79ネキ 副音声でお送りします
前回のあらすじ
「……“白雷”がうちの店の前で何か用?」
店のマスターが直立不動の状態でスライド移動。入口から半身だけ出た状態でピタリと止まり、リリーへと問い掛けた。
「おや、これは“剣鬼”のコーテン殿の店であったか」
「……僕はもう歳だからね。好きなことやりたいのさ……後、その呼び方は恥ずかしいからやめてちょうだい……僕はしがない老人のバーテンだよ」
「それは私の気遣いが足りなかったようだ、謝罪しよう。それで用とはな、此処に来ると踏んでいる待ち人がいるのだ」
「……そう。店の前で騒がないでね。大丈夫だとは思うけど」
「心得ている」
返事を聞いたマスターは逆再生でも見ているかのような動きでススス……
と、店の中に戻っていった。
……達人はホバー移動でもできるのだろうか。
――――
※今回の話に若干の不思議な注釈が混じりますが、お客様の画面は正常ですのでどうぞ御安心してスルーしてください。(♪ピンポンパンポーン)
「今晩は」
(なんて美しい……)
通る客の邪魔にならないように、少し入口から外れて立っていたリリーが挨拶と同時にタマへと近寄ってくる。
「ん? おう。今晩は、だ。で、俺になんか用か? アンタみたいな美人さんの知り合いは居ねぇが」
「うむ、自己紹介していなかったな。私はアイダホ騎士団第三団、団長リリー・ゴルドと申す。……と、言っても貴女はピンと来ないだろうから、幾分か前に夜出くわしたゴ……ローズの妹でフカシの方に居るマリーの姉。と、言えば解るか?」
(おっほ! こんな麗しい人から美人なんて言ってもらえるなんて! そしてなんて綺麗な声なんでしょうか! ああ! 脳とけりゅぅぅぅ!)
「ゴリラの……妹で、マリー……あ、ああ! アンタがマリーさんの言ってた王都で騎士してるって奴か! へー。兄妹なのに全員そんなに似てないんだなぁ……マリーさんも可愛かったし、ゴリラもイケメンやったし、アンタも凛々しいし、三者三様だな」
「なに。職業上女らしくしていると舐めてくる阿呆ばかりでな、自然とこういう感じに成るのだ」
(凛々しい! 凛々しいって! 嬉しおほぉぉぉぉ!)
「で? マリーさんの姉ちゃんがなんで此処に?」
「そうだったな。先日の件であの筋肉狂いのゴリ……お兄様が人のことを褒めちぎるなんてまず無い。どんな人物か気になって確かめに来たら、妹からの手紙にあった貴女だとは」
(はぁ……はぁ……なんていい匂い……ぺろぺろhshsしたい)
「そうなん? じゃあもう用事終わり?」
「む。まぁ、そうなるな」
(何かいい偶然来い! 来い!)
「仕事じゃないなら、俺今から1杯此処でやるんだけど一緒にどうだ?」
「ほう? 丁度よく非番でな。私もイケるクチなので是非お言葉に甘えさせてもらおうか」
(YES! YES! イエーーース!)
「おっ、決まりだな。ま、後は中に入って話そうや」
「うむ」
(キャッホーイ!)
