序
新連載です!
よろしくお願いいたします。
ねえ、どうして。
どうして、こうなったのか。
誰か私に教えて欲しい!!
「諦めろ」
王城内の白亜の壁に押し付けるような形で私のことを冷たく見下ろす、黒の軍服姿の麗人。
お父様が信頼する、親衛隊の若き隊長レイジェス・アルバ・ファール。
黒髪に、赤い目に、端正な顔立ちで。真面目で、実力派の軍人。今は亡き将軍マールヴァールの片腕とまで呼ばれた人。
才能に溢れ、人望も厚く、若くして親衛隊の隊長になった時も貴族たちから不満の声が上がった程度にしか問題がなかった人。
そして……何故だかとにかく私のことを嫌っている男性。
なのに、どうしてこうなった!?
「お前は、今日から、俺の婚約者だ」
「レイジェス、ねえ、ちょ、ちょっと落ち着いて!」
「俺は落ち着いている」
「ど、どうして私なの? 今の貴方ならマルヴィナを選んでもきっと誰も文句なんて言わないわ、わ、私みたいな――」
「黙れ」
だって、レイジェスの好きな人は私の従姉のマルヴィナで、私は嫌われていて、でも私はレイジェスに片思いしてる……っていう状況では素直に喜べないぞこの展開。
どうして、なんで、こうなった!?
ことのあらましはこうだ、私が暮らす軍事国家『ターミナル』で謀反があって、それを鎮圧……首謀者を捕らえ、捕虜となっていた姫――それが私、クリスティナなんだけど……を救った功績で望みを一つ叶えようと私の父である国王が活躍した軍人たちに言った。
まあ、そこまではいい。
流石に国王直々のその言葉を断る人もいないし、考えさせて欲しいとか爵位とか領地とかみんなが色々言っている中で、彼は、レイジェスは言ったのだ。
この男、表情一つ変えることもなく。『ターミナルの頭脳、クリスティナ姫を賜りたく』なんて宣ったのだ!!
レイジェスは私よりも年上で、私が出会った頃にはすでに十五歳の少年で将軍マールヴァールの小姓を務めながら騎士となっていったまさに叩き上げの人間だ。
将軍が私の兄の師匠でもあったことから、私もレイジェスと何度も言葉を交わしたことはあったけど……。
だけど、私はこの国にとって“残念な”王族。
この国において魔力の有無は絶対。それは血筋で顕著に現れるので、王族は特に大きな魔力を有しているし、貴族たちも大物から順に魔力の量がわかりやすいくらい。
その中で、私はなんと魔力ゼロ。つまるところ一般人並み。平民並み。いや下手したら平民だって魔力を持ってるからね?
そんなわけで、私は残念な姫君なわけで。
残念姫君ゆえに近隣諸国からも人質を兼ねた婚姻申し込みすらないわけで。
幸いにも両親である国王夫妻と、兄と姉は私のことを大事にしてくれているし、不幸せだと思ったことはないけど陰口とかはやっぱり堪える。
だから目立たないように、とにかくおとなしくしていなくてはと育った結果地味で引きこもりで本の虫っぽい女性に成長してしまった。何たる不覚。
とにかく、国にとって有益なことを何一つもたらせない“残念な姫君”として見られている私を、レイジェスだけが優しく………なんてことは勿論、ない。そんな素敵展開はまるでなかった。現実は辛い。
彼もまた、こんな素敵な王族一家の中でなんでコイツ交じってんの? くらいの目で見てきてたわけですよ……わぁツラーイ。
「いいから諦めろ。……今回の件、軍部は信用を失った。だが、お前は逆に人々から称賛の声をもらった」
「……じゃあ、貴方は軍部のために犠牲になるというの」
「犠牲だと?」
だってその言い方は、軍人の謀反によって危うくなった国を救う機会を作った“残念姫君”を若き英雄が娶ることで、対外的に和解を示すってことじゃないんだろうか?
私のその尤もな疑念に対して、レイジェスは鼻で笑った。自分でそこまで示唆しておいてなぜ笑う!?
「俺が、わざわざ、犠牲に? ありえない」
「だって、あなた今、軍部の失墜と私のことを……」
「それは側面に過ぎない」
「それに、私を嫌っていたでしょう」
「……それについては後で話をする」
「マルヴィナは」
「彼女は関係ない」
「あるでしょう! だって彼女は――」
「もう行かなくてはいけない。だが、覚えておけ」
どうして。
どうして。
どうして?
