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97.

 人々の目が、私に集まる。

 傷を負った淑女は表舞台に立てないのは、誰もが知っていて口にしない話題だけれど、あえて私が傷を晒しながら微笑んで現れたことに会場内の人々が俄かにざわついた。


 社交界における貴族女性は、生きた広告塔の役割を担っていることを考えれば当然だろう。

 傷跡や、それに付随した話はマイナスイメージを伴うことが多くそれが貴族たちの『名誉』から命取りになりかねないのだから。

 だからこそ病気やケガを負った女性は表舞台に出てこなくなるし、男性だってあまりに目立つものは名誉の負傷というものでなければやはり表舞台には出てこなくなるらしい。


 だけれど、そう、広告塔。

 私はまさに今、そのマイナスイメージをプラスに変えるためにここにいる。

 

 今回のマギーアで誘拐された王女はただ泣き寝入りするだけの娘ではないこと。

 軍事国家の王女として、傷跡で引きこもるような小さな(・・・・)器ではないということ。

 公の場に姿を見せることで、王女は誘拐のような危険な目に遭っても隠れるような真似をしない、堂々たるものであると。

 傷跡はまさに名誉の負傷であると、見せつけるためのものなのだ。


 レイジェスが、私の手を取って挨拶によって来ようとする人々の間をすり抜けてダンスホールへと向かう。


「レイジェス?」


「一曲、踊るぞ」


「でも、陛下にご挨拶を」


「陛下からまずダンスを踊れと指示が出ている。……お前の怪我は、後遺症なく全快しているのだとこの場にいる人間すべてに見せつけろとのお言葉だ」


「まあ!」


 実際の所、寝たきりの時間も多かったので体力は衰えているから一曲が精いっぱいに違いない。

 多くの人に囲まれて挨拶ばかりした後に踊るのは、確かにきついかもしれない。

 だけど、そういうことなら先に教えてほしかったと思うのは私だけだろうか。

 不満な気持ちを視線に込めて、レイジェスを見上げるけれど。

 彼は知らんぷりを決め込んでダンスのエスコートを始める。


「挨拶は特に必要ない、適度に会場内を歩いて疲れたら部屋に戻って良いという話だ」


「そんな適当な」


「王太子殿下が客人らをもてなすから、王女は回復してこうして公の場に出てくることができた、それだけで十分な効果があるんだそうだ」


「……」


 結局その仕組みが理解できたところで、私が何かを手掛けるにはまだまだ父と兄の方が上だということ。

 それはわかっているけれど、やっぱり少しだけ悔しい。

 だってその話をされたのは、私ではなく婚約者であるレイジェスなんだもの。


「……陛下たちは、お前の体調を慮ってのことだ。軽んじてのことではない」


「わかっているわ」


 それでも、私は自分がお荷物なままなのかとそれが心配でならない。不安でたまらない。家族だけは私を見捨てないと知っていても、この身の内で育った恐れはそう簡単に出ていかない。

 私は家族がきちんとそうしたことを話し、対等に扱ってもらえる私でありたいと思っている。そしてそう思っていること自体が、そうじゃないということなんだということが口惜しくてたまらない。


(要するに、まだまだ子供なんだわ、わたし)


 体は大人になった。

 あれこれ考えて、受け入れて、悔しいと思うくらいには前を向いて進んでいるけれどそれはまだまだ、私自身が求めている水準に達していない。

 いいえ、恐らくだけれど。

 一番最初の頃の私で考えれば、目標は達成できていた。

 けれど、達成できた傍から次から次へと目標ができているからきりがなくて、それでも足を止めることができないだけなのだと思う。


「大丈夫か」


「……少しだけ、苦しいわ」


 ダンスを一曲終えた所でレイジェスに問いかけられ、大丈夫だと虚勢を張ることもできないほどに私は疲弊していた。

 いいえ、素直に甘えたのかもしれない。

 どちらかわからないくらいには、私自身頭が働いていないのかもしれない。


「何か飲めそうか」


「ええ……このまま支えていてくれる?」


「ああ」


 申し訳ないことに、私の膝は気合だけではいつまでも力を入れていられないようでレイジェスの腕を掴んで支えにしていなければ転んでしまうかもしれない。

 とりあえず表情には出さず、レイジェスの腕に身を預けるようにすれば多分だけれど、婚約者に甘える女という風に他の人には見えるんじゃないだろうか。

 レイジェスもなんだか満足そうなので、多分私の行動は間違いじゃなかったんだと思う。


(なんとひどい傷跡なのかしら……)


(王女殿下は笑っておられるけれど、今後あの顔では外を歩くのにも恥ずかしくてたまらないでしょうね)


(マギーアは何というひどいことを……)


 私に向けられる同情と、憐みの声。

 それはやはり心地よいものではなくて、けれど決して冷たいものでもない。


 だけれどそれだけではいられないのが人間なのだと思う。


(やはり魔力なしはだめだな、傷跡があんなにも残ってしまうし、回復にもずいぶんと時間がかかったのだろう?)


