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9.

 お父様にお会いしたい。

 単純なようでそれなりに手順が必要な私の言葉に、侍女はただお辞儀して下がっていった。

 

 だけれどその願いは速やかにお父様に伝えられたらしい。

 それほど時間を置かずに案内の侍女が現れて、今、私は王城内をゆっくりと歩いている。案内の侍女が先導を務めてくれる形だ。

 一人でも行ける……とは流石に言わない。状況云々、私だってわかっているし自分の中では再確認済みだし。そもそも王女が一人で城内を歩く方がおかしいんだから。


 幸いというか、迎えに来たのは私が“お願いごと”をした侍女ではなくて、国王付きの侍女だったからそれで幾分か気持ちは楽になっていた。

 ただ、なんていうんだろう?

 今まで一人で行動したりするのが当たり前だから、近い未来で私付きの侍女が来たらこの光景は当たり前になると思うと、……ちょっと想像できない。

 お父様や兄様が私に会いたいと呼んでくれる時はこうしてゆっくりと侍女の先導と共に城内を歩いてきた。なんでわざわざ呼びつけるのかなって、会いに来てくれたらいいのにって思うことはあったけど口にはしなかったしお父様たちが説明してくれることもなかったんだけど……それに意味があるんだって気付いたのは、十五歳くらいの時だったかな。

 国王付きの侍女が“残念王女クリスティナ”を案内しているということは、国王を筆頭に王族は娘を大切にしているんだ……ということを示しているんだっていうのを、他の人の態度や視線で知ることになったのは今となっては懐かしい。

 それでもやっぱり、私が自分から率先して周囲と関わっていくことそのものはなかったんだけど。


 子供の頃から残念だのなんだの言われたことに傷ついたのもあったし、好きな人(レイジェス)に嫌われるのも堪えたし、思春期だったし? 

 まあ主には色々言われるのが辛かったのと、レイジェスが死んでしまう未来を回避する方法を模索するために自室に引きこもりになったら都合が良かったんだけど。まぁ親兄姉たちからすれば、末っ子が心配でたまらなかったんだと思うんだよね!


(今にして思えば、かなり心配かける行動だよね……)


 元々社交的な性格でもないから、ちょっと寂しいけど静かでいいなぁって思っていた面もあったし。ちょっと前世の記憶? があって、それによるとレイジェスが死ぬと思うからそれがいやで回避したいんだけどとは相談できるはずもなかったし!

 一応、将来危険があっては困るから色々備えた方がいいんじゃないですか……とは言ったけどそんな曖昧な言葉で通じるわけないってわかってました! わかってました!!


 だからってそこからの行動が基本引きこもって研究書とかを読み漁って、挙句に姫君として軽んじられているからって独りで行動するとかとんでもないことよね。

 いや、当時は割と必死だったんだよね。どうしたら未来を変えられるんだろう、どうしたら……ってそればっかりだった。何がゼロの姫君だ、知恵者だ。

 よく引きずり出されて医者にかけられるとか噂に聞く修道院に放り込まれなかったなって思うよ……見守ってくれた家族に感謝しかない!!


(……反省して、これからはちょっとずつでいいから改善していかなくちゃ)


 でも、お父様が娘を大切にしているっていうポーズのために、っていうかむしろ私のためなんだけど、城内をゆっくり歩くのは正直、好きじゃない。なんか、前にも増してじろじろ見られている気がする……これは自意識過剰とかそういうんじゃなくて、きっとあの事件のせいだってわかっちゃいるんだけどね。

 すっかりお馴染みだった独りぼっちの『残念姫君』が、まさかの救国の『ゼロの姫君』に変貌を遂げるなんて誰が想像してただろう? 私だって想像してなかったんだから、誰も想像なんかしていなかったに違いない。

 前を歩く侍女は、お父様について長かった人だと思うんだけど……凛とした背筋で歩く姿はとてもきれい。私に対してもきちんとした態度で接してくれる、お父様が信頼する人間の一人だったはず。

 彼女が内心どう思っているかまではちょっとわからないけれど、うん、そうだ。彼女みたいに経験豊富な人が来てくれたらいいなぁ……!!


(そうしたら、もっと……こう、最短ルートでお父様のところにとか行けるようになるんじゃないかな?)


「クリスティナ様、……大丈夫でございますか」


「? ええ、大丈夫だけど……どうかしたの?」


「いえ。それならば、ようございます」


 立ち止まって私を振り返った侍女が、少しだけ困った顔をしたのを私は見た。

 私はそんなに百面相をしていた? それとも辛そうだった? 周囲の反応があまりにも奇妙だった? 

