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人類最後の梅酒と再会の梅雨

作者: マキザキ
掲載日:2018/06/20





 暗い回廊。

「ホテル満月 館山の絶景!」

「お台場ビアフェス」

「高尾山ウォークラリー」

見覚えのある字体の広告、ポスターが、まるで時が止まったかのように、あの頃のまま残っている。

 風もなく、菌すら死滅したこの極限環境が、この奇妙な空間を生んだのだろう。

 黄緑、青、オレンジ……。路線を示す天井の標識の下を通りすぎ、赤、白に色分けされた階段を上り、懐かしい、あのホームに俺たちは降り立つ。


「第1階層……。ここが俺たちの知ってる『地上』か」

「思ったより近かったわね。上の人たちは絶対不可侵の禁足地みたいに言ってたけど……。ガードロボが全機停止してたおかげかしら?」


 西暦……確か6551年だったか……。俺たちの地上はあまりにも様変わりしていた。

 度重なる核戦争なのか、恐怖の感染症なのか。

 記録が全く残っていないため、詳細は分からないが、人類は幾度となく「地上」を捨て、上へ上へと地球を塗り固めていった。


 俺達は2543年、まだ地上が地上だった頃、人類の種を存続させるべく、眠りについた数千人の内の2人だった。何から逃れるために眠りについたのかは思い出せない。

 そして、何がどう転がったのかは知らないが、遥か上層、748階層で、人類が「地球管理装置」との最後の戦いに挑むため、なけなしの人員補充として俺たちは叩き起こされた。


 多くの同胞……あまりこの呼び方は好きではないが、彼らは喜んでその戦いに身を投じていった。天球ドームを解放するだの、天候制御システムを破壊するだのと息巻いていたが、その結果は俺の知るところではない。

 俺たち2人はその争いに背を向け、生まれ育った地上へ潜る道を選んだのだ。

 目的はただひとつ。眠りにつく前、彼女がボソリと呟いた一言。


「あ、保管庫に梅酒入れっぱなしだ」


 俺が2542年の6月23日に漬けた梅酒。それを呑むことである。




■ ■ ■ ■ ■




 およそ4000年ぶりの新宿駅、埼京線ホームは、空以外何ら変わっていなかった。

 どうやら俺たちが眠りについてすぐ、この地上は捨てられたらしい。


「なんだか拍子抜け。もっと近未来的な感じになってると思ったのに」


 彼女が眼鏡をクイクイと弄りながら辺りを見回している。


「線路は真空パイプで、音速で走る電車が走ってて、特に意味もなく白い床で、いろんなとこにホログラムの掲示板が立ってて…。そんな未来は来なかったのね~」

「未来像が昭和だぞお前……」


 思えば、ここまで来るあらゆる階層で、彼女が望むような光景は無かった。

 結局、俺たちの生まれた時代が、文明の最適解の一つだったのだろう。


「それで、ここからどうするの? 流石に電気も生きてなさそうだし、自動運転の電車なんかもなさそうだよ」

「そりゃ……歩くしかないだろ。品川シーサイドまで」

「え~。新宿からって歩いたら滅茶滅茶遠いよ~? 終電逃して歩いたから分かるもん」

「上からここまでに比べたら大したことないよ。一泊したら歩こう」


 背負った次元圧縮リュックからハウステントを取り出し、マイクロ核融合炉から電力を確保し、自動組み立てシステムの電源を入れると、ガチガチと骨組みが組み上がり、そこにエネルギー障壁タープがフワッと覆いかぶさると、簡素な二人部屋が完成する。


「まあ念には念を入れてサーチもしておくか」


 テントに付属するエネミーサーチャーを起動すると、辺りを黄緑色のエネルギー膜がグルグルと回転する。


「敵性反応なし、ていうか生命反応なし。当たり前よね~」


 あの頃、毎朝、毎晩すし詰めになって通学していたあの新宿駅が、ここまで何もいない空間になってしまったことに寂しさを覚えながら、俺たちは眠りについた。




■ ■ ■ ■ ■




「あ~……駄目だ……。もう歩けない」

「貴方が先にへばってどうするのよ! はぁ~……。17階層のバギー持ってくるべきだったわ……」


 俺たちは、というより俺は渋谷を過ぎた辺りで既にグロッキー気味だ。

 線路は最短距離で伸びているのだから、その上を歩けば案外楽だろう。等と考えていた俺が甘かった。

 これまでは乗り捨てられた乗り物を乗り継ぎ、乗り継ぎやってきたので、どうせ下の階層でも何か見つかるだろうと高をくくり、17から7階層までお世話になった小型バギーを、エンジン不調で乗り捨ててしまったのが悔やんでも悔やみきれない。