扉の鈴を気持ちよく鳴らしながら入店し、マスターに挨拶と席の確認を取る。
「おいーす。いつもの所空いてるー? と、連れが1人、その分の席もあるかい?」
グラスを拭きながら一瞥、
「……いつもの所、空いてるよ。連れの分もね」
「おけおけ。じゃ、マスター。頼むのはマスターのオススメで」
「……かしこまり」
此処最近は毎晩通い何度も見ている光景なのだが、幾度眺めようとも飽くことの無い流麗な動作にて、2つ同時に今日のオススメが出来上がり、同時に放たれたグラスが衝突すること無く二人の前で静止する。
「……“アースクェーク” と“バイオレットフィズ”」
タマは前者を半分ほど一気に呷り、リリーは後者をコクリ。と小さく喉を鳴らして嗜む。
「……はぁ……イイなコイツ、好きだわ」
「……美味い。コーテン殿にこんな洒落た特技があったとは」
「……もう分かるとは思うけど“アースクェーク”はかなりキツイヤツで、“バイオレットフィズ”は優しめで甘いヤツだよ。 ……“クェーク”を呷って平気そうにしてるお客さんも凄いと思うよ……」
「へっ。マスターの出すもんが美味いからな、しょうがないね」
「……お世辞が上手いね」
「そりゃどーも。さて、何から話そうか?」
「そうだな、向こうでの妹の様子など聞かせてもらえると嬉しい」
「あぁ、いいぜ。先ずは俺がフカシに飛ばされた所から…………
――――
――
それから幾許か話し込み、元はシンシアで遊んでたこと、フカシでマリーさんの世話になったこと、その他諸々。
マリーさんが向こうでも楽しくやってるのが知れて嬉しかったらしい。
離れてる理由が親父の隠し子がバレてそれを悪用しようとする輩が居るので安全のためだとか、近々そいつの尻尾掴んで合法的に物理的に首飛ばそうと画策してるとか……重っ怖っ!
夜も更けてきたし、今夜は切り上げて又仕事が無い時にでも飲もうやって約束した帰り道。
途中まで方向が同じらしいから並んで歩いてたら、4人組の冒険者の男たちに祭を見に王都に来たけど道に迷って仲間とはぐれてしまったから一緒に探してくれないかな?
と頼まれて、おおん? あからさまに怪しくね? とか思ってたらリリーさんがアイコンタクトで返事してきたから あっこの先の展開読めたわーとか思いながら大人しくついていくことはい路地裏!
うん。 知ってた。 ベタすぎひん?
「へへへ……仲間を探してくれて有難うよ。見つけてくれた御礼に可愛がってやるからよ」
「叫んでも構わねえぞ? ここからだと外の喧騒にかき消されちまうからなァ……」
「とんでもねえ上玉じゃねえかよぉ……ちとデカいがその分鳴かすのが楽しみだぁ」
「おっと。この人数に勝てると思うな? こっちは倍以上の数だぜぇ……」
えーと、前4人の後4人で8人か。ダガーナイフベロンベロンしてアピールするのは良いけどお前、ダガーナイフは舐める物じゃなくて食うもんだぞ。
「ま、取り敢えず初っ端ぐらいは抵抗していいぜ? 二人とも随分気が強そうだから泣いた顔が楽しみだ」
「ぐへへへ……」
前と後ろの輩をチラリと確認して鼻で溜息を吐いたリリーは呆れたような口調で呟く。
「……ふぅー…… 祭の時期になると必ず湧いてくる……知らぬということは本当に罪だ」
「あ? 何言っ
不逞の輩の言葉が途中で止まったかと思うと
─リリーがいつの間にか鞘から抜いていた剣を納めた。
それと同時に8人全てが白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
「此処で私を襲う馬鹿は私を知らぬ奴しか居ない。助けが来るまでそのまま寝ていろ。どうせ明日には連行してやる」
(適当に兄様に流して連れてってもらお……はぁ〜〜〜酔いが覚めるわぁ……)
倒れた冒険者共は殺虫スプレーを噴射された虫のようにひたすら小刻みに痙攣し、小水を垂れ流しながら動かない。 否、動けない。
「おー……すげーな。全然見えなかった。リリーさん今のどうやったん?」
「何。軽い雷を全員の背骨に撃ち込んでやっただけさ、軟弱な者はコレだけでこの通りだ」
背骨に雷ってえっぐ! 背骨にって言ったら神経の塊やんけ!
「ヒューッ、かっけーじゃん」
「大したことは無いさ、さて。帰路に戻ろうかタマ殿」
(にゃあァァァァ! 褒められたァァァ! うッ! ……ふぅ……)
「そうだな。……ここ何処?」
「向こうだな。 私についてきてくれ」
リリーに先導され通りへと戻っていく2人。
そして放置される暴漢共。
暴漢だから相手を見誤るのか、見誤る程度の実力だから暴漢なのか。
鶏が先か卵か先かの難しい話である。
インガオホー。