(まあ魔力がなかろうと王族の端くれだ、放置するわけにもいかんだろう)


(金食い虫は変わらずか。あんな醜い傷跡を晒してよくもまあ恥ずかしくないものだ)


(あれでは婚約者の座に納まったとはいえ、ファールも面倒くさい妻を持ったと思うことだろうよ!!)


 私に聞こえるようになのか、それともレイジェスに聞こえるようになのか。

 誰が囁き合っているのかまではわからなくても、地位と名誉のために魔力なしの王女を娶る英雄という図式が、いつのまにか醜い妻を娶る憐れな男になるのだからなんとも醜いのはどちらの方だと吐き捨てたい気分だ。


 けれど私たちは、聞こえないふりをしなければならない。

 堂々と、王族に連なる者とその婚約者として、妬み嫉みもかわしていくのが正道なのだと教えられているのだから。


「……少し、テラスの方に行くか?」


「そうして、もらっても良いかしら」


「ああ」


 きっと今の私は、ひどい顔色をしているに違いない。

 わかっていたのに、やっぱり人の口から聞こえてくる言葉は時として刃になって人を傷つける。


「誰も通すな。王女殿下が休憩される」


「はっ」


 城内警護の兵にレイジェスが声をかけて、私たちはテラスに出る。

 ガラス戸を閉じれば、途端に喧騒は夜の静けさに飲まれた。


 ちらちらと好奇の眼差しが、会場からこちらに向けられているのは知っていたけれど私は何も気が付かないふりをして、レイジェスにエスコートされるままにテラスの椅子に座る。


「……少し、疲れたわ」


「ああ、そうだろうな」


 たった一曲踊って、会場内を少し歩いただけ。

 その間にどれほどの囁きを耳にして、どれだけの好奇の眼差しを浴びただろう。


(残念姫君だった時よりも、すごいかもしれない)


 持ってきていたシャンパンのグラスをテーブルに置いて、私は傍らに立つレイジェスを見上げる。

 赤い瞳は、思いのほか私を優しく見つめていた。


「ねえレイジェス、……聞きたいことがあるの」


 月の光と、夜の静けさ、そして彼の眼差しの柔らかさに背中を押されるように、私はレイジェスを見上げて、真摯に応えてくれることを願った。

 私の言葉に何かを返すでもなく、視線だけで続きを促すレイジェスに少しだけ不満を感じつつも私は言葉を続けた。


「子供の頃、私は貴方に『フィライラの花』を見つけてみたいと言ったことを覚えている?」


「……ああ」


「貴方は言ったわね、『そんなものは存在しない、お伽噺の中だけの綺麗な話だ』って」


「ああ」


「フィライラには魔力があった、けれど地位も権力もなくしていた。むしろマギーアに贄と差し出された厄介な立場だったと思うの」


 私は、ひどく遠回しな質問をしようとしていることを自覚していた。

 それでも、そうしないと私自身が自分を守ってあげられない気がした。


「それでも英雄スライは、初代国王は彼女を愛し、花を捧げた。なぜかしら」


「別に何も要らなかったからだろう」


 馬鹿らしいと一蹴されると思っていたのに、レイジェスは即座に答えた。

 なんの感情もない、ただそのまま感じたことを答えたのであろう彼に私は驚いてしまった。


「レイジェス」


「なんだ」


「レイジェス、私もなにもないわ。むしろあるのはこの傷跡だけなの。ターミナルの王女としての価値は、女としての価値は地に落ちたの。王女としての矜持しかないのよ」


 このまま王女としているならば、いくらでも意味はあっただろう。

 けれど降嫁となれば話は別だ、王族と繋がりはできるだろうが王太子である兄の権は十分強い。


 私に残るのは、元王女という立場と、この傷跡だけ。

 それしかない私に、彼はなにか見出してくれるのだろうか。


「ねえレイジェス、なにもない私だわ。それでも良い……?」

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