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第4話 少女は想う

夜明けとともに旦那とお義父様は私が生まれた精霊の大森林に出かけていった。いつもの狩りなら私もついて行くところだけど、今回はかなり大変な仕事になるということで留守番をすることになった。お義母様と家事をしながら過ごしていると昨日会った冒険者のクリスさんが訪ねて来た。賢者のお爺様からいただいたカモミールでお茶を淹れてお出しするととても美味しそうに飲んでくれた。

「今日はどうされました?」

少し怪しい発音ではあるけれど、聞き取ってもらえたらしく彼女はこっちに笑顔を向けて口を開く。

「君の旦那さんのお話、聞こうと思って来たんだ」

少し胸の奥がもやっとする。昨日もだけど、私は旦那のことに関してはかなり嫉妬深くなることがある。トウカちゃんの存在を知った時も黒い感情が顔を覗かせた。彼女とはお茶会を通して防波堤を築くことができたからいいけど、このクリスさんは旦那のことを狙っているのだろうか。

「ああ、勘違いしないでね。僕は単純に彼がどういう人間なのか知りたいだけなんだ」

旦那から聞いていたけど、彼女は自分の好奇心に忠実でそれを満たしたら興味が失せるというか、他のことへ移るみたい。どこからどこまで話したらいいのか少し迷っていると彼女の方から話を振ってきた。

「ね、まずは君たちの馴れ初めを聞かせてよ」

私と旦那の馴れ初め…。転生前だったら幼馴染からの恋愛に発展してのゴールインだけど。彼女が聞いているのはこの世界でのことだから、お義父様とお義母様に説明した内容をそのままお話しする。

「彼と出会ったのは2週間前です。あの人が精霊の大森林で狩りをしている時に気絶した私を見つけてくれたのです」

「なんで森にいたの?」

「分かりません。私にはその前の記憶が無いのです」

私の擬態した容姿は10歳ぐらいの女の子。森で生まれたと言っても信じてもらえないだろうし、人外であることがバレてしまう可能性もあるから、ここは便利な言い訳の1つ記憶喪失を使うことにした。私のことを知っているのは旦那とお爺様だけだからこの嘘がバレることはない。

「本当に何も覚えていないの?」

「はい」

「カモミールティーの淹れ方はここに来てから覚えたの?」

「…はい」

「誰に教わったのかな?」

「…賢者のお爺様に」

矢継ぎ早に繰り出される質問に何かを疑われていると思うけど、内容がとても簡素で狙いがよく分からない。お茶の淹れ方とか前世で学んだことはお爺様に習ったことにしているから不自然ではないと思う。

「2人の結婚記念日は何月何日?」

「くが…!?」

思わず前世の記念日を答えかけておし黙る。この世界の暦の数え方は世界を構成した4柱の神の名前を使用する。一年は360日。季節は春夏秋冬、90日で切り替わる。春は土の神ラナール。夏は火の神フレイグ。秋は風の神ウィード。冬は水の神アクール。それをさらに目覚め、活動、眠りの3つに区分している。それぞれ30日数えたら変わるから、今はラナールの活動の15日目。決して何月何日で数えたりしない。

「くが?九月かな?九月の何日?」

彼女は私が転生者だと気付いている!?というより、彼女も日本からの転生者!?

私は思わず彼女に鑑定をかける。


クリストローゼ(16)

メインジョブ:サマナーLv.20

サブジョブ:アーチャーLv.20

筋力:300

敏捷:200

耐久:200

魔力:500

スキル:魔獣召喚S、遠見S、狙撃S、弓術S、魔法(火)S、魔法(水)C、魔法(風)B、魔法(土)C、体術A+、鑑定S、気配感知A+、炎耐性S、輪廻転身S

契約魔獣:レッドサラマンダー

称号:転生者、異界の王、探究者、世界を渡る者、焔の勇者、フレイグの寵愛

備考:前世 レッド・マスターゲート 享年26歳、焔 帝人 享年18歳、レイード・フィーダン 享年78歳、ラジベル・グルジスト 享年257歳、朱南 鳥 享年16歳、クリストローゼ・ワンゲート 享年44歳、紅玉 享年50歳、ボロア・フレーマ 享年325歳、……


