優しい夜と幸せなひととき
外に出ると、ひゅうっと風が吹き、コートがたなびく。
「うっ……寒い……」
私は凍える手で、髪や服を押さえた。
「今日は風が強いなぁ……」
厚着をしているにも関わらず、凍えてしまいそうなほどの寒さで、私は早くも暖かい場所に入りたい気持ちになった。
――寒いけどバイトあるし、ガマンガマンっ!
私は自分の左手を見下ろす。そこには、可愛らしいピンク色の小さな腕時計が、コートの袖と白くすべすべな腕の位だから見えている。腕時計が示す時間はちょうど午後四時頃だった。
この時期は空が暗くなるのが早い……それでも、バイトの時間は今までと同じ時間で、結構遅い時間までしている。
お母さんには『暗くなって危ないから、バイトの時間を早めてもらうように、シフト調整してもらって、もう少し短くしてくれるように、言ってくれないかしら……』
まぁ、親としては子供が遅い時間に帰ってくるのは、心配なんだろう……
でも、結局変わらずに今までと同じシフトのままだった。店側からすれば、少しでも長い時間働いて欲しいもんね……。
私が働いている所は小さなカフェで、小さいから人はあんまり来ない。だからこそ、この時期はイベントとかをして、人を集めている。なので、特に忙しさが増していく。
私ははぁはぁと息を切らしながら、改札を走り抜けて、ホームへと出た。しかし、ちょうど目の前で電車が発車して行ってしまった。
「あ……電車、行っちゃった……」
息を切らしながらそう言った。でも、言ったからといって電車が戻ってくる訳もなく。
急いできたのに、目の前で発車してしまうのを見て、私はベンチに座り息を整えた。
この駅の電車は、大体五分から十分くらいおきに来る。
電車が来るまで、その間の時間は寒い中待たなければいけない……
「すぐに次の電車来るけど、流石にこの中で待つのは寒すぎるよーっ!」
私はそんな風に嘆いたけど、そんな時間も惜しい……だから、私は次の電車が来る時間と、何番ホームに来るのかを確認した。
そして、次の乗り場に急いで移動した。ホームに下りると、少しでも寒さに耐えるかのように、ベンチの上で丸くなる。でも、あまりの寒さからか、吐く息は白くなり消えていく……身体は冷たくなり、唯一の救いだったカイロも、すぐに冷たくなりそうだった。
――あぅ……もっと早くに出ていればなぁ……
自分の不甲斐なさを嘆いていると、そっと頬に暖かいものが触れる。
「ひゃっ!」
私は驚いてヘンな声をあげ、涙目で振り返る。そこには茶色のコートを着た穏やかな容貌を持つ男性が、缶コーヒーを持ってたっていた。
私の目に溜まっていた水は凍ったかのように引いていき、私の表情が引きつっているのを感じた。
「優夜先輩っ!」
大きな声を上げると立ち上がると、周りの視線が私に集まり、恥ずかしさのあまりにゆでダコになりそうなおもいで、勢いよくその場にしゃがみこんだ。
「さ、さっちゃん!?
あ、えっと……ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ……
ちょっと見知った顔が通勤中に見えて嬉しくなっちゃって、今日は寒いから温かいものでもと思って……」
そんな風に弁明している優夜先輩は、私と同じ小さなカフェで働く従業員といってもバイトだけど……そして、さっき言っていた『さっちゃん』とは、私の愛称で本名は『幸せ』と書いて幸と読む。でも、その愛称で呼ぶのは優夜先輩くらいだ……
――て、私は誰に説明を! ……混乱しすぎて、頭がおかしくなったのかな……
すると、一通り弁明が終わったのだろう、
「あ、これ……どうぞ」
優夜先輩は私の様子を伺うように、缶コーヒーを手渡してきた。
――あ、私コーヒー苦手……でも、突き返すわけにいかないよね……
私は顔を上げてそれを受け取る。
「あ、ありがとう……ございます」
お礼を言いつつ、缶コーヒーを開けて、味がわからないようにちびちびと飲み始める。
――あぁー……温まるぅ……けど、ちょっと苦い。無理しすぎたかな……
冷え切った身体にはちょうど良く、芯から温まるのを感じる。でも、缶コーヒーが苦手なことをできる限り、わからないようにカモフラージュしたつもりだ。
「あれ……? そういえば、さっちゃんはなんで今日は遅い電車なの?」
――うっわ……いきなり確信ついてきちゃったよ……
「えっと……今日はちょっとこれの前の電車に、乗り遅れてしまいまして……」
私はそう言って、ははは……と苦笑した。
先輩も釣られて苦笑するが、笑い事じゃないんです……すっごく寒かったです!
