第1話 少年は再会する
良質な月光ウサギの毛皮を大量に持ち帰った日の昼下がり、夜中に単独で狩りをしてきたことに対する説教を親父からみっちりと受けてぐったりとした体を厩舎の屋根の上で休ませていると足下から俺を呼ぶ声が聞こえる。この声はお節介のトウカ姉だな。大方、親父に叱られて凹んでいるであろう俺を慰めにでもきたのだろう。返事は面倒なのでしない。気力が戻り次第、今度は北の精霊の大森林に仕掛けた罠の確認に行ってこよう。何がかかっているのか、狸の皮算用をしていると殺気めいた気配を感じ取り、頭を起点に倒立をする。すると、屋根を突き抜けて飼い葉用のフォークが俺の背中があった場所を通過する。誰かに当たると危険なので足でフォークを掴むとそのまま元来た軌道に返す。フォークが地面に刺さる音と短い悲鳴が聞こえたのを確認して、俺は屋根から下に降りる。
「いきなり何するんだよ。危うく怪我するところだったじゃないか。...ウラルが」
フォークの股に首と右腕を挟まれて地面に縫い付けられた俺より3つ年上の少年ウラルに文句を言う。焦げ茶色の天然パーマが砂埃で白っぽくなっててカリフラワーみたいで少し面白い。口元が少し緩んでいたのか、俺の顔を見てウラルの顔が怒りと悔しさで赤く染まる。小馬鹿にしたわけじゃないぜ。
「うるせえっ!てめえ、トウカが呼んでるの聞こえてねえのかよ!狩りの腕が立つからっていい気になってんじゃねえぞ!」
おうおう、支離滅裂だが何を言いたいのかは分かる。というか、そんな格好で凄まれても面白いだけだぜ?
「トウカ姉に構ってもらえないからって八つ当たりするなよ。鬱陶しい」
俺の言葉が図星だったのか、こちらを睨む目つきがより一層鋭くなる。まあ、ウラルももうすぐ成人。村の仕来りみたいなもんで、成人した男はその場で伴侶となる女性を選ぶ。成人式と結婚式が一緒になったものだ。そのためにウラル達は式当日に振られて赤っ恥をかかないように、意中の女性にアピールをしているわけだが。ウラルの想い人であるトウカ姉が全く相手にしてくれずに異端児である俺にばっかり構うもんだから余計に面白くないんだろう。フォーク抜いたらまた突っかかって来るだろうから、このまま放置して森に行こう。ため息をひとつ零してその場を後にしようとしたらまた俺を呼ぶ声が近づいてきた。
「ナツキちゃん、どこ行ってたのよ。村中探し回っちゃったわ」
「ちゃん付けはやめてよ、トウカ姉」
そんな俺の言葉を聞いていないのか、そのまま俺を真正面から抱きしめるトウカ姉。俺の方が頭一つ分背が低いから彼女のそこそこ育った胸の膨らみをダイレクトに感じてしまうが、思春期だったらいざしらず前世と併せてもうすぐ50年になる俺には大してときめかない。嫁の程よく熟れた身体が恋しくなるのでさっさと離れる。後ろから物凄い怨念を感じるが、どうしようもないので無視。てか、気配を消せよ。ウラルがどういう状況なのか知れたら面倒なんだからよ。
「あら、ウラル?」
あ〜〜、気付いちゃったよ、面倒クセェ。
「ま〜た、あたしのナツキちゃんを虐めたのね」
あたしのってなんだよ!?
