ラプンツェルの知らない裏側。
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遡ること18時間前。
ラプンツェルと分かれた後のマールとポルルは、森を抜け街の中へ進んでいた。
空はすっかり日が落ち星や月が顔をのぞかせるが、いつもの静けさはどこへ行ったやら、人間達はみな
ざわつき、それぞれランタンを片手に家の外で立ち尽くしている。
マールやポルルはその中を素知らぬ顔で進み、店仕舞いを済ませたギルドを横目に裏に建つ我が家へとたどり着く。
「ただいま」
「あらあらっ、二人ともいい子にしていたのね!」
かちゃりとドワノブを回し、開いた扉の向こうに見えて子供たちと片付けられた室内にマールは喜びと安堵の声を上げた。
室内に佇む、見知った残りの四人を無視して。
「パパにょん、ママにょん、おかえりにょ!」
「パパママお帰りなさい。暗くなるのに帰らないから心配してたんだよ?隣のラシルお婆さんがいっぱい作っちゃったからってシチューをくれたよ!ママに宜しくって」
子供たちは矢継ぎ早にそう話しながら、マールやポルルに抱きつき、その手に握られた見覚えのない大ぶりな武器にきょとりと目を見開いた。
「うわぁ!これ、前に話してたお師匠様から貰った武器!?すごく強そうだねっ」
普段は妹の面倒をよく見ている、物静かな兄ノルンが珍しく興奮した様子でそれらを覗き見る。一方のやんちゃ以外に例えようのない妹ミールは、あまり武器には興味がないのか、ただじっとポルルの腹に顔を押しつけだまってしまう。
まぁ少しばかりサビが見えるとは言え、二百年前まではこの巨大な斧は血に濡れ、弦のピンと張られた弓から放たれた矢は敵を貫いていたのだから、それらを目にして小さな女の子が怖がるのも仕方のない事かもしれない。
「そうなのよねっ。これは、師匠にはじめていただいたママ専用の武器なのね」
「へぇ。ねぇママ、これって僕にも使える?」
「それは無理ね。この武器はママ以外に触れられると弾き飛ばすように作られているのね。それに、ママが死んだときは武器も消えるのよね」
「ふぅん」
話しながらマールが瞳をきらきらさせるノルンの頭を撫でると、髪の毛からヒョコリと飛び出た猫耳に紛れて、小さな角が手のひらに触れる。
横目に見て、また角が大きくなった気がして、思わずその辺りを凝視してしまう。今までは髪の毛に隠せるほどの小ささだったのが、このまま成長してしまえばもう秘密にしておくことが難しくなる。
「ノルン……部屋に行っているのね。ミールも、部屋に行って、お勉強するのよね。ママとパパが良いと言うまで、出てきては駄目なのよね」
「……はい。ほらミール行くよ」
「ヤーにょヤーにょ!」
「うるさいよ」
大好きなマールにそう促され、先ほどまでの輝くような表情を萎れさせたノルンはミールの上着に付くフードを掴んで引きずりながら奥の子供部屋へ消えていった。
そうして室内が静かになると次に気になるのは、勝手に自宅へ上がり込んだ知人たち。
「よ、久しぶり!」
ドカリと二人分の椅子を使いダイニングテーブルの真ん中に座るのは、五十年ぶりに顔を見るハイドワーフのゴルゴガン。背が低く、その小さな体にはたっぷりと筋肉が詰まっている短命なドワーフの中でも、稀に生まれる背の高くがっしりとした体つきの長命な個体。彼とは師匠共々、愛武器の関係で世話になっていた。
「情報が早いですね、ゴルゴガン」
「まーな。一族存続のためにゃ、あっちこっちに耳を忍ばしとかねぇとやってけねぇのさ」
「同感だぞよっ!デカデカドワーフ!」
はぁぁっと、顔に似合わず盛大なため息を吐き出すゴルゴガンに、隣に座る小さな……
「ダンピール?」
厳つく巨大なゴルゴガンと比べたら、腕の一本より小さな少女が誰よりも偉そうにふんぞり返っていた。
しかし亜人の全体を見ても強大な力を持つ上位種族が、なぜゴルゴガンと共に我が家のダイニングテーブルについているのか。