「ははは……乗り遅れちゃったんだ……それは大変だったね」
「そういえば、優夜先輩っていつもこのこの時間の電車なんですか?」
「う、うん。そうだけど……どうして?」
「あ、えっと……いつも私より遅れて来ているので、少し気になっただけです。他意はありません!」
「へー……そうなんだ。
この時間の理由は、基本的に家が遠いってのもあるけど、学校が終わる時間が遅いからね……」
「ですね、うちの学校は意外と遅いですからね……」
私たちが寒さに耐えながら話していると、ホーム内にアナウンスが流れ出す。
「おっと、そろそろ電車が来るな……」
「はい……やっと寒さから解放されます!」
私は立ち上がり、荷物を持つ。すると、遠くの方から眩しい光が近づいてくる。
到着した電車の扉は何もせずに開き、中からぞろぞろと人が降りてきた。やっと途絶えたところで、私たちは電車の中に乗り込む。
電車の中は外とは違いとても暖かく、熱くなった私は上着を脱いだ。すると、となりから息を呑む声がした。その方向を見ると、優夜先輩が顔を赤くして背けた。
――優夜先輩、どうしたんだろう……?
優夜先輩の行動を見て、不思議に思い下を見る。私の服が透けていて、下着が浮き出ている状態になっていた。厚着をしていたせいで、汗で服がぴったりと張り付いたのだろう。
「……っ!」
私は冷静に分析して、気がついた。下着透けてるじゃんと……
すぐに上着を羽織り、胸の部分を隠す。少し目に涙を溜めて優夜先輩を見ると、何故か申し訳なさそうに俯いた。
「うぅ……気づいていたのなら、行ってくださいよぅ……」
「ご、ごめん……」
「で、でも、いいです……先輩が悪い訳ではないですから……」
周りの人達の迷惑にならないように、小声で話す。それでも、周りの人達の視線が気になって電車を降りるまで、恥ずかしくて仕方なかった。
電車を降りて駅を出ると、すっかり空は暗くなっていた。
「うぅ……やっぱり寒い……
電車の中が天国のようでした」
「ははは……外は寒いね……
でも、すぐにカフェまでたどり着くから、少しの我慢だよ!」
私が言ったことに苦笑して、励ましてくれる。そう、私たちが働いているカフェは、この駅から歩いて、十分もかからない場所にある。
「そうですね……それじゃあ、急いで行きましょう!」
言うが早いか、私は走り出す。
「あ、待って!」
「待ちません! 私は早くカフェに着いて暖を取りたいんです!」
「……」
そのあと優夜先輩が何か言ったように感じた……でも、私の耳に届くことはなかった。
私は国道沿いの道をジョギングをするかのように走っていた。後ろから優夜先輩が追って走ってきている。
カフェの近くまで来て、私は走るのを止めた。
「う、うわっと!」
「きゃっ!」
優夜先輩が急に止まった私にぶつかってきた。でも、優夜先輩はとっさに私の手を掴んで、私は倒れるのを免れた。
「さ、さっちゃん! ご、ごめん……
はぁはぁ……い、いきなり止まったから、ビックリしたよ!
ど、どうか、したの……?」
優夜先輩は息を切らしながら謝った。
――先輩……ぶつかったのは、私が止まったせいなので許しますが、完全に運動不足です! それに、その息継ぎだと、変質者ぽいですよ……
でも、私は思ったことを言わずに、ある所に指を指した。指した先には私たちが働いているカフェで、看板には『Moon Cat』と書いてあり、そばには月と猫をモチーフにした絵が飾ってある。でも、いつもと様子が違っていた。
「す、すごい賑わっていますね……」
「う、うん……僕もビックリしてる。今日は一段と人が多いね……」
息を整えたであろう優夜先輩も、驚いていた。そう、いつもと違っているのは、今日は何故か人が多かったから……
「とりあえず中に入りましょう!」
「そ、そうだね……でも、あそこから入らないといけないよね……そうするの?」
「大丈夫です! 裏口から入れます!」
そう言って小道に入り込み、店の裏手に回り込んだ。そこには扉があり、それを開けて店の中に入った。でも、入ってすぐに私たちは驚いてしまった。
そこには、何人もの人が倒れ込んでいたから……
「ど、どうしたんですか!?」
「あぁ、幸ちゃんですか……どうもこうも、見ての通りですよ、ははは……」
そう言って倒れ込んでいた女性は、再びへばってしまった。
――な、何が起こってるの? 私たちがいない間に!
