121ネキ 久方ぶりのボッシュート
前回のあらすじ
交渉、決裂! 肉体言語交渉ぉ!
なんでも暴力で解決すると思うな!
でも主人公はなんでも暴力で解決するぞ!()
――――
〜とてもざっくりとしたムッシおじの方の事情〜
早朝、商会の裏の扉を叩き現れた男。 この時間帯頭目はまだ起床しておらず、品、人員等々開店準備をしている私が出向くこととなった。
この時間帯に売りに来るのはかなり珍しいことで、基本彼らのような者は昼過ぎや夜に来るのが基本なのだが……
目利きができる人員がまだ来てはおらず、私以外品定めができる者が居なかったので他の者に開店準備を任せ私が応対する。
応対した男は見知った顔でありこの街で手に入れた物を此処に売りに来るのだ。コチラとしては仕入先の言及は一切しない。
売った。
買った。
ただそれだけでありそれ以上でもないとの盟約の元商売をしている。
しかし、男は見知った顔でもその男が持ち寄った物は“常軌を逸脱”していた。
冒険者が用いる至極一般的な腰付きのポーチ収納量が相当な次元袋なのはまだ良い。 価値にして金貨200はくだらない大変良い物だ。
しかし、ないことは無い。
金額の査定の際もっと値段を釣り上げてくるかと思ったが、こちらの提示した金額で良いとのことで違和感を覚えた。
なにかが変だ。 まず欲張らないのは有り得ない。
あまりにも不自然だったのでここは1つ正直に尋ねてみた。
“200は最低としての話であり、もっと高く売りたくないのか”
と。
商人として儲けは出して当然だがあまりにも得も言われぬ違和感を先程から覚えているので、遂には男に問いかけてしまう。
そして、男の反応は意外なものであった。
首を静かに横に振り一言、“中を出してみろ”と。
確かに次元袋の中には何かしら入ってはいるだろう。ましてや、仕入先が仕入先である。 言われるがまま、おもむろに机の上に中にある物を転がす。 そして、納得した。
……コレは、魔銀鉱石だ。しかし量が尋常ではない。魔銀だけでは無い。 雷撃鉱石が何故? 驚きはこれだけでなかった。一般にはまず出回らない金鋼鉱石がどうして私の目の前にゴロゴロと転がっているのだ?
「……納得したか? 俺たちは中身が無い次元袋を売った。それでいいな?」
成程、この物品はあまりにもきな臭すぎる。だからさっさと売り付けて責任は負いたくないと。 成程彼らにしては賢明であると納得しつつ鉱石を袋に戻し商談に戻る。
「承知いたしました。では、金貨200でお手打ちといきましょう」
「話が早くて助かる、俺たちは暫く顔を見せないだろうからまた来た時は、頼む」
「はい。いつでもお待ちしております」
暫くほとぼりが冷めるまで隠れるつもりなのであろう。商談が成立し、男が去るのを見届けた後、手元にある一見普通の次元袋に少しだけ目をやり、小さくため息をついて私の一存ではどうすることもできないので頭目が店に来るまでコレのことは頭から追い出し開店準備に専念することにした。
そして、頭目が店に来たので二階にある頭目の執務室へと訪ね─
「な、なんだこの次元袋は!? ムッシ! お前本当にコレをたったの金200で買い付けたのか!?」
「はい。売りに来た男は中身が入ってるものだとは思ってなかったようでして。商談成立後、物品の仔細を確認していた際に発覚したことですので、頭目にご報告しようかと」
「お、おお……これは凄い、本当に凄いぞムッシ! なんだこの魔銀鉱石の量に海の向こうの魔王とやらの土地でしか採れないと聞く雷撃鉱石! そして、そしてそしてそしてっ! 金鋼鉱石だとっ!? どれもこれも偽物なんかじゃない! 本物! 本物だ! いったい幾らの儲けになるのだ! は、はは……はははは!」
「大変機嫌がよろしいところ申し訳ないのですが、頭目。1つ、私めの愚考をお耳に入れても?」
「なんだムッシ? 勿論これを買い付けることができたお前にも多少は色を付けてやるぞ! 心配するな」
「いえ、もう既に充分すぎるほど給金は頂いてますので……その次元袋、とても危険な香りがする気がするのです。そう、例えるなら龍の巣から財宝を持ち出そうとしている─そんな気がしてならないのです。頭目、コレは暫く手をつけないほうがよろしいのでは?」
「龍の宝ぁ? ドラゴンが街に居るわけないだろう! 全くお前は毎度毎度心配がすぎるんだよ! いつもなんとかなっただろう? 俺はお前を買っている。 どうにかしろ。 万が一にでも持ち主が現れたらしらを切れ。 なんなら用心棒を出して黙らせろ、とにかく無いだろうが絶対に渡すな。良いな?」
「……はい。承知いたしました」
「さぁーて早速中身全部出してさばかないといけねえなぁ! うははは! 総額が楽しみでもう既に笑いがとまらんわい!」
上機嫌に跳ねながらその次元袋を抱えて店番を私に申し付け、頭目は捌きに出掛けてしまう。
頭目の言う通りこの街中にドラゴンなど出るはずもなかったのか、自身の勘も随分衰えたか……と、思案していた矢先。昼頃に、彼女が現れた。
慌てて呼びに来た店の者から話を聞き、持ち主に違いないと私の勘が告げている。 そして、応対のために待たせていた彼女を一目見て、それは確信に変わる。