 5階層辺りから乗り物がさっぱり見当たらなくなり、結局ここまで徒歩で来てしまった。


「何か、路線点検用のトロッコ的なの無いかな、手でガコガコするやつ」

「ああ……。そういえば渋谷駅で見たことあったな。この辺に転がってないかな」


 等と、トロッコ、または点検整備車両のような小型の車両を探しながら歩いてみたが、結局、何も見つからないまま恵比寿まで来てしまった。

 ビール広告の恵比寿様が、今も穏やかな笑みを浮かべている。

 食を愉しむ文化が殆ど失われた上層階を見て来たためか、その笑顔になんとも言えない安心感を覚えた。

 正直、人類の存亡をかけた戦いよりも梅酒を優先したのは、そのあたりも強く影響している。

 俺も彼女も結構グルメな方で、起きてすぐ食べさせられた「国民食3号」であの時代の文明に、完全に失望してしまった。


「うーん……。やっぱり真っ暗だと何も見えないね……」


 恵比寿駅と言えば駅に隣接したお洒落なレストラン街があったものだが、太陽の光が失われたこの階層では、もうその姿を見ることは出来ない。

 彼女はこの辺りにお気に入りの飲み屋が結構あったらしく、悲しそうだ。

 陽気な彼女があまり見せない顔だけに、ついつい見とれてしまう。


「あ! ちょっと見て! 線路に何かあるよ!」


 抱きしめた方が良いのか、キスでもした方が良いのかと思考していた俺を、彼女の言葉が現実に引き戻す。

 超高輝度LEDライトの光芒が伸びた先には、線路をまたぐ自転車のような車両が立っていた。




■■ ■ ■ ■ ■




「フフフーン フフフフーン♪」

「フフフフフーン フフフフーン フフン フフン♪」


 ギイギイと音を立てながら、レールの軌道上をゆっくりと走る線路保守用軌道自転車。通称レールバイク。

 二人で懐かしい恵比寿駅の発車ベルを鼻歌でリピートしながら、曲に合わせてペダルをこぐ。


「いいね! ラクチン、ラクチン」


 移動速度が一気に早くなり、彼女もすっかり上機嫌だ。

 五反田を過ぎ、大崎を過ぎ、地下深く伸びるりんかい線内へと入っていく。

 りんかい線大井町駅に入ると、線路内に瓦礫が散乱しているのが目に入ったので、レールバイクの速度を緩める。


「そうか、地下鉄だから天井が所々崩落してるんだな……」

「新宿駅のホーム地下はそんなでもなかったけど……。海が近いせいかな?」

「海水に浸ってた時があったのかもしれないな……。地上に上がろうか」

「あ~あ……。せっかく新しい相棒くんに出会えたのに残念……」


 俺たちはレールバイクとの3ショット写真を一枚記念に撮り、彼に別れを告げ、地上へ向かって歩き出した。


「うわ~!懐かしい! この超長いエスカレーター! 昔ここの手すりで滑って、滅茶苦茶怒られたっけ」

「昔のお前何やってんだよ……」


 りんかい線大井町駅名物の長い、長いエスカレーターを登ると、昔、よく乗り換えに利用したJR大井町駅にたどり着いた。

 俺たちは連絡橋を渡り、品川シーサイド方面へと歩き始めた。


「商店街……流石に全部シャッターだね」

「この期に及んで空いてたら逆に怖いだろ……」


 ひたすらに真っ直ぐ、真っ直ぐに歩き続けると、懐かしいタワーマンション群が見えてきた。

 その中の一つに俺たちの家がある。


「良かった。倒壊はしてないね」

「崩れてないのが不思議なくらいだ……」


 やや小ぶりだが、一応はタワーマンションと呼ぶに相応しい、42階建てのマンション。その14階。そこが俺たちの家だった。


「えっと……鍵鍵……。」


 買った当時は電子カード式じゃないのかと大層残念に思ったものだが、今日のように電気が一切ストップした状況では、かえって好都合だ。

 ガチャリ……。とロックが解除される。


 ドアを開けると、そこには俺たちがコールドスリープへと旅立ったあの日のままの部屋があった。


「わーい! !? ゲホゲホッ!! うへぇ~埃っぽい!」


 ソファーにダイブした彼女は、分厚く積もった埃の層へ見事に突っ込んでしまった。


「ほい、どいてろ」


 俺はリュックからハンディルームクリーナーを取り出すと、部屋の天井に向かって振りかざし、スイッチを入れた。

 ピーっと緑色の光が周辺をスキャンすると、ゴオオオと音を立てて周囲の空気を吸い込み始める。