「それは私が説明しようっ!」
扉をバンッと開け放ち、そんな声が休憩室の中に響き渡った。
――て、店長! な、なんで……?
私は困惑と、これから何を言われるかの不安が広がる。優夜先輩を見ると、表情が固まり青ざめていた。あ、青ざめているのは、走ったからだったね、ははは……
「あら、幸ちゃんと優夜くんだったのね……今日は遅かったわね」
「いえ、時間はいつもと少し違いますが、シフトの時間までには着いています!」
優夜先輩がはっきりと言う。店長はこんな言動だけど、表情や性格は正反対でおっとりとしている。
「いいわ……着いたばかりかもしれないけど、そこの服に着替えて、外でクリスマスケーキの販売をお願いできるかしら?」
――あらら……説明はどうしたんだろう……? ちょっと待って、えっ、えっ!
「えっ! ちょ、ちょっと待ってください! 私も外で販売するんですか? 確かホールの方でしたよね!」
「中はもう足りてるの……だから、外をお願いね、ね?」
店長に高強く出られると、返す言葉がなくなってしまう。
「……っ! わ、分かり……ました」
そう言うと机の上にあった、赤色の服を手に取って、更衣室に入っていった。
更衣を終えて店の外に出る。そこにはもう優夜先輩がいて、他にはケーキの箱がいくつも並んでいるのと、その箱を売り子の人が次々と売っている。
私はその売り子の人に話しかける。
「お疲れ様です。交代の時間なので代わりに来ました!」
「お? あ、ありがと……もうくたくただよぅ……」
そう言って赤色の帽子を脱いで、手渡してくる。私はそれを受け取って売り子を交代する。
そして、私と優夜先輩はいくつも並んでいるクリスマスケーキを次々と売っていく。
「『月の猫』特製クリスマスケーキです。今夜のデザートにお一ついかがですか?
カットサイズで三百円、ホールで、二千円になります!」
そんな風に言うと、周りを歩いていた人がどんどんと集まってくる。
こんな時間なのに、売上がどんどんと上がっていき、あっという間に残りわずかになってしまった。
――それにしても、女性客とカップルが多い気がするなぁ……
そんなこんなで、残りが数十個ほどになった。
「クリスマスケーキ残りわずかです! 今並んでいるお客様までで販売を終了いたします!」
私はそう言ってから、また売り子に戻る。そんなことを繰り返して、全てを売り切った。
「ふぅ……お疲れ様。さっちゃん、すごい働きっぷりだったよ!」
「こ、こんなの当たり前です! あと、この格好結構寒いので、早く終わらせたかったんです!」
「はいはい……そういうことにしておくよ」
――全然信じてないなぁ、これは……
すると、店の扉が開いて、カランカランと音がする。そこには、店長が立っていて目を丸くしている。
「あ、あら? 随分と早く終わったのね……みんな、くたくたになったしていたのに……」
――いやいや、やらせた張本人が何を言いますか……
私はあきれ果てて、がっくりと肩を落とす。となりでは、優夜先輩が苦笑を浮かべている。
「そろそろシフトの時間が終わるからって伝えに来たら、もう終わってるし、まぁいいけど……とりあえず、そこ片付けちゃって……」
「は、はい!」
「分かりました、店長」
そうして長い長い販売を終えて、机やケーキの見本などを片付けて、店内に入った。
「店長、片付け終わりました!」
「そう、今日はもう上がっていい!」
そう言われたので、私たちは更衣室に向かった。
着替えの途中、鏡を見るとミニスカサンタという格好をした自分を見て、とてつもない恥ずかしさが込み上げてきた。
――あぁ、恥ずかしかった……もうこんな格好したくない! 寒いしやるだけ損している気がするなぁ……
そんなこんなで、着替えを終え休憩室に入ると、先に着替えを終えていた優夜先輩が待っていた。
「あ、さっちゃん。今日は大変だったね……はいこれ、今日はクリスマスイブだからって店長が……」
優夜先輩の手に、二つケーキ用の箱を持っていて、一つを手渡してくる。