最後の項目の情報のあまりの多さに見るのをやめる。この人は異世界転生者だった。

「見た?」

屈託のない笑顔で聞いてくる彼女に肌寒いものを感じて黙り込む。

「僕のステータス。見たでしょ?」

「……はい」

発した声がかすれてしまって私が怯えていることが伝わったのか彼女は困ったように眉尻を下げる。

「ごめんね。怒っているわけじゃないんだよ。ただ確認したかっただけなんだ。君とご主人のナツキ君って子供にしては妙な落ち着きがあったからさ。もしかしてと思ってね」

外で洗濯物をしているお義母様に聞かれることを考慮しているのか、彼女は日本語で私に話しかけてくる。

「あなたは、一体何者なの?」

私の口から思わず漏れ出たストレートな質問に彼女は即答する。

「世界を救うために理から外れた愚かな王様」

本当に王様だったんだ。多分、一番最初のマスターゲートっていうのがその王様のことなんだろう。

「君は割と最近この世界に来たのかな?見た感じ、なにかの魔法で姿を誤魔化しているよね」

「鑑定スキルは使わないのですか?」

「うん、僕は基本的に鑑定は使わないようにしているよ。自分で解き明かす方が面白いからね。カンニングはつまらないじゃないか」

心底目の前の事柄に興味津々といった様子で話すものだから、変にかしこまるのはバカバカしくなって年上のお友達と話す時のテンションで彼女の質問に答えていく。自分の擬態スキルのこととか旦那と相談した方が良さそうな件ははぐらかし続けた。もしかしたら彼女が焦れて鑑定スキルを使うかもしれないけど、こればっかりは私の判断で話しちゃいけないと思う。

「うーん、生まれた瞬間から姿が固定されている精霊?でもそれなら最初からそう言えば問題ないし、隠す必要もない。むしろこの村なら歓迎されるよね。あ、でもよそ者の僕にはおいそれと言えないよね?それとも魔獣とかの類で姿を幻覚でごまかしている?でもククさんの嗅ぎ分けスキルに引っかかってないから幻影の類いじゃなさそう。それともあの賢者様も絡んでくる?……」

しばらくすると、考察モードに入ったのかボソボソと独り言をこぼしている。正直聞くことがなくなったのなら宿に帰って欲しいんだけど、一度思考の海に沈んだら周りの音とか気にならないみたいで私の声かけにはなんの応答もない。ただ自動的にお茶を飲むので空になったカップにポットから継ぎ足したりして彼女が正気に戻るの待つ。

それにしても、さっき見た備考欄の前世の数。彼女は一体どんな人生を歩んで来たんだろう。中には子供の年齢で生涯を終えているものが多数あった。事故か病気か、あるいは事件に巻き込まれているものもあるかもしれない。あと気になったのは称号のところにあった焔の勇者とフレイグの寵愛の2つ。私も転生前に光の女神からもらった幸運チートの女神の寵愛があるけど、効果は違うのかしら?聞きたいけど、今の彼女は答えてくれそうにない。

さてこれからどうしようかと思った矢先に外で轟音が鳴り響く。何事かと思って外に飛び出すと村長の家の屋根に大きな樹木が突き刺さっていた。あまりの事態に私を含めて村の人たちも呆然と立ち尽くしていたけど、村長一家の安否が気になって村長宅へ急ぐ。家の前で腰を抜かしたみんなを見た時には安堵のため息がこぼれた。

「ご無事ですか!?」

現状に理解が追いついていないのかうまく喋れないみたいで、コクコクと何度も頷いている。とりあえず後から来た大人の人たちに村長たちを託して改めて惨状を見上げる。刺さり方から森がある方角から飛んで来たと思うけど、一体何が起きているのか。念話を飛ばして旦那の様子を探ってみる。