 溜まりに溜まった埃が天駆ける龍の如き勢いでクリーナーに吸い込まれていくと、辺りは艶々のピカピカに様変わりした。うん、未来の技術はすごい。


「あったあった!時間固定保管庫!」


 掃除している俺を尻目に、キッチンから彼女が白い箱をガラガラと押してきた。

 時間固定保管庫。何でも、中の時間を停止し、半永久的に元の状態を保つらしい。2539年に発売され、遥か上層でも未だ人気の、40世紀ベストセラーである。


「では、開けます。オープン!」


 彼女がドアをゆっくり、ゆっくりと開ける。

 はやく開けろよ! と突っ込んだが、「感動が大事でしょ!」と少し怒られてしまった。

 真っ白な箱の中には、いつかホームセンターのセールで買った、少しお洒落な形の8ℓボトルが鎮座していた。

 そして中の梅酒は、驚くほど若い色をしていた。




 ■ ■ ■ ■ ■




 部屋に簡易ハウステントを展開し、明かりをつけると、あの日のままの2人の部屋に灯が点った。


「それでは……かんぱーい!」

「乾杯」


 急速製氷機でかち割氷を作り、上から持ってきたタンブラーに梅酒を注ぎ、乾杯を上げる。

 久しぶりに飲む、味の付いた飲み物。

 芳醇……とは言い難いが、フレッシュな酸味とほのかな甘みが口の中に広がる。

 嗚呼……。これが人類最後の梅酒。


「時間固定されてたから、この梅酒って1年物なんだね」

「10年超えたような梅酒も美味しいけど、俺は若い梅酒の方が酸味と風味が強くて好きだなぁ」


 ふと、腕時計を見ると、今日は奇しくも6月23日だった。


「もう梅雨の時期か……。まあもう漬ける梅は存在しないけど」


 梅は人類生存における必須作物に該当せず、3000年代で生産が打ち切られ、観賞用のものも4000年を待たずに消滅してしまったらしい。

 春はイチゴやサクランボ、夏は夏蜜柑、秋はかりん、冬はキンカン、金木犀……。四季折々の果実酒を作るのが趣味だったが、それらは全て、季節の概念と共に歴史の彼方へと消えてしまった。


「寂しいよね~。食を愉しんでこその人間でしょうに」

「お前ちょっと酔ってる?」

「酔ってましぇーん」


 久々の旨い酒に機嫌を良くしたのか、グイグイと飲み進む彼女。

 おつまみに、と国民食3号を齧ってみたが、やはり死ぬほど不味かった。


「上に向かった人たちは、この喜びを知らぬまま死んでいくのかしらね……」

「さあね……。万に一つ、人類が勝ったなら、俺はこの梅酒を祝い酒に持って上がるよ。タナベやアオキも酒が好きだって言ってたしな」

「ええ~。もったいないよ~。これが人類最後の梅酒なんだよ?」

「中の梅の種があれば分子スキャナで作れるだろ、梅。まあ万が一、だけどな」


 酔いが回ってきたのか、少しふらつきを覚え、目を閉じた。

 直後、世界が揺れた。




■ ■ ■ ■ ■




 漆黒の闇に一条の光の線が走る。

 その線は徐々に、徐々に広がり、扇のような形となって、地上を激しく照らし始めた。


「うそっ! 天球ドームが!」


 地上を覆いつくした巨大な蓋、天球ドーム。

 地球を階層化するにあたり、最も簡潔な方法として提唱されたそれは、地上から光を奪う変わりに、人類の生存圏を大幅に拡大することに成功した。

 そして地球管理システムが天候を一律管理し、完全にコントロールされた地球が完成したと言われている。

 そのドームが、開いた。


「あいつら……勝ったの……?」


 あまりにもあっけない人類の夜明けに、俺たちは呆然と立ち尽くす。

 ベランダに出ると、冷たい風が頬を撫でた。


「雨……」


 思えば今日は梅雨の真っただ中。数千年間の渇きを癒すかのように、地上に豊かな雨が降り注ぐ。

 地球は覚えていたのだ、季節を。

 ドームの外ではずっと、同じように季節を移ろわせ続けていたのだ。


「仕事……できちゃったね」

「はぁ……口は災いの元……か」


 俺たちは自決用の小型レーザー銃をベランダから放り投げると、梅酒をタンブラーになみなみ注ぎ、杯を交わした。


「人類と梅雨の再開に」

「乾杯」


また、今年も梅酒の季節が巡り来る。


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