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亡国の剣姫  作者: きー子
31/34

参拾壱、破断剣・ヴァールハイト(下)

 ────ルクス・ファーライトには政治がわからない。

 無論、生前にそれを口にしたことは一度もない。

 だが、少なくない年月を国の舵取りに費やして終ぞ────ルクスには政治というものがわからなかった。

 もっとも、それはルクスが特別に無能だったためではない。

 継承順位は二位だったが、王族としての教育は十分に受けていた。

 心こそ剣術に傾いていたが、ルクスは相応以上に勤勉だった。

 剣術の鍛錬に明け暮れたことを理由に、学問をおろそかにするような真似はしなかった。

 それでも、ルクスには政治というものがわからなかった。

 国とは即ち土であり、土を耕す民である。

 その民を豊かにすることこそ王族──ひいては貴族の責務にほかならないと、ルクスは確かに信じていた。

 ルクスが王として生きた年月は、その信念に対する裏切りの連続であったといってもいい。

 税制にしてもそうだ。

 ルクスは各地の税を下げるべきだと考えていたが、いざ実行に移すには至難を極めた。

 そもそも、ファーライト王国の領地を直轄するのは各地の領主である。

 つまり貴族だ。

 彼らは私兵を抱えており、いざという時には王の招集に応じて戦力を供出する取り決めになっている。

 そのために必要なのは、常日頃からの友好関係だ。

 そう。

 これにもし、税を下げろなどと頭ごなしに言いつければ、

「こちらからは、兵をださない」

 と、言われてもおかしくはない。

 ルクスは確かに、ファーライト王国の王権を握った国王であったが──

 貴族を一方的に従わせられるような、絶対的権力者ではありえなかったのだ。

 これが平和な御時世であればまだ良かったが、国境線地帯は恒常的な緊張状態にある。

 常備兵の用意を欠かすわけにはいかない。

 言わずもがな、軍備の拡大には決して少なくない備蓄が必要だ。

 となれば、なおさら税を下げるのは難しくなる。

 こういった旧弊なしがらみは、それこそ国のそこら中に蔓延していた。

 改革など夢のまた夢。現状維持が精一杯で、漸進的な改善すらも難しい。

 やるべきことはわかっている。

 疲弊している民への投資である。

 税の低減であれ、富の再分配であれ、なんであれ──国家は、民衆の奉仕に報いるべきなのだ。

 それでこそ生産活動が効率化され、国は富む。民は豊かになる。

 確かにルクスはそう信じた。

 そう信じて、できなかった。

 まことに、政治とは──政治に関わる人々とは、複雑怪奇極まるものだった。

 それは親族すらも例外ではない。

 ルクスにとって家族、ないし親族とは政治そのものだ。

 切っても切れない関係性、とでもいうべきか。

 人並み以上の親愛を注げたかといえば怪しいもの。

 思えば、ルクスにとっての父王というものも似たり寄ったりな印象だった。

 道理で、剣の師であるジムカ・ベルスクスを親よりもよく慕ったわけである。

 だが。

 ────彼女だけは例外だった。

 ただひとり、自然とルクスが惹かれた女性であり。

 拭い去れない最大のあやまちとでもいうべきもの。

 彼女は、ルクスの側に仕えた一介の侍女に過ぎなかった。

 彼女の身分は平民であり、王と結ばれるなど断じてありえないはずだった。

 しかし彼女はルクスと契りを結び、妾となって娘を産んだ。

 後のシオン・ファーライトである。

 政治と関わりを持たない彼女とその娘に、ルクスは大いに情を傾けた。

 周囲の反感を避けるためにできる限り素っ気なく見えるよう振る舞ったが、心を抑えることはできなかった。

 ある時、華陵帝国の動向が危ぶまれた際には、彼女らだけでも国を出るように勧めたものである。

「国を売ったと思われるようなことは慎むべきでしょう。ただでさえ、私には敵が多いのですから」

 彼女はそういって、王の申し出をあっさりと突っぱねったが。

 その時、ルクスは彼女にこういった。

「それがおまえの選択ならば私はそれを尊重する他にない。だが、娘をそれに巻きこむのはいかにも忍びないのではないか」

 これには彼女も頷かないわけにはいかなかった。

