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ラプンツェルと人の業(ごう)

「……トト、リルケノバが」


轟音と暴風の中、彼女と向かい合ったまま飛び続けていた私は息をのんだ。

一瞬、視線が合ったリルケノバの瞳の中に私が居なかったからだ。リルケノバは此処にいるのに、違う場所を見ている。赤い瞳の中に移り変わる景色は次々と移動していく、森を抜けブーちゃんのお墓を通り過ぎ道を飛び出し街をまわって建物で止まり、一軒一軒の家の中、身を寄せ合う人間達、ギルド……亜人達。

リルケノバは彼らを視ているのだ。私ではなく、人間と亜人を注意深く観察している。まさか……間違えてマーちゃん達まで攻撃しないよね?


「ツェル様、森の主様は、そのようなことはなさいません。子供たちである木々と友人を、大切になさる方ですっ」


だから、避難しろ。心配せずに、今は早く避難しろと、トトはそればかり。


「ねえトト、私はやっぱり、この場を離れられないわ。リルケノバが何をする気なのか見ておく必要が有るもの。万が一ギルドに向かったら……」

「そうなれば、もう、手立てなどありません」


私だって怖いのだから、もう、恐怖を煽るようなこと言わないでよ!


「だから、見張っていた方が良いでしょう?万が一があっても、あちらへ向かう前なら食い止められるわ」

「ですがっ!危険ですしそんな事はツェル様がしなくても」


……じゃあ誰か変わってくれ!とはいくわけないからね。自分の子供のようなトトを、置き去りにはできないし、ユユだって同じ。他は飛行手段を持たない種族ばかりで、持っていたってやらせないけど……兎に角、私以外じゃリルケノバとの実力が違いすぎる。


「私以外が此処に残れば、リルケノバはソレを迷い無く攻撃するでしょうね」


ギュッと、握りしめられた小さな手。悔しそうな、悲しそうな表情を見て、柔らかく笑いかける。


「……」

「大丈夫よ。ねえトト、貴方は一度ユユの安全を確認してきなさい。その後は速やかに街の亜人をギルド内に保護し結界をはること、其れが終わったら貴方もギルド内で待機していて」



ね?

なんて、嫌がるトトを無理やり送り出した私は杖を握り直す。


「……リルケ」

「ゆるすものか…ゆるすものか…ゆるすものか!人間どもめぇっ」


其れまではジッと前を見据え、森の上から動かなかったリルケノバが顔を上げた。


「……っ!ま」


まって、と止める間もなくリルケノバが急速に前方へ飛び出し小さくなっていく。


「あーもうっ」


私も急いで羽を羽ばたかせ後を追うものの、距離は縮まらず何やら街の方角から悲鳴も聞こえだした。



「化け物っ」

「化け物だぁ」

「神様たすけてっ」


いやいや、言ってみればリルケノバってこの森の守り神みたいなもんだからね?と上がる悲鳴に内心つっこみを入れながら、やっとこさたどり着いた街を遥か上空から見下ろし肝心のリルケノバの行方を探す。


「おかしいなぁ。人間が、生きてる」


これだけ人間が騒いでいるのに、リルケノバが一人の命も奪っていないとは……なんでかな。

なぎ払われて、人っ子一人居なくなってるかと思ったのに。


「しかし、コポックはこの騒ぎの中マイペースにカウントダウンしてるのねぇ。ご苦労様」


あちこちに浮かび、こんな騒動などお構いなしなコポック達に、返事はないと分かっていてもつい、声をかけてしまう。

しっかし、何人いるんだろ?


「先ほど此方の主様が通られましたが、いかがされたのでしょうか」

「うあ?」


こ、コポックって、日常会話出来るんだ?

びっくりして変な声漏れた。

契約関連しか言葉を話さないのだとばかり思いこんでいたけど、そうじゃなかったらしい右隣のコポックへ、当たり障り無く返事を返しつつ注意喚起しておく。


「あぁーっと、リルケノバは今、凄く怒ってて機嫌が悪いから……攻撃にまき込まれないよう気をつけてね」

「なるほど、ご心配感謝いたします。しかし、我々の本体は職場におりますのでお気になさらず」

「……はぁ」


職場?えーと、職場?それって、どこにあるの?!


「では、仕事に戻らせていただきます」

「あ、はい。宜しくお願いしま」


ドンッ!!  


「しゅ?!」


私がコポックに小さく頭を下げた瞬間、ど派手な爆発音と共に街にあった塔以外では一番大きな……多分領主の館だと思われる建物が、崩壊した。


「……」

「……」


すげぇ。


今時の日本人で、こんな爆発を生で見たことのある若者がどれほどいるだろう。

地響きに、砂埃、瓦礫の山、怪我人。


「あー、やっぱりリルケかぁ」


まぁ、予想よりは、被害が少ないけど。遠目でみた限りでも、屋敷内にいただろう殆どが逝ったのがわかった。あとはそう、辛うじて庭先に纏まって何やらごちゃごちゃ話し込んでた使用人らしき数人が倒れ込んで苦しそうに咳き込んでいる姿を見るに、一応手加減はしたらしい。


「あの場所、もしくはあそこにいた人間が狙いだったのかな」

「そのようで御座いますね」


なんでだろう。

領主……りょうしゅね。もしかして、リルケを封印した魔法使いの子孫でも居たのかな?


「ねぇコポック、この街の領主は魔法使いだったのかしら」

「現在の領主には契約を結ぶための魔力すら備わっておりません。まぁ、数代前の領主まではまだ魔法契約を結ぶことが出来たようです」


血が、薄れたか。


戦うことが当たり前だった二百年前は、人間にも強い奴らがいたけれど、今は違う。亜人の陰に隠れ、下っ端の人間を盾にして、そうして生き残った者は皆、力無き弱者ばかり。彼らが幾ら子孫を残した所で、鳶が鷹を産むことはない。


「最後には、自分たちが利用するために封印したリルケに襲われても、手も足も出せなくなって殺される。人間って……」


なんて愚かで、醜く哀れなのだろう。


私の中のラプンツェルが、酷くつまらなそうに、そう呟くのを聞いた気がした。

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