ラプンツェルと街の亜人。
「どうしようかなぁ」
取りあえずふわふわ飛びながら、領主の屋敷跡までやってきた私は考えていた。
先ほどから、崩壊した瓦礫の中から聞こえてくる男の悲鳴は止まず、命からがら生き延びた使用人たちは敷地内から我先にと逃げ出して行くのを見てしまうと。
「長くかかるかなぁ」
きっと、今頃中ではリルケの気が済むまで例の領主を痛めつけているのだろう事は想像に難しくないから、邪魔するのも悪いよなぁなんて思うわけで。
「ギルドにでも顔出してこようかな」
なんだか、この状況を見ると別に亜人に被害とか出そうにないしね。私が見張る必要もない気がしてきた。ってわけでぐるっと方向転換した瞬間、いやぁなモノが視界に映り込んじゃったよ。
「──ぇ!君!あの時のおねーさんだよね!」
え、空耳ですか?
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「マジかぁ」
トトもユユも居ないのに。
ギルドへ向かい空飛ぶ私の真下を、馬を駆って付いて来るあの門番2人。
「ねぇ!ちょっとぉ!止まってよー」
「……誰が止まるかっての」
あまりスピードの上がらない自分の飛行技術にも、いつまでも付いて来る門番共にも苛立ちが募り、ついチッと舌打ちを一つ。
「兎に角、ギルドにさえ着けたら後は野となれ山となれってね」
のろのろ進むこと十数分。その間にも、逃げ惑ったり、何が起こったかと周囲を伺う素振りを見せたり、早々と荷車に家財を積み込む人々の姿がちらほらと見えた。
全く、昨日から警告してたのに腰を上げるのが遅いこと遅いこと!早く逃げないとリルケが虐殺しなくても、コポックの強制退去魔法で一斉に転移させられちゃうっての!
「あ、れ?」
ぱっと開けた通りに出た途端、現れた酷く五月蠅い集団に空中で一時停止。
人間……が、ギルドを囲み騒いでいる。
「なにこれ」
何だろうこの人たち。と言うか、裏にあったらしい
マーちゃんとポルルたちの家が半壊しているのは目の錯覚かな?
「あ!せんせーっ」
「ツェルさま!こっちですぅ」
屋上から警戒していたらしいユユとドラゴノイドのサーシャが手をふりふり私に合図してくれたのを見て、すーっと羽を休ませ降下しパタリと着地。
「先生!心配してたんですよっ。大丈夫だったんですか?」
「お疲れさまです。ご無事で何よりでした」
開いたままの羽をたたみきる前に、目の前まで走り込んできた二人がわーっと話し出すものだから息つく暇もないね。
「二人とも警戒中でしょう?ご苦労様。心配かけてごめんね?なんか、リルケのことはそこまで気にしなくても大丈夫な様子だと思ったら、今度はギルドが気になっちゃって」
「あー、下の人間たちでしょう?自分たちも中に入れろって五月蠅くて……」
「なにか、ギルド長さんのアイテムの関係で絶対に中へは入ってこられないらしいのですが、そうしたら裏の御自宅を壊されてしまって」
「なるほど!それでかぁ」
「もう、子供たちは大泣きです」
はぁぁぁっと深いため息を吐き出すサーシャ嬢を見て、私だってもう疲れたよ。と内心くたびれて苦笑い。
「そっか。じゃ、取りあえず中に入ろうかな」
「あ!じゃあ先にトト達に教えてくるから、後はよろしくねサーシャちゃん!」
「えっ!見張りは、えぇー!?ユユ様ぁぁ」
走り出し小さくなるユユに、取り残されたサーシャ嬢。
まぁ、どちらにしろ見張りは必要だから……ごめんよ。
「後で代わりに誰か寄越すから」
涙目のサーシャを見て見ぬ振りで、ささっとその場を戦線離脱。
▼
屋上から階段を降りる前の時点でもう、騒がしい声があちらこちらから耳に入る。私は鞄からマントを取り出してフードを被るも、二階へたどり着くと廊下に座り込んだ亜人達は皆一斉に視線を向けてきた。
こわっ。
「……あの方が、塔の」
「ギルド長の育ての母だって聞いたぞ」
「え?確かマール様もあの方に育てられたとか」
「あのたまに見かけるちょー強い妖精達もだろ?」
「あ、あとドラゴノイドにも知り合いがいて」
「他にも各亜人の強者に育て子がいると聞いたことがある」
「そんな方の土地だったとは……」
「儂らは運が良かったわい」
「でも、私達、このまま此処に住むことを許されるのかしら」
「確かに、勝手に住み着いたわけじゃからの」
「……マール様は、大丈夫だと仰っておられたが」
「聞いてみたら?」
「誰がだよ」
「ギルド長やマール様にだって恐れ多いと言うのに、その育ての母君、守りの塔の持ち主様に儂等なぞが直接話しかけられるわけも無かろうが!」
「……そりゃそうだ」
うー、やめてやめて!私はそんな立場じゃございません事よ!つーか、マーちゃんもポルルもどんなお偉いさんだっての!
うーこわっ。
亜人の囁き声に、こっそり鳥肌が立ち両腕をさすりながら取りあえず下の受付まで足早に歩き出す。
「あのっ!」
そんな私の真ん前に、小さなナニカが飛び出してきたから驚いて足を止めると……子供?
種族柄身長が小さい私より若干小柄な犬耳少年が、顔を真っ赤にしてフーフー興奮してこちらを見上げている。その視界の端から、同じような犬耳の女性が慌てて飛び出し子供に抱きつき頭を下げる。
「こらっ!何てことっ、申し訳ございません!申し訳ございません!」
「あ、いや」
別に良いよ。と私が言いかけた所で、少年が叫びだした。
「俺は、じゃなくて!僕の名前はベイですっ」
「……えっと」
「僕はこの街で産まれて育ちました!モンスターがいて危ないからって街の外には一度も出たことねぇし、ここを追い出されたって行くとこもねぇ……です。それに母さんだって、もうすぐ兄弟も産まれるし、だから、だから……ここにいさせてくれ!っじゃなくていさせてください!」
いや、だから別にいちゃだめとか言ってない……。
「あら、どうかしたのね?」
内心うなだれて、どうしたらこの小さな子供へ上手く伝えられるのだろうと途方にくれていると、一階から階段を上りマーちゃんとトトが近づいてきていた。
「あぁ、マーちゃん」
「おい。あのマール様を」
「あぁ、さすが育ての母様だな」
「ツェル様、あら、ベイにクレアまで」
「あの、申し訳ございません!この子ったら、塔の持ち主様に失礼をしてしまって!」
「だってっ!」
「だってじゃありません!」
「クレアッ、どうした!?」
母子でわーわー騒いでいる中、焦った顔で飛び込んでくる犬耳の中年男。
「あなたっ!ベイが……」
あう。
もう、これ以上騒ぎを大きくするのは勘弁して。
「っもも申し訳ございませんー!」
って、スライディング土下座、はじめてみたよ。
「あぁもう、訳が分からないのよね!取りあえずクレアもベントもベイも立って、ツェル様も一緒に下へ来て欲しいのよね」
「ユユもポルルも先に行って待っています」
目の前で起こることに対応できなくなりつつ、呆然と前を見据えているとマーちゃんにそううながされ、いつの間にか後ろに立つトトに背を押され歩かされていた。