どうしてこうなったの!
ちゃんと貴方に恋した気持ちも、何もかもを全部捨て去って、こうしたらレイジェスは堂々とマルヴィナに求婚ができて、王家も安泰で、何もかもがうまくいくと思ったのに!?
それなのに、どうしてこんな。
「お前は、俺の、妻になる。この婚約は、国王陛下自らが俺への恩賞として問うた結果であり、現段階でお前に婚約者もいなければ俺以外に求婚者もいないお前に、拒否権はない」
「レイジェス……!!」
「だから」
私から身を離してさっさと歩き出すレイジェスは、それでも数歩だけ進んで肩越しに振り返る。
そして、少しだけ、笑った。
優しい笑顔なんかじゃない。冷たくて、嘲笑う、そんな笑みだ。
「諦めろ」
冷たい宣告に、私がどれだけ絶望しているのか彼はわかっていない。
ああ、わかってない。
私が彼に恋をしたのは子供の頃だ。
すでに十歳で魔力がゼロというこの国で言う絶望的な数値が何度かの確認を経て間違いないと認められた結果、すでに一部の侍女たちにまで馬鹿にされる情けない姫だった私。
将軍であるマールヴァールという老人は、そんな私にも優しかった。兄の剣の稽古に来ているのに、姉だけでなく私にもきちんと声をかけてくれるその優しさが好きだった。
マルヴィナは、私より少し年上の従姉で、私の遊び相手としてよく王城に来ていた。周囲が“マルヴィナ様が王女だったらどれほど良かったかしらね”なんて囁いていたことも知っている。
そして、それをマルヴィナが誇らしげに聞いていたことも。
一応、私と彼女は仲が悪いわけじゃない。ハキハキした彼女のことは私も好きだ。ただ単にその時の彼女にとって見たら『王女様』って言われたのが嬉しかっただけなんだって私はわかっているから、その時怒ったりなんかしなかったしその侍女たちのことだって怒ったりしなかった。
だってまあ、誇りに思う王族なら確かにその尊敬に値する人間であって欲しいと思っちゃうのはしょうがないかな……なんて私は子供心に達観した感じだったから、そういうのも拍車をかけていたんだろうと思うんだよね。
そんな私たちにマールヴァールが声をかけるからレイジェスとも接することがあって、レイジェスは天真爛漫なマルヴィナに心惹かれ、私はマールヴァールのそばで真面目に働くレイジェスに恋をして、というままならない関係だった。
でもその頃は嫌われていなかったように思う。
多分、決定打はあれだ。
私が“残念姫君”だったから、だ。
ある程度の年齢になれば王族の姫ともなれば政略結婚を前提にあれこれと見合い話がくるものだけれど、私にくるのはどこぞの年寄りの後妻にとかそんな感じので、まあ私自身はそれを仕方ないなと思っていたんだけど。
さすがに初婚でそれは『政略結婚な上にアレです』みたいに宣伝しているのと変わらないということと、娘が哀れすぎるという親心によって阻止された。
姉は隣国、竜騎士が存在する国『カエルム』の王太子と婚約してしまったし。
となると、適齢期で政略結婚に適した娘となると、お父様の弟である大公の娘・マルヴィナに白羽の矢もいくってもので。
それをマルヴィナが耳にしてそんなの嫌だと大暴れ……とまではいかなくても断固拒否。王女であるはずの私がいるのになんでって騒ぎになって、まあ残念姫君だから、ってことで……マルヴィナ可哀そうという流れでレイジェスも私に対して冷たかった。
(魔力ゼロで生まれたのは私の所為じゃないし、ましてや会ったことはない母親のせいってわけでもないと思うんだよね)
なんというか、星の巡りが悪かったんだろうと思う。
私は確かにこの国の王女だ。
でも、死んでしまった愛妾が残した娘。
魔力もない、後ろ盾もない、それでも愛してくれた家族がいる。それだけの“残念姫君”なのだ。
そしてこれは、そんな私。
周囲から『残念姫君』と呼ばれたクリスティナが、なんと前世の記憶を取り戻した結果、将来的に謀反が起こると知っていたので援軍が来るまで頑張った結果、なぜか嫌われていたはずの片思いの相手と結婚する羽目になった瞬間である。