vsパルスロスト③
0-1
パルスロストが先制した。観客も、選手も唖然としている。そりゃそうだ。あんな位置からゴールを決められるなんて普通誰も思わない。
不知火は、自分の考えの甘さに苛立っていた。このプレーは予測出来たはずだ、ロングシュートを得意とするなら、あの位置でのプレーも想定出来たはずだと。
しかし、瞬時に頭を切り替える。今はまだ試合中だ。選手に指示を出さなければならない。
何より、選手たちを信じるといったその言葉を、不知火は忘れていなかった。
自身のポジションに戻ろうとするシズクを呼び止め、不知火は一言二言シズクに耳打ちする。シズクは少し驚いた表情を見せたものの、しっかり頷いて戻って行った。
「こっからが正念場だな。」
不知火はそう呟くと、カナデの方へ振り向き指示を出した。
「タマちゃん、急いで何人かにアップさせといて。」
「分かりました!」
急いでカナデは控え選手達が体を動かすウォームアップエリアへと向かった。
コート上では試合が再開されていて、今はルナがボールを持っている。
しかし、ルナはどこか攻めることを躊躇している様子だった。
「1番やっかいな所に行かれたな...」
悔しそうに不知火が呟く。
それもそのはず。敵陣の奥深くへ人数をかけて攻め、万が一にもボールを奪われた場合は、そこから超長距離シュートが放たれるのだ。迂闊に攻められないのも当然だろう。
しばらくボールを回して相手の出方を伺う。しかし、統制の取れた守備で付け入る隙を見出させない。ジャンヌ・アルトリアは、攻守のどちらでもチームの中心だった。
ユリアの出したボールが、相手選手の足にあたり、コートの外へ出る。そこで笛が鳴らされ、選手交代が告げられた。
不知火が交代を告げたのは前半から懸命に走っていた両サイドのMFの2人。疲労が見られたため、不知火は新しく2人の選手を投入する。しかし、投入された選手はそのままの位置に行かず、指示された位置へ入る。そして、その2人から指示を聞き、全体もフォーメーションを変えた。
すると、観客がどよめいた。
0-10-1
ミニゲームで不知火が使った、超攻撃型の布陣。ユリエが1列上がってルナの隣の位置へ。現段階、この時点において不知火は、
守ることをやめた。
ジャンヌは戸惑いを覚えていた。点を取りに来るのは分かる。だが、守備を捨てる意味が分からない。下手をすれば今以上の点差が開く可能性がある。その事を、不知火が分からないはずがない。
不気味な何かを感じながら、ジャンヌはボールの行方を追っていた。
全員が中盤に入り、ルナの隣にユリアが入ったことによって、今までよりボールが動くようになった。後は一本シズクにパスを入れればそれでいい。しかし、それが出来ない。
シズクにはジャンヌがマークに付いている。
少しでもミスをすれば、先程と同じシーンが繰り返される。
選手達の顔にも焦りの色が出ている。
「どうしろっていうのよ...」
ルナが今にも泣きそうな顔で呟く。
すると突如、バンっ!と大きな音がスタジアム全体に鳴り響き、全員が驚き周りを見る。
「ほんと、最高だなお前ら。」
不知火がスタジアムを見渡し感動した様子で言葉を漏らす。
観客全員が同じタイミングで手拍子をする、アイスランドの応援の代名詞、バイキングクラップ。まだオレ達は諦めてないぞ。そんなサポーター達からの背中を後押しするような大迫力の応援を、選手達は受け取っていた。
「さぁ、まだまだこれからよ!」
ルナが声を張り上げ味方を鼓舞する。
選手達の顔にも笑顔が戻る。
まだ諦めない。まだやれる。そうして、またゴール目指してボールを蹴り始めた。
「ありがとな、タマちゃん。」
素直に感謝の言葉を述べる。試合前日に不知火がカナデに頼んだこと、それはこのバイキングクラップだった。どうしても劣勢になったとき、サポーターの応援は何よりの力になる。かつて、自身がそれで力をもらったように、ここでも選手に力を与えてくれた。
カナデは少し照れた様子で、はにかんだ。
「でも、どうやって点を取れば...」
さっきとは一転、暗い表情で俯く。
「大丈夫、それはさっき伝えた。」
そういって、視線を相手陣内へ投げかける。
「お前にかかってるぞ、シズク。」
マジでW杯のバイキングクラップには感動しました。サポーターの応援って、やっぱり大切なんだなって思います。