『なっちゃん、なっちゃん』

『アキ!どうした?』

私の問いかけに即座に反応する旦那。

『村に木が降って来たけどそっちで何かあった?』

『アキは大丈夫!?怪我してない!?あとお袋は無事か?』

そんなついでみたいに……お義母様の心配をちゃんとしてあげようね?相変わらずな旦那に苦笑を浮かべつつ念話を続ける。

『被害は村長の家だけよ。大樹の枝っていう普通の木の幹くらい太いのが深々と刺さってるわ。村長たちは無事よ』

『大樹の枝って…。あ〜さっきのアレかぁ。悪い、それ俺らのせいだわ』

『どういうこと?』

『いや、まあ、うん。いま追われてんだわ』

『何に!?』

『ユニコーン』

『なんで!?』

『いやな。エンチャントツリーってさ、コイツらのテリトリーにあるんだわ。んで、主食がツリーの葉っぱでさ。その影響か分からんけど、いろんな亜種がいるんだよ。ツノが剣になってるやつとかドリルになってるやつとか』

『へ、へ〜』

『特にツノが剣とかの刃物になってるやつはよく枝葉を切り落とすんだよ。その落としたやつを拾い集めりゃ楽勝だったんだけどな〜』

『落ちた葉っぱは食べられないの?』

『地面にツノが刺さるからな。よほど切羽詰まってない限りは地面の葉っぱは食わんよ』

『それで、どうして大樹の枝がここまで吹き飛んでくるの?』

だいぶ余裕のある話し方から一時的にどこかに身を潜めていると判断した私は精霊の大森林に向かって歩き出しながら最初の疑問に対しての答えを催促する。

『気配遮断使って拾いに行こうと思ったらさ、バイコーンの奴らが来やがったんだよ』

バイコーン、ユニコーンの二本角バージョンのアレね。

『このユニコーンとバイコーンって仲が悪くてさ、割としょっちゅう縄張り争いしてんだよ。巻き込まれるのは嫌だから、少し離れた大樹の枝の上で高みの見物決め込んでた』

もしかしてもしかすると、その大樹の枝が…?

『今回もユニコーンの勝利で終わったんだけど、向こうの大将でツノが波型の剣になってるやつがさ。『灼熱』って呼んでんだけど。こっちに気付いちまってさ』

『攻撃されたの?』

『フレイムバーストっていう炎の光線みたいなのぶっ放して来やがった』

『魔法使うの!?』

『そりゃな。伊達に魔獣にカテゴライズされてないぜ』

ということはそのフレイムバーストで吹き飛ばされて来た枝が村長の家に突き刺さったのね。それを考えるとよほどの威力ね。

『まあ、避けるのは余裕だったんだけど、他のユニコーン連中にも追い回されてな。これは回収は無理だってことで、いま親父と二手に分かれて森を脱出中』

『いま隠れてないの!?』

『ん?絶賛逃走中だぞ?』

『言ってよ!というか、邪魔してごめん!』

『問題ねえぞ。むしろアキの声を聴けてヤル気マックスだ』

念話をしながら逃げ回るってなんて器用な真似を。というか旦那よ、ヤル気に不穏な響きしか感じないのは気のせいかしら?

『むやみに殺しちゃダメよ?』

『殺しゃしねえよ。ツノは頂くが』

ユニコーンのアイデンティティを!?

『時間はかかるが、また生えてくるし。コイツらのツノって魔法薬の材料にうってつけだからな。ジッちゃんが大喜びだ』

亜種もいるからいろんなものがデキるぞー!と言ったのを最後に念話を切る。うん、家に戻って大人しく待っていよう。森に向かっていた歩みを止めて踵を返すとちょうど真後ろにいたらしいクリスさんとバッチリ目が合う。

「やあ、アキちゃん。なんだかすごいことになってるね!気がついたら家の中に僕1人になってるし、外に出てみたら村長さんのお家が前衛芸術みたいなことになってるしでびっくりし通しだよ!」