「俺の有り様を見てなんでそうなるんだよ!」
いや、全くもってその通り!これどう見ても12歳の子供である俺が15歳の少年を虐めてるようにしか見えないだろ。...ウラル弱えw情けねえw
「ナツキちゃんを虐めて返り討ちにあったんでしょ。ホント、ナツキちゃんは強くてかっこいいわね〜」
ああもう、トウカ姉の俺贔屓には困ったもんだな。こんな見た目が根暗なやつのどこが良いのかね。子供達の中でかなり浮いた存在だった俺はかなりの頻度で虐められた。その度に返り討ちにして行ったけど、反撃を受けた子供は大抵親に言い付ける。俺の両親以外の大人達にも奇怪な子供として認識されていたから俺の言い分なんぞ聞き入れちゃくれない。そんな中でもトウカ姉だけは俺の味方をしてくれた。普通の子供だったらトウカ姉に惚れるんだろうけど、残念ながら俺は普通じゃない。ティーンズは恋愛対象外なんだ、ゴメンよ。
「で、何か用でもあったの?」
ウラルを助けようとはせずに俺に突っかかったことに対して説教を開始したトウカ姉に問いかける。まあ何の用かは分かっていたけど、流石にウラルが可哀想になってきたからな。
「あ、そうそう。ナツキちゃん、今朝方月光ウサギの毛皮を持って帰ってきたじゃない。そのことでおじさんに叱られなかった?」
はあ、やっぱりその件か。精神的にはいい大人なので、慰めてもらわずとも自己消化できるからほっといて欲しいんだけど。もとい、叱られると分かった上でやっているから大してダメージはない。...疲れるけどな。
「いや、そんなに厳しくは叱られていないよ。そもそもここのルールを守っていない俺が悪いんだし」
自覚あっての規則破り。たちの悪いことこの上ないのだが、俺の精神状態を保つ為には何かしらの作業に没頭しなければならなかった。その中で一番向いていたのが狩りだっただけのこと。トウカ姉と親父達には悪いが、いくら叱られようが俺はこれからも続けるだろう。
「んーと、ナツキちゃんがルールを守らないのは、眠れないのが原因なのよね?」
トウカ姉が首を傾げつつ問いかける。みんなには悪夢で寝付けないことを言ってあるから俺も頷き返して肯定する。
「じゃあ、今晩からあたしが一緒に寝てあげる」
「お断りします」
俺はロリコンじゃないので、事案が発生するようなイベントは全力でスルーさせて頂く。体は子供だから問題ないだろって?こういうのは心の問題なんだよ。あー、ウラルの殺気がすげーすげー。ちゃんと断っただろうが、ちっとは落ち着けよ。トウカ姉?なんで虚を突かれたような顔をしてるんだ?断られない自信でもあったのだろうか。今まで俺がトウカ姉に気がある素振りは見せていないというのに。
「ナツキちゃん、照れなくてもいいのよ?」
そう来たか!俺のこれまでの行動を照れ隠しと受け取っていたのか、面倒クセェ!
「照れてないよ。じゃあ、俺森に行ってくるから」
なんかもう何を言っても自分に都合の良い解釈をしそうだから、話をとっとと切り上げて大森林へと向かうことにする。しばらく歩いて行くとトウカ姉を呼び止めるウラルの声が聞こえた。意中の相手に放ったらかしにされたのか。興味のない男に対しては本当に容赦がねえな、あの娘っ子は。
今朝のこともあって親父と出くわすといろいろと厄介なので、窓から自分の部屋に戻って狩りの支度をする。弓と矢筒を背負い、腰帯にナイフを差す。これが俺の基本スタイル。しかし、これから行く場所は雑音を嫌う精霊達が住む森だ。それに合わせて、服装も変えてある。デザインはほとんど変わらないが、隠密性に長けたハイドウルフの毛皮で作った服と靴。これによって、足音や衣摺れなどの雑音は大幅にカットされる。これに俺の気配遮断スキルを加えれば、勘の鋭いバーサクファングですら気づけない程の隠密性を誇る。あぁ、因みに俺のステータスはこんな感じ。
ナツキ(12)
メインジョブ:ハンターLv.20
サブジョブ:テイマーLv.1
筋力:200
敏捷:200
耐久:100
魔力:50
スキル:トラップ作成S、気配遮断S、狙撃A、カウンターA、体術A+、鑑定S、解体S、気配感知A+、軽業S、遠見S
称号:転生者、一流狩人
備考:前世 狩屋 夏樹 享年35
状態:不眠症(ステータス1割減)
うん、最後のやつは余計だったな。まあ、自力で走れるようになったときから狩りに勤しんできたおかげで、俺のステータスは親父より上回っていたりする。(成人男性の平均数値はだいたい90〜100くらい)ただ、親父の場合は経験からくる勘の良さで実際のステータス以上の実力を発揮するので、狩りと喧嘩で未だに勝てたことがない。物事は数値では測れない現実の厳しさってヤツだ。それはそれとして、メインジョブがハンターなのは良いとしてサブがテイマーなのは謎だ。このスキル群を見るとアサシンになるのが妥当な気がするが、言ったところでどうしようもない。俺を転生させた神のみぞ知るというヤツだろう。会ったことないから神がいるかどうかは知らんがな。
さて、準備は万端。いざ行かん、まだ見ぬ我が獲物たちのもとへ。