 いろんな考えが頭を過ってさぁっと血の気が引く思いがしたけれど、それが理由じゃないとすぐに分かった。


 何故なら、それはあの事件が起きた時に私がいた部屋。

 つまり、国宝である“増幅の魔石”が設置されている、国の心臓部である場所だったから。


 レイジェスが助けに来てくれなかったら、もしかすると私が死んでいたかもしれない。

 思い出すとほんの少し体が震えて、あぁ、彼女はこのことを心配してくれたんだなとようやくもって気が付いた。

 長くだらだら歩くのがいやだなぁだなんて思っていたけれど、よくよく考えたらお父様の執務室とは違う方向に歩いていたって気が付かないくらい私は考え事の方に夢中だったんだ。やっぱり知恵者とは到底言えないね。


 そして大丈夫かと問われたことに対して、大丈夫だと答えてしまった手前今更ちょっと足が震えるだなんて言えるはずもない。ちょっとした見栄っ張りだなぁ自分、と改めて気が付いた。というか、この目の前の侍女にがっかりされたくなくて必死になっている自分がいるってことにびっくりだった。


 今更なにを、がっかりされるっていうんだろう?


(美貌もない、頭脳もない、後ろ盾もない、魔力もない。誰も私に期待なんてしていない)


 そこで急に『ゼロの姫君』なんて持ち上げられたから?

 いつの間にか私はみんなに認められた気になっていた?

 だから、がっかりされたらどうしよう、なんて思った?


 今までずっと、がっかりしかなかったのに!

 もともとないない尽くしでこれ以上がっかりなんてないじゃない。


(どうして)


 今まで何度となく思った“どうして”だけど、これからもコイツは私と一緒にいるに違いない。そして答えはずっと出ないに違いない。

 だから、今は(・・)考えてもしょうがない、今はやれることをして、そして一人になってからまた考えよう。


(そうよ、私は今……ゼロの姫君としてこの場にいるんだから)


 前を向いて、しゃんとして。

 それがきっと、みんなが望んでいる『ゼロの姫君』の姿なのだから!!


 あの事件が起こったからか、国宝のあるこの部屋は、特に警戒が厳重になった。


 まず、廊下側のドアに衛兵。

 以前もドアの前に衛兵は立っていたからそれは変わらない。

 事件の時は、例の件に加担していた軍部の人たちが交代要員だったってことでどこまで反乱分子がいたのか、判断しきれない……と思われたのはしょうがないかなって。

 続いて、この国宝の部屋に入るには二重扉になっているので外扉を衛兵が来訪者確認をして通すと次に機械の扉が待っている。ここは王国内の技術の粋が集められていて、特殊なパスワードと魔力の注入が必要。だけど、あの事件の時はその技術を知る技術者が加担していたから破られる……という前提だった。


 事前に何人か反乱に加担している人物が割れたから、そこまで予想出来てお父様と兄様、レイジェスが国宝を持って城外へ脱出できたのだけど……でもここまでは今までと同じで、どう警備が厳重になったのかな?


 そう思った私だけれど、機械扉が開いて侍女が脇に立ち頭を下げたから、一歩足を踏み入れた瞬間に理解した。

 がちゃん。

 そう音を立てて私の前に機械仕掛けの衛兵が立ったから、だ。


 見上げるほどに大きくて、甲冑姿で、じゃあなんで機械仕掛けだって分かったのかというと機械の駆動音が聞こえるからだ。

 小さな魔石を利用して循環させ、行動を一定レベルこなせる機械兵の作成に力を入れていることはちらっと耳にしていたけれど、こんな実用レベルまで来ただなんて!

 でも今まで使われているという話は聞いたことがなかったから、これは試験段階なんだろうか? そんな状態のものを使って平気なのか。

 そう思って見上げたままの私を、機械兵は通すつもりはないらしい。

 まあ、そうだろうね? 衛兵の役目なんだからしょうがないよね?


「登録しろ。その娘は出入り自由だ。名はクリスティナ」


「登録イタシ マス。くりすてぃな。名義登録、完了。続イテ、音声でーたノ登録ヲ行イマス」


「クリスティナ、そいつに向かって何かしゃべるんだ」


「……私の名前はクリスティナ。この国の第二王女です」


 機械兵のせいで見えないけれど、この巨体の向こう側にはお父様がいるらしい。衛兵に私を登録させ、この部屋への出入りを自由にしろというのは随分大きな許可だと思うのだけれど、他の貴族たちの了承を得なくても良いのだろうか?

 国王が共にあれば入室は許されるし、別にそんな許可は必要ないというか……本来国王と王太子だけがこの部屋への自由な出入りを許されている、その特権を私のような人間がもらう必要はあるのだろうか?


 がちゃん、とようやく私の前から退いた機械兵に、ちょっとだけ息を詰めていたらしくほっと力が抜けた。別に怖かったわけじゃないけれど、圧迫感はあった。


「よく来たな、クリスティナ。今日はどうしたんだ?」


 微笑んで両手を広げ迎えてくれるお父様に、私はようやく今日初めて笑顔を浮かべた気がした。

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