vsパルスロスト①
夜が明け、いよいよ試合当日となった。
試合が始まるのは夕方からだというのに、昼頃にはスタジアムの周りは地元民で埋め尽くされていた。
スタジアム周辺には屋台が出され、昼間からビール片手に騒いでいるおっさん達もいる。
「ほんと、スペインにいた頃を思い出すな。」
不知火は、自身の部屋から窓の外を眺め呟く。試合のたびに多くのサポーターが押し寄せ、仲間達とビール片手にチームを応援し、勝った時は盛大に喜び、負けた時は次こそはと仲間達と肩を組んで帰途に着く。
そんな姿を何度も見てきた不知火にとって、この国のサポーター達は、今の自分にとって、何よりも大切なものだと思えた。
「こいつらのため、なんてキザなことは言えないが、いっちょ頑張りますか。」
この日のために拵えられた勝負服を身に纏い、不知火は最後の準備へと向かった。
ロッカールームでは、選手達が準備をしている。それぞれがユニフォームに着替え、ストレッチなどをしている。
ルナはその豊満な胸をサラシで締め付け、プレーに影響を及ぼさないようにする。
それを少し羨ましげに見ていたのはシズクだ。
「相変わらず、凶暴なモノをお持ちですね。」
「な、何いってるのよ!」
ルナは顔を赤く染め、シズクから離れる。
「私は胸があまり無いですから。その代わりに胸を使ったトラップが出来るのですが。」
「...貴女のは形が整ってるじゃない。正直、無駄に大きいよりはそっちの方がいいわよ。」
ルナの言う通り、シズクの胸はお世辞にも大きいとは言えないが、形が整っていて綺麗なラインを描いている。
「2人とも...いいなぁ。」
ボソッとクロエが呟くのを聞いて、2人は慌ててユニフォームを身に纏った。
選手達がロッカールームから出てくる様子を見て、不知火は疑問を抱いた。
「なんでルナとシズクは顔が真っ赤なんだ...?」
ロッカールームで繰り広げられた会話を知らない不知火は、不思議に思いながら選手達が集まるのを待った。
「さて、それじゃあー」
と、不知火が言葉を発しようとした瞬間、大きなバスの止まる音がした。
「やっとお出ましか。」
不知火が不敵な笑みを浮かべ呟く。
そこに現れたのは、序列45位、ジャンヌ・アルトリアが率いるパルスロストの姿だった。
両チームがアップを行う。
会場には溢れんばかりの人が集まり、5万人収容のスタジアムも崩壊寸前と化していた。
「改めて見ると、圧倒されますね...」
隣にいたカナデが思わず本音を漏らす。
「まぁな。ところで、準備は万端なんだよな、タマちゃん。」
「はい!もちろんです!あと、カナデです!」
お約束の展開が出来る位には余裕はあるらしい。
「よし、それなら心配はいらない。後は試合に集中するだけだ。」
コート上では、ルナとシズクが言葉を交わしていた。
「監督のアレ、思ったより似合ってるわね。」
「そういうのは、不知火さん本人に言ってあげればいいですのに。」
「そ、そんなこと言えるわけないでしょ!」
遠目にも不知火の服装ははっきり分かる。普段のラフなトレーニングウェアからは想像もつかない、きっちりとしたスーツ姿。
恐らくこういったものを『ギャップ萌え』とでも言うのだろうか。普段の装いと違う監督の姿に胸が高まりながらも、それだけ気合いの入っている姿を見せられ、身が引き締まる思いだった。
「初めまして、不知火監督。」
「こりゃご丁寧にどうも。わざわざ相手のキャプテン様がご挨拶に来てくださるとはね。」
「私のことをご存知でしたか。改めてご挨拶申し上げます。パルスロスト、キャプテン、ジャンヌ・アルトリアです。」
白のミディアムヘアーに、腕にはキャプテンマークを付け、背中に書かれた10の文字。
間違いなく、10人いれば10人が振り返るような美女。しかし、今の不知火には、そんなことはどうでもよかった。
ひしひしと伝わる威圧感。柔らかな笑顔を浮かべているにも関わらず、溢れ出る闘気が身体の奥から溢れている。
「不知火隼人だ。よろしくな。」
そう言って手を差し出す。ジャンヌも同じく手を差し出してくる。お互い、がっちり手を握り目を合わせる。先に手を離したのはジャンヌだった。
「では、後はコートで語り合いましょう。」
「あぁ、そうしよう。」
お互いが自身のベンチに戻っていく。
不知火は握られた手をしばらく見つめていた。
「やぁ、ジャンヌ。相手の監督はどうだった?」
チームメイトの1人がジャンヌに声をかける。
すると、ジャンヌから出たのは意外な言葉だった。
「すぐに分かりました。彼は只者ではない。初めてです、ここまで胸が踊るのは。」
ジャンヌは少し興奮した様子でチームメイトに返答する。
チームメイトは普段の姿とは違うジャンヌを見て、少し驚いた様子だったが、同時にジャンヌにここまで言わせる相手に、興味が湧いたようだった。
「ですが、試合をするのは彼ではありません。」
その一言に、緩んでいた空気が一気に引き締まる。
「我々が求めるのは、ただ勝利のみです。」
全員がジャンヌを見つめ、頷く。
「さぁ、いざ決戦の舞台へ参りましょう。」
ジャンヌがそう言うと、選手が口を揃えてこう叫んだ。
「イエス!我が王よ!」
「よーし、準備はいいか?」
不知火の言葉に皆、頷く。
「恐らく予想通り、ジャンヌは中盤の位置でプレイをするだろう。練習で言ったこと、忘れるなよ?」
少しニヤッと笑って不知火が選手達を見る。
皆、緊張した面持ちでこちらを見つめていた。
「まぁ、緊張するなって言う方が無理か。」
頭を軽く掻き、ボソッと呟く。
「よーし、じゃあ最後の指示を出すぞ〜」
皆、真剣な表情で不知火を見つめる。
「思いっきり、楽しんでこい!」
その言葉は、この状況にふさわしかったのだろうか。それは誰にも分からない。
それでも、笑顔でピッチに向かう少女達の姿を見れば、きっとこれは間違いではなかったのだろう。
「整列、礼!」
審判の声が響き渡る。約5万の観客の歓声と共に、試合開始の笛が鳴らされた。
いよいよ国同士の試合へ
ジャンヌの特性、不知火の作戦とは