精霊たちが住まう大森林には基本的に狩人は入らない。余計な雑音を嫌う精霊たちに邪魔されて狩りがままならないからだ。俺みたいに気配を遮断できるスキルを持っているなら話は別だが、こういったスキルは結構レアらしく村の中には持っているヤツはいなかった。つまり、この獲物が豊富な大森林で狩りができるのは俺だけだということになる。ただ、俺自身まだ12歳のガキであるために出来ることには限りがある。狩ろうと思えば狩り尽くす自信はそれなりにあるが、命の危険と隣り合わせの現場で油断は禁物。そこで俺は罠を仕掛けてそれに掛かった獲物を回収するという堅実な方法を採用した。トラップ作成スキルのおかげでその場にある天然の素材で罠を作成、設置することが可能になっているので余計な荷物を持たずに森の中を移動できる。
「ここも収穫は無し。今日は赤字かな、金かけて無いけど」
10数カ所に設置した罠を見回りながら、その芳しく無い結果にため息を漏らす。常に思い通りの結果が伴わない狩猟において過度の期待は禁物ではあるが、過半数の罠を見回って獲物が落とし穴に掛かったビッグホーンボア一頭だけというのは少し気が滅入る。いや、こいつも毛皮から骨に至るまで道具類の素材に使えるし、肉だって筋肉質でさっぱりとしていて美味い。正に無駄の無い良い獲物ではあるのだが、贅沢を言えばもう5頭ぐらい欲しかったかな。そうなれば、昨夜の月光ウサギの肉と合わせて今晩は村で焼肉パーティーになったんだが。
うん?ガキンチョの体でそんなもの持って帰れるのかって?それが問題無いのだよ。この魔法の巾着袋があればね。こいつはいわゆるインベントリのようなもので小物から大物まで色んなものを収納できる優れ物だ。2年前に村に立ち寄った行商人の兄さんから次の村までの護衛のお駄賃代わりに貰ったものなのだが、子供にあげるものにしては高価すぎやしないか?ま、そんな疑問もどうでも良くなるくらいに年甲斐もなく俺は喜んでたわけだが。...体は子供だからセーフだもん。因みに湖の水で内容量を検証したら、東京ドーム1杯分はある事が分かっている。入れて戻すのに3日かかったことは内緒だ。
「残すはあと一箇所だけど、何かかかっていると良いな」
最後の罠の設置場所に向かう道中に遭遇した哀れなドードー鳥たちを捌いて巾着袋に収容しつつ、胸に抱いていた淡い希望を誰に聞かせるとなしに零す。そうして獣道を進んで行くと何かがもがく物音と苦悶の呻き声が聞こえてくる。おお、最後の最後で当たりが来たか!逸る気持ちを抑えつつ慎重な足取りで目的の罠に近づく。ここに仕掛けた罠は、鋭利な刃物でも切断に苦労する鬼蔓で編んだ捕獲網を利用したものだ。普通の千切れやすい蔓を張り巡らせて網を固定、獲物が通過すると蔓が千切れて固定された網が覆いかぶさって獲物を雁字搦めにする。もがけばその分、さらに絡まるので脱出はほぼ不可能だ。ただ、この罠は足の速いヤツには掛からなかったり、中途半端に掛かっていたりすることが多いので注意が必要だ。厄介なのは足だけが引っかかっているパターンで知恵の回るヤツだと仕掛けた人間を待ち構えて騙し討ちを仕掛けてくることが多い。カウンタースキルを持っている俺には問題ないが、用心するに越したことはない。罠を目視で確認できるところまで近づくと掛かっている獲物を見て俺は警戒を少し強める。掛かっていたのはエッグシーフ。見た目はフサオマキザルのような魔物で他の魔物の卵を盗んで群れのリーダーや仔に与える特性を持つ。知恵はそこそこ回るが力はたいした事はない。遠吠えで仲間を呼ぶ事もあるがそれは自身の危機よりも獲物の卵の危機に対して行われる。そして、こいつはちょうど卵を抱えていた。議員が当選した際に目を描くダルマ並みにでかい卵だ。自分が産んだわけでもないのに後生大事そうに抱えている。これだけの大物をゲットする為にこいつ自身、相当な苦労をしただろうことは想像に難くない。だが、この森で俺の罠に掛かったのが運の尽きだ。エッグシーフの肉はマズイが骨は丈夫で軽く、子供用の武器の素材として申し分無い。仲間を呼ばれると厄介なのでこちらに気づく前に2本の矢を弓に番えて引き絞る。網目の隙間から喉と心臓を射抜いて悲鳴をあげさせる事なく即死させる。周りに魔物がいない事を確認してから、網を解いてエッグシーフの解体に取り掛かる。スキルのおかげでそれほど苦労する事なく骨を取り出して巾着袋に入れる。いらない皮と肉と臓物は土に埋める。と、エッグシーフの盗んで来た卵が何なのか鑑定かけとくか。どれどれ...。
古代竜の卵
状態:孵化直前
わお!マジかよ!あいつとんでもないもの盗んでやがった!しかも孵化直前って、どうするよ!?あ、俺のサブジョブって、テイマー、だったよな。これってチャンスなのか?魔物や獣に特に魅力を感じなかったから、今までテイムをした事はなかったが竜それも古代種とくれば話は別だ。ファンタジーが好きな男子ならば一度は夢に見たであろう、竜の背に跨り空を自由に駆ける事を。50間近のおっさんが何を言うと思うかもしれないが、今の俺は12歳の少年!見た目ならば十分に許容範囲だろう。よし、俺はこれから生まれてくるであろう竜をテイムして相棒として育てる。そして、将来は冒険者として共に世界へ羽ばたこうではないか!おっと、気持ちが昂っている間に卵にヒビが!もうすぐ、生まれるぞぉっ!
