vsパルスロスト②
「そういや、ジャンヌは挨拶に来てくれたが、監督さんっていないのか?」
「基本的には選手主体ですから、監督がいるほうが珍しい位ですよ?」
「ほー、そんなもんか。」
それぞれの選手が自分のポジションに着くのを横目に、ふと思った疑問を漏らす。
「ジャンヌさんは、予想通り、ルナさんと同じ司令塔の位置ですね。」
カナデが言う通り、不知火の予想は的中した。4-4-2の中盤がダイヤモンド型のフォーメーション。その1番上の位置にジャンヌがいる。
青を基調とした二ホアニアのユニフォームとは裏腹に、白いユニフォームに番号が書かれただけのパルスロストのユニフォームは、百合の花の様な可憐さを感じた。
そして、シズクがボールを蹴りだし、試合が始まった。
初めはスローペースで試合が動く。ボールを持ったルナは、危なげなくボールを回し、相手陣内に飛び込むタイミングを計っている。
いつもの様に相手に囲まれはするが、周りが見えていてパスの選択肢が多いため、苦にはならない。
「そろそろ仕掛けどころかしら。」
心の中でルナが呟く。そして、コートの右端を走り出した選手を視界の端に捉える。
果たしてそのボールは認識出来たのだろうか。ルナを囲んでいた選手達は、突然ボールが消えたことに驚いた顔をし、慌てて辺りを見回した。
ボールはすでに右端を走っていた選手の足元に届いていた。
「あれが『見えない弾丸...』」
ジャンヌが感心した様子で言葉を漏らす。
シズクへと送ろうとしたパスは相手ディフェンスに阻まれ、ボールを失ってしまう。
そして、そのボールは繋げられ、ついにジャンヌへと渡った。
しかし、その位置からゴールまではおよそ60mの距離がある。この状況で来るのはまず間違い無くパスだと誰しもが思ったはずだ。
だが、ジャンヌの取った行動は違った。
「エクス...」
ジャンヌが大きく足を踏み込む。
「来るわよ!」
ルナがそう叫ぶ。しかし、その時すでにシュートモーションに入っていたジャンヌは叫び声と共に、60mも離れた位置からシュートを放った。
「カリバァァァァァー!!!!」
光の線を見たような気がした。
約60m地点から放たれたそのシュートは、一切軌道が揺らぐことなく直線を描く。
常人のそれとは思えないスピードでボールが飛んでくる。観客の誰しもが息を飲んだ。
しかし、ボールはゴールの頭上を越えスタンドの最上段へと飛んで行った。審判がゴールキックの判定をし、選手たちは安堵した様子で敵陣へと向かっていく。
「...」
ジャンヌは無言で1人の選手を見つめていた。彼女がしたプレーに気付いたのは、ほんの僅かだろう。
青のユニフォームに背番号6を付けた選手。
ジャンヌのシュート直後に足にボールを掠らせ、軌道をズラした張本人。
あまりのスピード、ボールの軌道の変化のなさに審判も気付かなかったそのプレーに、不知火は満足げにサムズアップを送った。
「ハヤトさん!今の凄かったですね!!」
「あぁ、あそこにユリアがいなかったから危なかったな。」
不知火にユリアと呼ばれた選手、ユリア・シルフィードは普段CBのポジションを務めているのだが、今日はDMFの位置に入っている。
「マンマークの能力が非常に高い。パルスロスト戦では、お前にジャンヌの相手を任せる。」
不知火の絶対的な信頼を預かったその選手は、15歳といったまだまだ若い選手だ。紫色の髪に、ポニーテールがチャームポイント。
しかし、その類稀なる運動量と、危険察知能力を買われ、スタメンに選ばれている。
「今のは流石に予想できないプレーだったからな。ユリアが反応して足に当ててくれて本当に助かった。」
アルトリア、そして聖剣。その言葉を聞いた時、不知火が思い浮かべたのは、長距離からのロングシュートの可能性だった。
そしてそれは予想通り的中し、こちらの対策もしっかり機能した。
「けど、このままじゃ終わらないよな。」
そんな簡単に勝ちを譲ってくれる相手ではない。不知火はコートを見つめ、何千パターンもの戦術を頭の中で繰り広げていた。
そこからは、両チーム安定した試合運びとなった。
ルナがボールを持てば的確なパスを出しチャンスを演出する。ゴールを阻まれるものの、形としては上出来だった。
一方、パルスロストはジャンヌにボールが渡っても、ユリアが徹底的にマークをしているため、ジャンヌもボールを味方に回すしかなく、ジャンヌ以外の選手たちで試合を組み立てていた。
前半終了間際、最後の攻撃を仕掛けたのはルナだった。
相手のミスからボールを奪い、一気にカウンターを仕掛ける。そうはさせまいと立ちはだかる相手ディフェンダーの股の下を、速いボールで通らせる。
その先にはシズクが待ち構えていて、相手選手を後ろに背負い、トンっとルナの方向へボールを出した。
約束のパターン、シズクの落としからルナのミドルシュート。ルナの振り抜いたシュートは、ゴールに吸い込まれる。そう思った。
しかし、現実はそうは甘くないらしい。シュートを放つ直前、ルナの後ろから懸命に走ってきたジャンヌが、シュート寸前のボールをスライディングで弾き出した。
ここで前半終了間際の笛が鳴った。
前半を終えて0-0のドロー。選手たちの顔にはやる気が満ち溢れていて、これなら後半も問題ないだろうと、不知火は選手たちの様子を見ていた。
ルナを中心に試合を展開して、シズクにボールを集めフィニッシュに持っていく。
ユリアの献身的なプレーもあり、最初の一本以外はまともにプレーをさせていない。
ユリアはクロエと同い年ということもあってか、2人で前半について話し合っている。その2人の頭を軽く撫で、選手を集合させた。
「前半に関しては言うことなし。満点だ。けど、ジャンヌへのマークは緩めるなよ。あと、ジャンヌが飛び抜けているから気付きにくいけど、他の選手も中々の実力者だ。油断しすぎないようにな。」
皆、頷き後半への準備を始める。
そうしているうちに、審判団がコートに出てきた。
「よし、後半も行ってこい!」
「はい!」
選手たちがコートへ向かう。
後半開始の笛が、鳴り響いた。
後半の開始は相手から。しかし、相手コートを見た不知火は、己の失態をすぐに悟った。
「やられた。」
カナデが不思議そうな顔でこちらを見てくる。そして、彼女も相手コートを見て、あっと声を上げた。
背番号10番、ジャンヌ・アルトリアは司令塔の位置にはおらず、パルスロストは5-3-2のフォーメーションに変化し、その5人のDFのど真ん中にジャンヌはいた。
そして、ボールがジャンヌに渡る。
先ほどよりも遠い、およそ80mの距離。
しかし、開始直後のため、誰もジャンヌの元へ辿り着けていない。
ジャンヌが足を振り抜く。そのボールは、誰にも阻まれることなく、クロエの左頭上を通り、無情にも、ゴールネットを強く揺らした。
ジャンヌの特性、超ロングシュートは、現実にあったらマジで脅威だと思う...