彼女もこちらをチラリと見返し、“やっと来たか”と言わんばかりの表情が窺えた。 交渉の場において表情を顔に出すことは大変なディスアドバンテージなのだが、“そんな瑣末なことはどうでも良い”という有り体でこの感覚には覚えがある。
“圧倒的強者故の余裕”だ。 あの次元袋の所持者である。次元袋だけが異常で彼女だけが普通などというのは有り得ない。
現に口頭での交渉をしているが……これは参った。
彼女は“失くした此方にも落ち度がある、優しく話をしている今なら其方にも悪くないだろう? しかし、要求を下げるつもりは一切無いし変えるつもりも毛頭ない。 話が通じている今しか手打ちは存在しない”と。
これは……交渉などではなく命令だ。 あからさまに言葉にはしていないが、態度と言い回しが暗にソレを示唆している。
いやはや、頭目は不在、大人しく彼女の要求通りにしてしまえば全く以って波風立たずに事が済むのだが……私には言い付け通りのことしか許されていない。
……全く、中間管理職は疲れるね。
致し方無しに用心棒を呼び、彼女の周囲に立ってもらい圧力をかける……が、やはり状況が悪くなるしかないようだ。
向こうが優しく屈みそっと手を差し伸べてくれたのを噛みつき返したなら、それは当然不愉快になるであろう。
用心棒の売り言葉に彼女の買い言葉。 もう、駄目かね、コレ。
“相手にならないから纏めてこい”との彼女の返しを皮切りにもう店内は大惨事だ。
次々と商品毎吹き飛んでいく用心棒に大穴の空いた店。
幸い私を巻き込むつもりは毛頭なかったのか用心棒達のみが皆弾き出され、ほぼ予想通りの事態となった。
……頭目、やはり大損どころではありませんでしたよ。
願わくは騒動を聞きつけ早急にお戻りいただけると嬉しく思います。
……やはり龍の財宝と比喩したのは間違いではなかったのやもしれません。
――――
吹き飛ぶ外壁、飛び出す用心棒。 その様を見て通行人が驚き、
「なんだ!? 白昼堂々喧嘩か!? それとも強盗か!?」
「なんでもいいから衛兵だ! 衛兵を呼べ!」
突然の事態に騒然とする人々。
呆気にとられていたリーフとナハトも直ぐに我に返り、騒動ならば収めねばと空いた大穴を覗き奥に駆けつける。
「……え!? 女の人!?」
「……分かる。 ……強い」
依然座ったままポーカーフェイス(内心とても焦っている)のムッシと頭をポリポリと掻いて“あーやっちまったなー……ま、いいわ。” とひとりごちるタマを見て、リーフがおずおずとタマへ訊ねた。
「これは……貴女がやったのですか?」
「……あ? なんだ嬢ちゃん。 俺がやったかって? まぁ、俺だな」
「……何故」
「ん? もう1人居んのか。 んーまぁ、物とりに来たのを邪魔されたから死なん程度に引っぱたいただけだ。……死んでねえよな?」
「物盗り!?」
「……本当に? そこに居る商人のおじさん」
「まぁ概ね間違いではありませんが……」
ムッシの言葉を皮切りにリーフとナハトの目付きが鋭くなり、即座に臨戦態勢を取った後、弦を弾き絞った弓の矢じりをタマへと向け、タマへと投降の勧告を告げる。
「白昼堂々強盗とは肝が据わっているわね、貴女。撃たれたくないのなら大人しく衛兵に連行されなさい」
「……強い……けど暴れるのは、駄目」
「……あぁ? 今度はなんだってんだ? 強盗たァ随分言ってくれるじゃねーかよ。今、俺は機嫌が悪ぃんだ。言っとくが俺は男女平等だから喧嘩売られりゃあ買うぞ。お尻を俺に叩かれてぴーぴー泣く前に武器引っ込めな。 お前たちは関係ないすっこんでろお嬢ちゃん」
「……威勢の良い強盗ね! 言っとくけど私、撃てるわよ」
「……撃ったら尻を腫らすぞ?」
「ッ! ナメるな!」
引き絞られた弦から放たれた矢、それは強盗であるタマの動きを奪うべく人体の脛、又は弁慶の泣き所と呼ばれる箇所目掛けて飛んでいく。
避ける様子もなくリーフはこの程度も避けられないなら思ったより直ぐに解決しそうだなと思い、少しだけ口角を上げた。
しかし、リーフの放った矢は甲高い金属音と共に弾かれ、宙を舞う。
「なっ!? 鉄甲!?」
リーフの矢を弾いたタマは心底面倒臭そうに溜息を吐いて、
「……はァーー……最近の子はどうして血の気多いかねぇ……」
((いやっそれっタマさ……))
つい突っ込んでしまいそうになったコーイチ(紙)。
アンタが言う!? と言いかけ、ぐっと抑える。
彼は紙でもできる男であった。
(薮蛇には気をつけよう!)
「……今度はッ、 コレならッ!」
弾かれるなら鉄甲ごと撃ち抜かんと矢に魔力を纏わせ始めるリーフ。 しかし、それを制止してナハトが前へと出てきた。
「リーフ、街中では駄目。 それなら私の出番、……“影造りの光”」
人差し指を構えたナハトの指先に漆黒でありながらも謎の光を放つ光球が出現、そして照らされたナハトの影はみるみるうちに伸び、拡がり、
「お? うおお!? なんだこりゃ!?」
タマの足元へと侵食した影は“沼”となり、ズブズブとタマを飲み飲んであっという間に文字通り影も形もなく取り込んでしまった。
「……衛兵が来たら出してやる。 それまで幾ら暴れても無駄な闇の沼に溺れていろ」
「……流石ね。ホントアンタインチキにも程があるわよ」
「いえーい、闇の前では力なぞ無意味って感じ」
悲報。
タマ、またボッシュート。