パキッ、パキパキ、ピャーッ!
可愛らしい産ぶ声と共に生まれましたぁ!ほほぅ、竜の赤ちゃんの体表は鱗ではなく羽毛で覆われているのか。成長と共に鱗に生え変わるのかね。背中に羽は...無いね。これも後から生えるのか、あるいは生え、ない?いや、大丈夫!西洋の竜は羽で飛ぶけど東洋の龍は羽無しで飛ぶからまだ希望はある。大人気ないくらいに自分に強く言い聞かせているが、それはそれとしてテイムする前にこの仔のステータスを見ておこう。
ベビードラゴン(名無し)
ブリード:ドラゴン
ジョブ:唱術師Lv.1
筋力:50
敏捷:50
耐久:10
魔力:100
スキル:ウィンドブレスD、念話S、鑑定S、恵みの歌D、浄化の歌D、
称号:転生者、女神の寵愛
備考:前世 狩屋 秋子 享年42
は?秋子、だと?待て待て待て待て待て待て待て待て待て。狩屋 秋子、それは俺の嫁の名だ。あの日、俺が即死して転生したあの時に俺が身を呈して守ろうとした嫁の名をこの仔竜は持っている。それはつまりそういうことなのか?俺は嫁を守れていなかったという事なのか?いや、待て、そう判断するのはまだ早い。享年42とある。秋子は俺より5つ下の30だったはずだから、あの事故が原因とは考えられない。ああ、もう、考えても仕方が無い。本人?本竜?がいるんだから直接聞けばいい。俺は仔竜の肩を掴み、その柔らかな羽毛に顔を埋めて叫ぶ。
「アキーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「ピギャアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!!??」
ああ、この感触!この芳香!クセになりそうだ!!アイタッ、イタイイタイ。チョットカミツカナイデクダサイヨ。って、ああいけない。愛しの女が怯えている。ここはちゃんと説明しなくてはいけない。
『秋子。こんな形をしているが、俺だ、夏樹だ。分かるか?』
この世界の言葉ではなく、日本語で話しかける。お、通じたみたいだ。可愛らしい口を半開きにして俺の顔を見つめている。そして、得心がいったかのように頷くと俺の頬に尻尾ビンタが炸裂した。何これ地味に痛い。
『人に断りもなく、セクハラするなって言ったでしょうが!!』
おう、頭に直接声が響いてくる。スキルにあった念話ってヤツかな。だがこの声を聞いて俺は確信する。
嫁がドラゴンに転生しました。
『いや、すまん。12年ぶりだったから自分を抑えられなかった。反省している』
『だったら全身隈無く撫でさすっているこの手は何かしら?』
おおう、しまった。無意識に手が嫁の最新情報を求めて取材活動をっ!フッ、ココは誤魔化さずに男らしく正直に!
『羽毛の感触が気持ちよすぎてやめられない、止まらなおふっ、ぶふっ』
尻尾ビンタが往復できたよ。こうかはばつぐんだ。俺は暴走する手をかろうじて止める。それでも嫁からは手を離さないがな!さてと、真面目な話をするとしようか。
『なあ、秋子。俺は君を...』
この12年間気になっていた事を聞こうとして嫁の小さな前脚が優しく俺の口を閉ざす。
『大丈夫。貴方はちゃんと私を守ってくれたわ。だからまずは私の話を聞いてくれる?』
その言葉に俺は静かに頷くしかなかった。我が嫁よ。君の身に何が起きたのか聞かせておくれ。
プロローグと第1話を連続で投稿させていただきました。思うままに書いたので読みづらいかもしれませんが、よろしくお願いします。
嫁は愛でるものと思っているので、ナツキには嫁への自制心を控えめにしてもらっています。