 ルクスはその立場を考えればいつ死んでもおかしくはない。大規模な政変が起これば真っ先に死ぬのは王である。

 その時、十中八九彼女も連座することは免れない。その覚悟はとうにできているだろう。

 だが────娘まで死ななければならない謂われはどこにもない。

 極言すれば。

 ────例え父母ともに死に絶えようと、(シオン)には生きてほしかった。

 ただのエゴといってしまえばそれまで。

 だが、極めて切実な願いには違いない。

 ならばと、ふたりは密かに取り決めた。

 いざという時、娘にはひとりでも生きてもらうこと。

 その時のことを考えて、ひとりでも生きられるように教育を施すこと。

 母である彼女は礼儀作法や文字の読み書き、貴族として通じる教養知識全般を。

 父であるルクスは実際的なサバイバル技術や狩猟、そして剣術を。

 娘の幼少のみぎりから、彼らは根気強くあらゆることを教えこんだ。

 幸いにして娘は優秀だった。物覚えがよく、文字の読み書き程度はさしたる苦労もなく覚えてしまった。

 危ぶまれたのはそのちいさな身体であったが、それも致命的ではなかった。

 身体的な不利を乗り越えて、シオンは剣客として目覚ましく成長した。

 否。

 目覚ましいどころの話では済まされなかった。

 類まれなる剣才の持ち主。

 若き頃のルクス、あるいは"剣魔(ジムカ)"にも匹敵しようかという才覚を、王の娘は秘めていた。

 だからルクスは、やり過ぎてしまったのかもしれない。

 彼が娘に叩きこんだ剣術は、護身術の域を遥かに超えていた。

 ルクスが知る限りのあらゆる技術は、ひとつの例外もなくシオンに伝授された。

 師からは秘伝とされた"魔剣"──その成り損ないさえも例外ではない。

 例えルクスが死んだとしても、彼の命脈は娘の剣に宿り続けることだろう。

 その時、ルクスは思ってしまったのだ。

 ────自分はもういつ死んでも構わない、と。

 当の娘からは、

「……陛下」

 と、他人行儀な呼称でしか呼ばれなくなったのはルクスにも少々堪えたが。

 それも仕方がない、とルクスは潔く諦めた。

 物心がつく年頃の娘に必要なのは親の愛であって、好きでもない棒振りや獣を解体する技術などでは断じて無い。

 剣の師としてことさらに厳しく振る舞う王を、どうして親と思えるだろう。

 ゆえにルクスは終ぞ、娘の前で親として振る舞うことはなかった。彼は最後までシオンの師であり続けた。

 親らしいことも出来ないわけではなかったろう。

 だが、全ては今さらだ。そんなことをしても娘は困惑するだけだ。

 誤解を無くす努力を放棄している、と言われればその通り。本意ではないが恨まれようとも構いはしない。

 例え己が恨まれようと────娘が生きていてくれるならそれでいい。

 それがただひとつ、ルクス・ファーライトに残された最後の願いであり、祈りだった。

 万事を尽くし、祈りを抱いて、ルクスは死んだ。

 さして悪どいわけでもなく、さりとて有能であったとも言いがたく、せいぜい剣を振るのが得意であったという程度。

 将であったころの華々しい戦果とは裏腹に、これといった功績を残せなかったひとりの男────"武断王"ルクス・ファーライト。

 あまりにも強く、それゆえに一族を人質に取られた王は、救済の約束を無惨に踏みにじられながら死んだ。

 ひとりの人間として死んだ。

 ────そして今、死んだはずのルクスを衝き動かす声があった。

「殺せ!!」

 否。

 それはもはやルクス・ファーライトとはいえない。

 ルクス自身の意識も意志も失った、ただの抜け殻。

 亡骸にまとわりついたルクスの残滓とでもいうべきものが、生きた屍として剣を振るう。

 生前の業前そのままに、生きろと願った娘に向かって剣を振るう。

「どうして殺せぬ!! 貴様は一体、我が兵を何人殺したと思っている!! そのくせ娘のひとりも殺せぬというのか、腑抜けめ!! 疾く殺せ!! その娘を殺せッ!!」

 男の亡骸にもはや意識はない。

 "殺せ"という命令の他は全て雑音として処理し、手の中の"魔剣"を握りしめる。

「御安心なさいませ、新王陛下。きゃつめの動きをようくご覧あれ。徐々に動きがちいさく、剣を掠めるようになっているのがわかるでしょう。あれこそ疲れが出てきておる証拠。事が決まるのもそう遠くはありませんぞ」

