91ネキ 言ってわからん奴は肉体言語が早い
前回のあらすじ
牛おじさんはダンジョンだとボス張れるくらいの有能具合。
人の思考に魔物の強靭な体躯は弱いわけが無い。
が。
南無三、相手が悪すぎた。
――――
毎年恒例の祭り(大会)から数日経ってその熱から未だ冷めやらぬ街。
情報伝達の速い冒険者たちには、ある噂が流れていた。
“鉄腕姫、孤高也” と。
優勝して有名になった挙句その場の思い付きで賞金全額奢りに使ったものだから
“金銭に拘らない豪気な人”
“価値を理解して無い間抜け”
“実は何処かの国の資産家”
“唯の狂人” 等々……
有ること無いこと様々な噂と憶測が広まっていた。
大会翌日から、早速いつもの様に公園でプーすぴ鼻提灯を吹かしているところに大会には参加してはいないが、それなりに実力はあると自負している冒険者グループが殺到。
“是非うちの所に来てほしい” と勧誘されまくった。
勿論のことタマは理由を話して断るのだが、多くの冒険者たちが仕方ないと納得する中、何時のご時世、どこの世界でも例外は居るわけで……
先日もギルドの酒場に昼飯を食べに訪れたら─
――冒険者ギルド裏にある自由訓練場――
「アンタの言った“俺たちが勝てばパーティに加入する” の言葉に嘘は無いな!?」
「……おう」
「へっ、大会で優勝したらしいが、所詮一対一の話だ。一対多じゃあ訳が違うんだよ……」
「噂の“鉄腕姫”が俺達“獅子の牙”に加入してくれりゃ俺たちの評判も鰻登りよ!」
「アンタが自分から“纏めてかかってきて勝てたらいいぞ” なんて冗談言わなければ良かったのになあ!? だが俺たちは冒険者さ、吐いた言葉に責任持たなきゃなぁ!」
既に勝敗は決まっていると言わんばかりの態度の獅子の牙一同に対し、猫背ジト目でポケットに手を突っ込んだよくやるスタイルで適当に聞き流す。
……うーん、あんまりにもしつこ過ぎて飯食いたさに適当に言ったけど、こうまで鬼の首を取ったように騒いでくれるとは……
……コイツらわざとらしいぐらいデカい声で周囲に説明してやがんな?
まるで俺がもうお前らの所に入るみたいな言い方しやがって。……そう思うと腹も減ったのも相まって段々とイライラしてきたなァ?
うん。 ちょーっと機嫌が良くないぞぉ?
獅子の牙のわざとらしい喋りが効果あったのか、彼らとタマの周囲に冒険者の人集りが出来始める。
「おい。アレ、チャンピオンの“鉄腕姫”じゃね?」
「あ、マジだ。確か誰とも組まないんだったろ? 彼女」
「それがなんか“獅子の牙”とか言う奴らが勝ったらパーティに入る約束で決闘するらしい」
「へー。でも彼女かなり強いんだろ? 聞いた話、決勝で自分の倍ある奴を投げたとか何とか」
「いやよく見ろお前たち、今対峙してる相手は1人だけじゃないんだぜ? 調子こいてるのかなんなのか解らんけど、寄ってたかられたら優勝者と言えど無理なんじゃないか?」
「うーん……有り得るかもしれん」
「俺タマさんが全員ぶっ飛ばすに銀貨1枚」
「じゃー俺は彼女が人数に押し負けるに銀貨1枚だ」
「俺は…… 「俺は…… 「俺も……
人が人を呼びちょっとした賭けまで始まるようになり、証人の観衆も十分と判断した獅子の牙のリーダー、ラニアンが周囲に聞こえるよう、わざとらしく言い始めた。
「さーてそれじゃー人が集まる前に始めよーかねー! “俺たちが勝てば加入” で嘘は無いな!?」
「あーもう加入でも何でも好きにしろ。つーか早くしろ、これから此処で飯食って散歩する予定なんだからよ」