人の惨事をそんな喜ばしく語らないでください。これが日常だと勘違いされていそうで怖い。

「あのですね、クリスさん」

「これは絶対にエンチャントツリーが絡んでいるね!」

あ、良かった。ちゃんと理解してくれてる。

「あの突き刺さった樹木の根元にある焦げ跡!炎熱系の魔獣の仕業かな!レッドサラマンダーとか、フレイムウルフ…だとここまで吹き飛ばすほどの火力がない。タイラントベアかな?それともワイバーン?」

ああ、また考察モードに突入してしまった。こうなったら動かないことはさっき知ったばかり。このまま外に放置しておくわけにもいかないし、どうしよう。

「おや、クリスさん?もしかしてまたですか?」

途方に暮れていたら、クリスさんの後ろからククさんが顔を出す。

「ああ、これはどうも。ナツキ君の奥様のアキさんでしたか。クリスさんはどうやら思考に没頭しているようなので、私が引き取りますね」

そういうとクリスさんの手を取ってゆっくりと引いて宿の方へと誘導する。地蔵のように動かなくなる訳じゃなかったんですね。見送りついでに私も宿の方へ歩き始めたら、森の方が騒がしくなった。

「た、大変だ!バイコーンの群れが向かってきている!」

見張り台の上にいた村人の叫びに村は騒然となる。ルードさんを筆頭に男手が防衛線を張っていく。

「ほら、アキちゃん!こっちにおいで!」

少し離れたところからお義母様が大きく手を振って呼んでくれている。そちらへ大急ぎで駆け寄れば、力強く抱きしめられる。

「ここは男衆に任せてあたしたちは家に待避だよ!」

狩人の村の肝っ玉母さんらしく私をそのまま抱えて走り出すお義母様。前世の実母と義母は亭主を静かに支えるタイプだったので、今世のお義母様のような豪快さはとても新鮮です。ところで、今向かってきているバイコーンの群れってさっき旦那が言っていたのと同じ群れかしら?森から魔獣の類が出てくることは多々あったけど、あくまでもはぐれ者って感じのばかりだったし、こんな風に群れで現れることはなかった。

「おい、やべえぞ!『鉄血』がいやがる!」

「はあ!?見間違いじゃねえのか!?あいつが群れるなんて聞いたことねえぞ!」

「あの禍々しい二本角を見間違えるもんかよ!」

「どうするよ!?オヤジさんいねえ状況であいつとやりあうなんて…」

遠くになっていく男衆の怒号を聞きながら、お義母様に問いかける。

「あの、『鉄血』って?」

「大森林でも一二を争うネームドモンスターさ!」

精霊の大森林には他の個体よりも強力な『名付き』が生息している。中でもバイコーンで赤黒い稲妻型の二本角、鈍色に輝く鋼鉄と見紛う体躯が特徴の『鉄血』は単純なパワーやスピードなら他に引けを取らない実力を有しているとか。それってまずくない?

「はっきり言ってかなりヤバイよ。ウチの人が戻ってくるまでになんとか持ちこたえてくれればいいんだけどね」

旦那にも声をかけた方がいいかしら?でも今はユニコーンの相手でそれどころじゃないだろうし、きっとお義父様も無事に戻ってこれるまで時間がかかるだろうし、私に何かできること…激励の歌でみんなを鼓舞することくらいかな。でも、擬態したままで唱術スキルを使う自信はない。いや、そんなことを言ってる場合じゃない。一か八かやってみよう!

と、私が意気込んだ時にさっきククさんに連れていかれたはずのクリスさんが軽快な足取りで駆けていく。

「クリスさん!?」

私の呼びかけに一度だけ振り返るとあの妙なカーブを描いた杖を掲げてピースサインをする。ここは任せろということかしら?凄腕冒険者?のクリスさんが加勢してくれるなら安心。かな?それでもやっぱり不安を感じるから、お義母様の隙をついて私も行こう。何事もなければ、それで良し。とりあえず、旦那にバイコーンの件を一方的に念話で送ってから行動を起こすことにする。

どうか、私たちを受け入れてくれたこの村を守れますように。

お久しぶりです。プライベートな都合でこんなにも時間がかかってしまいました。書くのって楽しいですけど、大変ですね。

今回のお話も楽しんでいただければ幸いです。

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