 雑音を雑音として処理。

 もっとも、目に見える事実としてはその通り。

 先ほどまで見事に剣を避けていたシオンの矮躯に、刃先が(かす)るようになっているのだ。

 黒の羽織が布地を散らす。前髪が浅く刻まれる。

 あと一押し。余人ならば誰もがそう考える状況だろう。

 ルクスはさらに一歩踏みこみ、"破断剣・ヴァールハイト"を斜めに斬り下ろす。

「……ッ」

 シオンはそれを、すんでで避けた。

 羽織の肩部分を浅く斬る。刃は肉身には達していない。

「……オォ……」

 剣はシオンに近づいている。娘の命に、ルクスの亡骸は確実に迫っている。

 だが、と意識も意志もないままに彼は感覚する。

 ────遠い。

 刹那、彼は口元をわずかに歪めて笑った。

 誰が、あるいは何がそうさせたのかはもう誰にもわからなかった。 



 刧。

 吹き荒ぶ剣風とともに、"破断剣・ヴァールハイト"の分厚い刃がシオンの眼前を通り過ぎていく。

 刃とシオンの間にはほんの三寸の距離もない。

 まさに寸前。

 ほんの少しでも足運びが遅れていれば、シオンの顔面はふたつに割られていただろう。

「……は」

 回避するのに要した動作は一歩にも満たない。

 シオンはただ、わずかに足裏を後ろに滑らせて躱しただけだ。

 そんな"型"は国のどこを探しても見当たらない。

 疲労の末の苦し紛れの回避動作と、おそらく誰もがそう考えるに違いない。

 疲労があるのは事実だった。

 "妖剣・月白"を支える手は気だるく、足腰はじわりと重く、肌身にはびっしりと汗が浮いている。

 おまけに身体はすでに傷だらけ。かすり傷から流れる血の跡も生々しい。

 シオンはいまや、痛ましいとしか言いようのない姿を晒していた。

 が。

「────ひゅッ」

 ルクスの剣閃を避けるやいなや。

 一分の隙も与えることなく、シオンは瞬時に切って返した。

 "妖剣・月白"を下段から斬り上げる。刃の軌跡によどみはない。

 まるで疲れなど無きもののように、シオンの剣は冴え渡っている。

 ルクスはその一閃を無言で受けた。

 いかに疾かろうと"破断剣・ヴァールハイト"の最大加速──低重力下の剣捌きは、シオンの全速に匹敵する。

 受け止める程度のことは造作もない。

 そのまま捌かれるのを読みきり、シオンは"魔剣"の剣身を打ち据える反動で後方に飛び退る。

 これで何度目になるだろう。とうに三〇は下るまい。

 またしても、シオンの一閃はルクスには届かなかった。

 そのうえでシオンは確信している。

 ────今の一閃が一番惜しかった、と。

「オ────ォオオオオッ!!!!」

 瞬間、ルクスはすぐさま開いた距離を零にする。

 その様子にはどことなく焦りのようなものがうかがえる。

 なぜかはルクス自身もわかっていないのだろう。いくら蘇らされたとはいえ、彼にはもはや意識も意志もない。

 かといって闘争本能を失ったわけでもない。

 彼は薄々気づいているのだ。

 シオンの命に刻一刻と近づいていながら────同時に、シオンもまたルクスに少しずつ近付きつつあるということに。

 その時、びゅんと唸りを上げて振るわれる"魔剣"の一閃。

 "屋根"の型からの極めて実直な斬り下ろし。

 それをやはりシオンは寸前で避け、すぐさま返す刀で斬りつける。

 確実に先ほどよりもルクスの刃が近く──それゆえに切り返しもさらに疾い。

 跳ね上げられた"破断剣・ヴァールハイト"の切っ先が"妖剣・月白"を受け止めるが、交錯はさらに際どいものとなっていた。

「……ッ、は」

 届かないと見るやシオンはすぐさま飛び退り、ルクスと一定の距離を取る。

 そう。

 これは、シオンの疲れのせいで回避が遅れているわけではない。

 むしろその全く逆。

 極限まで神経を研ぎ澄ませたシオンの見切りによって、回避行動が限界まで縮小されているのである。

 当然、死の危険は従来の比ではない。ほとんど肉を切らせるも同然だった。

 刃渡り5フィートにも及ぶ肉厚の刃が通りすぎるのを目の前にしながら、シオンはすぐさま平然と切り返してみせるのである。

 控えめに言っても正気の沙汰ではない。

「オ────ォォッ!!」

 だが、まだ。

 まだ足りない。

 戦車のごとく猛然と襲いかかるルクスを前に、シオンはもはや微動だにしない。

 ぴくりとも動かない。

 劫。

 そして刃が落ちる刹那、シオンはほんの僅かにするりと下がった。

 夜の中に影を探すようなもの。あまりに些細な"静"の動きは、もはや動いたかどうかさえ見極めるのも難しい。

「グ────」

 しかしルクスはちいさく呻く。

 不意に、ぴ、とシオンの服が断ち切られ、白肌の薄皮一枚に細い筋のような赤線が走った。

 ほとんど無傷といっていい。あと三寸も食いこめば致命傷だが、シオンはその寸前を見極めていた。

 瞬間、シオンはすぐさま切り返した。

 (びょう)

