも特別問題がない時期を見計らって、先触れを出して、護衛を引き連れちゃんとしたルートを通ってくるのだから文句のつけようもないっていうね。


「今度はどうしたのかしら」


「生まれたばかりの娘を絶対に嫁に出さないと議会で宣言しそうになったからだそうだ」


「……ディミトリエ様って、案外子煩悩だったのねえ……」


 策士な風情を持っているし、賢帝と呼び名も高いのだけれど。

 家族間が上手くいっていなかった反動なのか、自分の家族に対してはずぶずぶに甘いらしく、特に最近生まれた初めての子供ということもあって溺愛ぶりがすごいのは噂に聞いていたけれど。


「まあ気持ちはわからんでもないな。俺もこの子が娘なら同じように思うかもしれん」


「ふふ、そんなことを言わず幸せを願ってあげなくては」


「……そうだな」


 どちらからともなく、手を繋ぐ。

 王族ではなくなったし、やっぱり魔力はないままの私だけれど。

 彼に嫁ぐまでの努力が認められて、広がる学びの輪に、私を講師として招きたいという学校も出てきて今も充実した日々だ。


 残念姫君と呼ばれていた頃があっただなんて、もうみんな忘れてしまったんじゃないかってくらい。

 ……だけど、私は忘れない。


 それがあったから、今の私がいるのだ。

 残念と呼ばれた私がいたから、今の私がいる。


 残念と呼ばれて、ゼロから始めた、私の人生。

 その私のそばには、いつでもレイジェスがいてくれた。


「……ねえ、レイジェス。幸せ?」


「ああ、幸せだ。この世の幸せが、今俺の側にあると毎日感じている」


「私もよ」


 諦めなくて良かった。

 私たちの声が、小さく重なったのだった。

これにて本編終了です!

今後は不定期になりますが、レイジェス視点の話を数話アップしていきたいなと思いますのでよろしくお願いいたします。

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