ラプンツェル、決断する。
「った」
血、でも良いけど髪でも効果は変わらないから、結い上げた髪を一本抜いて渡した。
そのまま見ていると、コポックは一本の細い髪を両手で恭しく受け取り、書類の上へと置いて
「変更内容はどうなさいますか」
事務的に必要なことだけを淡々と問いかけてくる。
こーゆーとこも変わらないなぁ。
真面目を絵に描いたような小人、それが【コポック】なのだ!とでも言い出しそうなくらい、真っ青な髪は七三分けだし、顔には黒のメガネを標準装備で、無表情だし……いや、服装は良く分からない民族衣装だけど。
うーん、昔から思ってたけど、あの服何なんだろ。司祭っぽいけど、上に着てるマントが長すぎてよく見えない……
「せんせいっ」
うわっ。
そうだった、今は契約を変更しないと。
「ユユ、ありがとう。えーっと、契約にあるすべての土地から人間族を居なくならせて欲しいの」
さっき気になったリルケのことも、人間が森から消えた後の方が動きやすいし。
「……ラプンツェル様、お伺い致します。人間に対する侵入不可についてですが、それは現在人間の居住区となっている過去森林を伐採された土地も含め、と言うことで宜しいのでしょうか。このまま契約を変更しますと、人間族全て、森を含む周辺の土地より強制排除し外へ飛ばすことになりますが」
……え、いや、待て待て。
えー、あの、開拓されて街になってるところって、元々は全部森だったんだっけ?
思い出してみると、やっぱり私の塔は森の中だったはず。【緑の家】は、完全に【ラプンツェルの塔】とは反対側の古く深い森の中にあった。
逆に【ラプンツェルの塔】は【緑の家】側の深い森が切れて広い一本道になっていたその反対側にあった小さな森の入り口に建てたんだから。
「塔の後ろの小さな森が、なくなってる……」
今気づくなんて、私はどれほどとろいのか。
今更ながら愕然とした。
後部に合った小さな森はみんな消え、そっくり街に変わっていた。
あの森は、モンスターに追われ逃げてきた動物達の住処を作るために、自分の大事な森を広げようとリルケが新しく育成を始めた若木の多い小森だったのに。
無い。
前方に広がっていたリルケが守るサビアの森も、半円を描くように抉られて街になっていた。
後部の森も同様、綺麗さっぱり消えて街に変わっていたけれど、皮肉なものだと思うのはそれほどまでに木々を切り倒した人間族が森の恩恵を受け、森に守られていることか。
「……」
私は深呼吸をして、想った。
リルケや、木々、森に住む動植物たちのことを。
「うん。【コポック】、人間族すべての強制排除と侵入不可で良いわ。ただし、出て行く時間を少しだけあげて警告を出してね」
「先生、そんな猶予など与える必要あるのですか?」
すかさずトトは、すぐに人間を排除した方が……的なことを指摘してくる。
けれど、其れをしてしまうと人間は家財やお金を持ち出せない事になる。
……それはちょっと、可哀想かなって思うわけで。
「彼らにも、私財を持ち出す権利はあるでしょう」
少し迷ったけど、どうしようもない。亜人はみな、人間を嫌っているようだし、共存は出来そうにないんだから。
……人間なんて、元々ここに住んでいた皆の悲しみを思えば、どうだっていい。
それに、上手く行けば近くの街へ移住できるでしょう。
「承りました。では、現在より24時間を警告期間とし範囲内へ存在する人間族へ退去警告を発します。よって、契約変更は現在より24時間後の明日この時間となりますのでご了承下さい」
コポックが契約書に触れた次の瞬間、
「……感じた?」
ユラリと、何かが体を通り抜けていった。
「はい」
「魔法ですねー」
今の魔力の揺れは発動した退去警告が広がって行ったのが原因か。
「では、明日の同じ時間にまたお会いします。書類肌身離さずお持ち下さい」
コポックが深々とお辞儀をして消えていく。
「……帰ろうか」
すでに、少し不安になった私はどこでも良いから早くホームに帰りたくて、ぽつりとそう言いながら気が付いたこと。
「ギルド、大丈夫かしら」
街にあって、人間が暴動とか起こしたら……
「ああ、あそこはちゃんとポルルの計算を元にアイテムも幾つか設置して建てられていますから、人間からの被害などについては問題ないはずです」
なるほど、それなら…他の亜人たちが人間に悪さとかされる可能性大でしょ!
「亜人のみんなは、無事なの?」
少し怖くなってそう聞くと、ユユが若干冷めた口調でこう言った。
「まぁ、亜人は最悪森の奥へ逃げ込めますからね。愚鈍な人間はどうでも良いですけど」
うっ!ほんと、人間のことになるとみんな冷たい!
……明日人間が居なくなったら、リルケを探しに行って、街をどうするかはその後決まる。うーん、平穏無事にってわけには、行かないんだろうなぁ。