 "妖剣・月白"の剣先が鮮やかな円弧を描き、瞬くうちにルクスへ伸びる。

「────()ィッ!」

 煌めく剣光。

 一閃する刃が確かにルクスの身を斬った。

 赤い雫が飛沫をあげて地に落ちる。

 だが、浅い。

 致命傷には程遠く、シオン自身の隙も大きい。

 横合いから振るわれた"破断剣・ヴァールハイト"が迫り、咄嗟に"妖剣・月白"を翻す。

「ッぐ……!!」

 かざされた刀身は見事に大剣を受け、シオンの命を永らえさせる。

 無論、その威力と衝撃までも殺しきれるものではない。

「オ────ォオオオオッッ!!!!」

 受けた刃の上から力づくで押し切られ、シオンの矮躯は軽々と弾き飛ばされた。

 吹き飛んだ身体はそのまま一直線に、勢い良く白亜の壁に激突する。

「がッ────ぁ、ぐッ……!!」

 肺の中の息が全て吐き出させられる。

 それほどの衝撃だった。

 骨こそ逝っていないが、全身が軋むような悲鳴を上げている。

 とはいえまだしも幸いだった──なにせまだ生きている。

 一撃を受けたにも関わらず、シオンはまだ死んでいない。

 全身の痛みは無視できる。剣を握るにも支障はない。

 この程度で済んだのは、ひとえにルクスが速度を優先したからだろう。

 高重力下での最大火力なら、間違いなく内臓と骨をやられていたはずだ。

「……か……ふッ」

 そして立ち上がった瞬間、シオンは前も見ずに疾駆する。

 案の定、ルクスもすでに駆け出していた。

 一気に壁際へ追い詰める算段だったのだろう。それを許すつもりは毛頭ない。

 再びふたりの剣客が重なりあう瞬間、甲高く咲き誇る二重の刃鳴が謁見の間に散りばめられた。

 衝撃。そして互い違いに剣撃を撃ちこんだあと、ふたりは十歩の距離を置く。

 ルクスの肌は血飛沫をあげ、シオンの骨格が軋みをあげた。

 被害が大きいのは、いうまでもなくシオンのほうだった。

 屍であるルクスに多少の傷など無関係。

 致命傷──あるいは部位が破壊されない限り、一切の負傷は無視できる。

 シオンは極限まで回避動作を切り詰めることによって、ルクスに剣を届かせた。

 それは確かに一縷の望みを掴んだように思われた。

 が、その先がない。

 確かに剣は届いたが、ルクスに致命傷を与えられるほどのものではない。

 しかも中途半端な攻撃は隙が大きく、かえってシオンの傷を増やす羽目になる。

 ではこれ以上無駄を切り詰められるかといえば、否。

 もはやシオンは、身を切られる限界まで回避行動を最小化しているのである。

「……まだ」

 まだ、足りない。

 まだ足りない、のに。

 シオンは自分でもわかってしまった。

 これが現時点での限界だと。

 これが、自分の疾さの限界なのだと。

「……ここまで、かな」

 シオンはゆっくりと顔を上げた。

 海のように蒼く、深い眼差しがルクスを見る。