「そうじゃ、妾は誇り高き吸血鬼族である!存分に妾を讃えるが良いぞ!」
真っ白な髪に赤い瞳、フリフリの真っ白ドレスを着た少女。見た目だけならミールと変わらないその姿に惑わされれば血を吸われミイラに様変わりさせられかねない。
そんな危険極まりないダンピールが椅子の上に立ち上がり、腰に手を当てワハハと笑っている。
「……上位魔族に住処を追われたらしい。人間どもの街に紛れ込むにも、最近は余所者には厳しいからなぁ。バンピールなんて、バレたらすぐ殺されるとかで知り合いを訪ねてきたんだと」
疲れきった老人のように、深いため息を吐き出すゴルゴガンにマールが見かねて彼の好きな酒を瓶ごと渡し、僕はすかさず聞き返す。
「ほー誰ですか」
この危険な小娘を街に引き入れた間抜けは。
「妖精族のトトと名乗る男である!むかし魔法薬の材料を採取しに妾の眠る城へ侵入し、満月草を探し庭をさまよい歩いていたのでな、戦いのあと共に茶を飲み親交を深めたのであるぞよ!」
「……はぁ」
まさか、まさかトトだとは思わなかったが、確かに彼なら納得出来る。彼なら、昔ツェル様に頼まれて良く彼方此方へ薬の材料採取に出歩いていたからあり得ない話ではないな。
「よって、我らは友である!友ならば路頭に迷い苦しむ妾を手助けするのは当然であろう?」
……まぁ仕方がないか。彼女については早めにトトに引き取って貰うことにしよう。
「あのー。はじめまして、私ドラゴノイドのサーシャリアと申します。この度は、ラプンツェル様のご帰還誠におめでとうございます。これ、私の祖父から預かって来ましたラプンツェル様への手紙と贈り物です」
窓側に小さくなって立ちすくんでいた綺麗な橙色の民族衣装を着た女性がスッと薄茶の封筒と贈り物が包まれているらしい高価な白の布地を差し出す。
そしてそれを受け取りテーブル置いたマールが
「あら、殊勝な事よね。でもツェル様の知ってるドラゴノイドって……」
わかる?と僕へ視線を向けたのを見て、古い記憶を掘り起こす。
「……マゴグドラ殿では?以前ギルドを通じて傷薬を頼まれたドラゴノイドの方がいたはずですが」
ドラゴノイドのサーシャリアを見つめ、確かめるように口に出した。
「あ、そうです!昔人間族の奴隷狩りに捕まりそうになって、なんとか逃げ切ったのは良かったんですけど奴らの作ったドラゴノイド用の毒が傷口から入ってしまって……本当にあの時は助かりました。ラプンツェル様の調合して下さった薬がなかったら、今頃お爺ちゃんは助からなかったでしょうから」
確かに、妖精の作る薬は高度な魔力操作や特殊な薬草や材料の加工が必要だから、多種族や人間には絶対につくりだせないだろう。
しかもそれが、ただでさえ数が少ない妖精族の中でも現在はツェル様くらいしか僕も見たことがない上位種のハイフェアリーの作る薬なのだから、蘇生薬や、無くした身体の欠損を復活させられる薬など、今ではどれほどの値がつくか分からない。
そして、それほどまで人間の作り出す毒の効力が強いと言う現実。僕らを捕まえたり虐げたり使役するためにみせる人間族の熱意や技術の向上、それに加担する者の多さに全く以て憤りを押さえられない。
「全くだっ。人間族共は本当に屑みたいな奴らさっ!自分たちを世界で一番偉いと勘違いしちょる!」
顔を真っ赤にして酒の入った瓶を人の家のテーブルへ叩きつけるゴルゴガンを、苛っとしたらしいマールが拳を繰り出して寝かしつけているのが見えてしまって視線を逸らす。
「……マール、そろそろ夕食の支度をしたほうが良いのじゃないかな。子供たちもお腹を空かせているだろうし」
小声で問いかけた僕の声は、危険きわまりない小娘の甲高い賛成意見に消えていった。
「妾もじゃぞっ!妾だって、人間族の討伐やら奴隷狩りやらから逃げるために人の少ない辺境へ引っ越ししたと言うのに!今度は魔族だのモンスターだのっ」
白熱を続ける仲間たちに一言。
もう、帰って下くれ。




