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96.

 あの事件から一か月、私は緊張していた。

 医師から快癒を告げられて、国王陛下がそれを祝したパーティを開くと仰った。


 それは勿論表向きは言葉通り娘の回復を祝ってのこと。

 けれど裏を返せばそれは『誘拐されかかった王女は暴漢(・・)から無事守られこうして人々の前に姿を現せるほどなのだ』ということを対外的に示すものだと思う。

 私自身の怪我は勿論のこと、そんな風にまでして攫おうとした暴漢の主はロクなものじゃないと知らしめることが含まれているのだろう。

 そしてターミナルはそれらに屈することがないから、こうして華々しい社交場も開くのだと言葉ではなく態度で示すのだ。


(当然、それに対して最も堂々と振舞うのは私でなければならない)


 お父様も兄様も、何も仰ってはいなかったけれど。

 王族として、王女としての責任が、ずっしりと私の肩に伸し掛かってくるのを感じる。


 そして、今日まで顔を合せなかったレイジェスを待っていることも緊張の原因だ。


「クリスティナ様」


「ええ、大丈夫よ」


 心配するように声をかけてくるサーラになんとか笑みを浮かべて見せて、私は今日、何度目になるのかわからないため息を吐き出していた。

 肩から手の甲までを覆うレース、体のラインをはっきりさせる上に私にしては大胆な、下品にならない程度に露出したデザインのドレス。

 ウェストから下のフレアは動くと広がりを見せるから、ダンスを踊る時にはきっとひらひらと動いて綺麗だろうと思う。


 でも、傷をあえて見せるために、隠さないデザインにしてくれとヴィンスたちにお願いして仕立てられたそれは私の希望通りの品だ。

 光沢のあるサテン生地の黒に赤が見え隠れするのはレイジェスをイメージしたものらしいけれど……私としては、あの日の夜を思い出してしまいそうだとまた、ため息が漏れた。


「ファール隊長がお見えです」


 廊下から戻った礼装姿のラニーが、笑顔で私の手を取った。

 来てくれたのかとほっとする反面、彼はこの装いをどう思うのだろうとちょっとだけ心配になった。


(ターミナルの王女は怪我などものともしない。恥ずべきことは何もない。……だけど、婚約者として彼はどう思うのかしら)


 淑女として少々露出があったり、ボリュームの少ない胸が悲しかったりという点もあるけれど。

 なによりやはり、この傷を彼がどう思うのかが不安でならなかった。

 この程度で彼が私のことを厭うことはないと信じてはいても、心と体は別物だなんて話もよく聞くことだから。


「お通ししても?」


「ええ、……勿論。だって彼は私の婚約者だもの」


 そんな確認をしてしまうほど、ラニーにさせてしまうほど……私は、きっとひどい顔をしているのね。

 そう思うと本当に申し訳なくて、私は立ち上がる。


(さあ、もう時間はないのよクリスティナ)


 うじうじ悩む時間はたくさんあった。

 忙しいレイジェスの邪魔をしてはならないからと、手紙を送ったり会いに来てほしいと言付けることもせず、私もまた会いに行かなかった。

 怖かったから、それを自覚していての言い訳だった。


 けれど、もうここからは個人の問題は後回しだ。

 王女としての役割が、私を待っているのだから。


「クリスティナ、遅くなった。……見舞いにも来れず、すまなかった」


「いいえ、レイジェス。忙しかったことは耳にしているの。でも、もう終わったのでしょう?」


「ああ」


 室内に入って来たレイジェスが大股で私に歩み寄り、手を取って口づける。

 それに慣れることは難しくて、つい目を逸らしてしまったけれど私の問いかけに、レイジェスははっきりと答えてくれた。


 グロリアが軍部の動きを見ていてくれたから、たった一か月で国内に潜むマギーアの密偵を摘発し、大々的に排除して見せた上に人道的な裁きを見せたのだと。

 勿論それらはお父様や兄様が、パフォーマンスも含めてやったことなのだと思うけれどその為に親衛隊から軍部の細部に至るまで、大変だったに違いない。


 まあ王宮の深くから王女が攫われたのだから、そのくらい大ごとにして見せなければ示しもつかないのだろうと思うから、口を挟むことはないけれど。


「今日の装いもよく、似合っている」


「……ありがとう」


 例え社交辞令だとしても。

 彼からそんな風に褒められると、さっと体中の体温が上がってしまう。

 ああ、なんて単純な女なんだろう。


 つい今しがた、王女としての役割を……なんて気を引き締めねばと思ったばかりだというのに!