 そして何の気なしに、剣身が胸の前を横切るように構える。

 "閂"の型。

「ようやく観念したようだな。驚かせてくれたものだが、もはやこれまでよ。とっくに勝負はついていたろうに」

 遠いどこかの誰かがあざ笑う。

「最後の悪足掻きといったところでしょうな。よい座興になりましょうぞ」

 追従の声はルクスすらも聞いていない。

「……オ、ォ」

 ルクスは、どこか────

 残念だ、というように呻きを漏らした。

 ただの気のせいだろう。

 あるいは、感傷。

 陛下が──シオンが生きるための術を授けてくれた父王が、もし蘇ったとしたら。

 そんな感傷。いや。

「……願望か。私の」

 笑えない話だった。

 最初は生き延びるために戦い続け。

 その中でやがて抱いた望みが、こんなところにまで我が身を至らしめ。

 挙句、生き延びる術を授けてくれた父王に殺められるというのなら──

 これほど笑えない話はない。

 所詮は過ぎた望みだったということか。

 父王もきっと大いに嘆くことだろう。つまらぬ怨讐で折角拾った命を投げ出すなど言語道断、と。

「……まあ、いいかな」

 後悔はない。

 シオンは自分自身の限界を見た。

 後は、やるだけ。

 生きるか死ぬか。

 その狭間を潜り抜けられるかどうかで、シオンの運命は決まるだろう。

「……うん」

 ルクスと相対して瞳を眇め、ちいさく頷く。

 刹那。

「オ─────ォオオオオオッッッッ!!!!」

 "屋根"の型から、ルクスは一歩踏み出した。

 一歩目から爆発的に加速する。

 尋常ではない速度での疾走。

 これまでにない疾さだった。

 今の今まで秘めていたのだ──最低重力下での最大加速を加えた"縮地"の型。

 まさに地面を縮めるような圧倒的速度に彼我の間合いが蹂躙される。

 応じてシオンは"閂"の型を崩し、全身を脱力させて腕を下げた。

 無形の位。

 ルクスはそれに構わず、7フィートにも及ぶ大剣を振りかぶる。

 宙空の剣先で渦を巻く風の唸りは、まるで城内の大気がまとめて捻じ曲げられたかのよう。

 そのまま間合いに食いこむように振り放たれる、最高重力下での最大火力。

「破ぁッ!!」

 "破断剣・ヴァールハイト"────その一閃。

 それを目の当たりにしたシオンは、

「……は」

 と、ちいさく息を吐いた。

 足を滑らせ、三寸足らず飛び退る。

 ずっ。

 振り下ろされた"破断剣・ヴァールハイト"は、無造作に立つシオンの身体を斬り裂いた。

 肉身を斬られ、矮躯が血飛沫を撒き散らす。

 返り血まみれの身体が己の血にまみれ、腹の奥からこみ上げる血が唇を湿らせる。

 刹那。

「……ふふ」

 シオンは薄く微笑んだ。

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