「あ、ありがとう……ございます」
「お礼は店長に言って……僕に言われても困るから……」
そんな優夜先輩をみて、ふふっと笑った。少し笑いすぎてしまし、涙が出てしまう。私はそんなことは気に求めず「そうですね!」とだけ言った。
「もう帰りましょうか……終電までには、間に合うと思いますから」
そう言って、外に出た。もちろん出る前には「お疲れ様でした!」とだけ言う。
外は夜も更けて、より一層寒さが増していて、吐く息が白くなる。
「やっぱり、外は寒いですね……」
「う、うん……でも、よくあの服で売り子ができたのかが、よく分からないな……」
「そうですよ! クリスマスのイベントじゃなかったら、あんな格好なんて絶対しませんよ!」
「ははは……でも、似合ってたじゃん!」
「そんなことないですよぅ……」
私は優夜先輩からそんなことを言われ、顔が熱くなるのを感じた。
でも、外が暗くて優夜先輩には見えてないことが、何よりもホッとしている。
街灯が道を照らす中、駅に向かって歩き、今日の出来事を話す。いつものことで、今日はその、ちょっと特別に思えた。
すると、私の花先に冷たいものが触れ、私は立ち止まった。空を見上げると、一面が白い雪で埋め尽くされていた。
「うわぁ……雪ですよ! 優夜先輩、ホワイトクリスマスです!」
そう言って私は走り、また止まって優夜先輩の方を向く。でも、先輩は何かをしていて聞いていないように見えた。
「うん、そうだね……きれいだ……
あ、これどうぞ……」
そう言って手渡してきたのは、さっき買ったのであろう温かいミルクティーだった。
「あ、ありがとう……ございます」
「少し早いけど、ホワイトクリスマスってことで……」
「はい! じゃあ……乾杯!」
そう言って缶と缶を当てて、カンっと音がなる。
「でも、こんなんじゃ祝ったことにならないよね……?」
苦笑しながら先輩がそんなことを言う。
「いえいえ、私はこれでもいいと思いますよ?
それに、始め会ったときは、コーヒーでしたよね? なんで、今回はミルクティーなんです?」
「ああ……それは、さっちゃんがコーヒー飲む時、苦そうにしてたから、もしかして甘いほうがいいのかなぁっと思って……」
「あ、ありがとう……ございます」
「ああ、いや。そう見えただけってことだけだから、気にしないで!
それに、何もプレゼントしてあげられなくて、ごめんね……」
「いえ、私はプレゼントが欲しくて、クリスマスを祝っているわけではないので……
それに、もう素敵なプレゼントは、いただきましたから……」
私はそう言った。でも、最後の方は恥ずかしさが上回り、小声になってしまった。
「うん? 最後のほうが聞こえなかったけど、まあいいか……」
「そんなことはいいんです! 急がないと、終電に乗り遅れてしまいますよ!」
そう言って、私は走り出す……
今日、ケーキを買ってくれたみんなや、サンタさんが来るのを楽しみにしている子供、ひとりでクリスマスを祝う皆さんが、良き聖夜を過ごせるように、私は祈っています!
――結局、最後はこの一言……
Merry Christmas! 良いクリスマスを!
こんばんは、愛山 夕雨です。
今回の小説はゲリラですが、丸一日遅れてしまいました。申し訳ありません。
うぅ……私が投稿予定日時よりも、かなり遅れてしまうとは、思いもしませんでした。今回の小説は、ちょっと考えるのが難しくかったので、かなり遅れてしまいました。次のイベントの時は、もう少し考えて作らないと……。
今回の小説の内容は、読んで頂ければわかりますが、主人公の幸がバイト先の先輩でもあり、同じ学校に通う先輩でもある優夜との恋愛についてでした。もちろん、クリスマスが題材になっているので、考えはある程度まとまっていました。
でも、やっぱり私には荷が重すぎたようです……反省しています。なので、次回までに少しは腕を上げたいと思っています。
では、またどこかでお会いしましょう!