至極どうでも良さそうに欠伸をしながら応えた様子が気に入らなかったらしく、ややフライング気味にラニアンが決闘の開始を告げた。
「決闘開始だァ! 余裕こきやがってよォ!」
「不用意に近付くな! 当たらなきゃどうってことねえよ!」
「肉食獣が如き俺らの連携見せてやらあ!」
「手も足も出させてやんねえからな! うひひひ!」
四方を数人で囲い、且つ距離を取って反撃を受けないように彼女をじわり、じわりと追い詰め─「“喝ァッ!”」
「グワーッ!?」
突如タマの正面に居た1人が、“く”の字にぶっ飛びギャラリーへと撃ち込まれる。
「ワワチーッ!? テメェ今何しやがった!」
依然としてタマはポケットに手を入れたままであり、彼等はタマが何かしらの魔法、風魔法か何かを使ったと推測する。
「魔法の発動陣は見えなかったぞ! おい、テメェ! どんなカラクリしてやがんだ!」
普通相手に聞いて教えてくれるとは思わないのだろうか……
「あぁ? 簡単なことだァな。 こう、スーッ……と 息吸って…… “喝ァッ!” と、蝋燭消す要領だわな」
前言撤回。どうやら此処に教えてくれる女が居た。
「ほげーっ!?」
「ギーコーッ!?」
またしても1人、突如盛大に吹っ飛ぶ。
「おーし、どんどん行くぞ〜…… ♪あっの頃は〜……“破!”」
「ギャーっ!?」
また1人。
「ドルプーッ!?」
「もーめんどくせーから、皆纏めて〜…… “破ッ!” “喝ッ!” “汰ッ!” “の!” “塩!!”」
右、左、後、 取り敢えずいる方向。
「「「あびゃーっ!?」」」
リーダーのラニアン含む全員、派手にぶっ飛んであっさりと気絶ノックアウト、誰がどう見てもタマの余裕勝ちである。
「……ふいー。 いやぁ! 手も足も出なかったぜ! 大声出して腹減ったし? さー飯だ飯。今日のメニューは何じゃろな〜。っと」
ギャラリーお構いなしに軽快なスキップで酒場へと気分良さそうに戻っていくタマ。
一連を見ていた冒険者の1人がボソリとつぶやく。
「……な? “全員ぶっ飛ばす”って言ったろ?」
「なるほど。 これじゃあ彼女を知ってる連中がのびてるコイツらを可哀想な目で見てたわけだ」
「冒険者として格上を理解する能力無いとか此奴たち今までよく死ななかったな? さて、賭けは俺の勝ちだけど銀貨いらねー代わりに職員呼んでこいよ」
「了解、あー畜生! 大穴狙わなきゃ良かったぜ! ツイてねぇな!」
「ちなみに俺こないだタマさんと話したけど、こっちがキチンとわきまえてりゃめっちゃ気さくで良い人だよあの人」
「会ったことあんのかよ!? 取り敢えず職員呼んでくっから後で詳しく聞かせてくれー!……」
「おーう。 走れ走れー…………
――
「おねーさん、今日のお勧めランチAセット1つ」
「ようこそタマ様、本日はワイルドバイソンのヒレステーキ定食でございます。付け合せはスープとサラダどちらになさいますか?」
「サラダ」
「はい、かしこまりました。エールおかわり上限無しとなってますのでおかわりの際は店員にお申し付けください」
「あいよー」
「お! チャンピオン来てんじゃん! 有難く奢られてるぜ〜!」
「アンタ最高!」
「来年もばら撒いてくれよな!」
「ま、居たらなー? 飲みすぎんなよー?」
「「「イェーイ!」」」
タマのばら撒き発言により、賞金額に達するまで飲食業に限り奢りキャンペーンが開催真っ最中である。
そしてどの噂よりも一番流れている噂が、
“彼女はデカい”(色々な意味で)
であった。
え? 獅子なんとか?
とても良い人柱だったよ、彼らは。