 

 俯いてその浮かれた顔を見せまいとする私を、レイジェスはあっさりと顎を掴んで阻止をした。

 まるで、この距離でそんなことをされたなら、と僅かに女としての期待が首をもたげてしまう。

 元々婚約者だけれど、私が王女という身分もあって清い関係である必要があったから抱擁以外したことがないことが、少しだけ不安であり不満でもあったから。


「会えなかった分もあって、口づけたいところだが……化粧が落ちてしまうとグロリア殿に叱られそうだ」


「レイジェス」


「お前は、変わらず美しい」


 顎から手を離したレイジェスが、唇の端を上げて笑う。

 するりと、私の首に向けて走る傷をレイジェスが手の甲で撫でるその仕草に、私は肌が粟立つのを感じて身を震わせた。


「だが」


「っレイジェス!」


「……なんだ」


 言葉を続けられることを恐れてしまった。

 なんと続けられるのか、聞きたくなくて思わず声を上げてしまった。


 いつまでも先延ばしになんてできないと、私自身思っているくせに。

 目を合わせるのも怖くて視線を落とした私に、レイジェスの不機嫌な声が聞こえた。


「……そろそろ、会場に向かわなくては。お客様がお待ちだもの」


「主賓が少し遅れるくらい、よくある話だ」


「そうもいかないわ、心配をかけてしまうから」


「……わかった」


 王女としてもっともらしいことを言えば、レイジェスだって引き下がるを得ない。

 いいえ、実際問題少し遅れているくらいだったから、これで良かったんだと思う。


 私たちのやり取りを、離れた所で見守っていたグロリアが連れ立って歩く私たちに一礼をしてドアを開ける。

 いつの間にか外に出ていたラニーが、私たちの様子を見てほほ笑んだ。

 

 サーラとキャーラがランプを持って、私たちより前を行く。

 ラニーとグロリアに後ろを守られながら、私とレイジェスがゆっくり歩く。

 

 当たり前のようで、当たり前でないこの光景を、私はいつか『当たり前』として受け入れることができるのだろうか?


「緊張しているのか?」


「……まだ、注目されることに慣れていないの」


「そうか」


 小さな問いに小さく答える。

 慣れるわけがないという言葉は、上手く呑み込めたと思う。

 返された彼の言葉も、ただ相槌だけだった。


 以前も、別の意味で注目は浴びていた。だからこそ、目立たないように目立たないようにしてきたつもり。

 だけれど、ゼロ姫と噂されるようになってからは手のひらを返したかのように良い風に注目されるから、それまでとの落差が激しすぎて疑って見てしまう。


(それは、当たり前のことなのだろうけれど)


 疑いを持つのは、悪いことではない。なんでも鵜呑みにしてしまうよりは、はるかに良いことだと思う。

 そこから冷静に判断をするのは、大人として必要だものね。

 だけれど、私の中にある幼い感情が、悪い考えをちらつかせてそれを邪魔する。

 王女を嘲った彼らに、それ相応の罰を与えて貴族の顔ぶれを変えてしまえ……そんな考えが時々、出てきてしまうのだ。


 勿論それができる程の権力は私にはないし、一斉に彼らを陥れる程の知恵があるわけでもないし、そんなことができたとしてなんの利益も生まないことを私は理解している。


 それでも、だからこそ彼らの(・・・)目が私に集まることが、今でも怖い。


 レイジェスは、そのことについて何も言わない。

 だから、私も詳しくは言わない。


(それでもきっと、レイジェスはわかっている)


 すべてを捨てて逃げたいと言えば、きっと彼は私の手を取ってくれる。

 そう、似たようなことを言ってくれたもの。


(いえ、あれは監禁宣言だったかしら?)


 それはそれでどうなのかと思わなくもないけれど、逃避したいと思う程度に私もオカシイのだから、私たちは……お似合いなのかもしれないと思うと、なんとも言えない笑いが出そうになった。


「着いたぞ」


「……ええ」


 大きな扉を前に、私は一度だけ深呼吸をする。

 私の様子を見て、レイジェスがドアにつく警護兵に頷いて見せた。


「ターミナル王国、第二王女クリスティナ殿下のご登場でございます――」

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