ラプンツェルは混乱する。
目覚めは突然だった。
ありきたりな異世界小説のように、私は、気がつくと森に生い茂る草木のなかに横たわっていた。
大人になって嗅ぐことのなかった草の薫りが鼻を擽り、祖父母の家で遊んでいた幼い頃を思いだし、まぶたを押し上げ、死ぬほど驚いた。
「……は?」
青々とした巨木の隙間から、澄んだ水色の空が見え隠れしている。視線を下げれば、見覚えのない真っ白なロングスカートと深緑色の厚いマントの裾。白魚のような……手。
「え。あ……あ、え?」
思考がまとまらない。ゆっくり起き上がり、全体を見直せば、薬指に猫目石のついた金の指輪を嵌め、マントの中、ロングスカートは実はワンピースで、足にはよく手入れされた革の編み上げブーツを履いて、肩には小さな刺繍が施された上等のバックをかけている自分がいた。
「待って待って、私は日本人。地球の日本生まれ、二十三才独身普通の会社員、家族構成は父母弟猫一匹……なまえは」
生まれた国も、育った故郷も、家族も友人も、働いていた会社も思い出せる。けれど、一番大事なものが思い出せない。
名前が、名前だけが空白で……。
「ウソ……うそうそうそ!こんな、え?だって、これなになんでこんなワケわかんない展開……こんなの、ほんのなかだけでしょ……?」
自分が誰か分からない。何が起こったのか。
「おち、おちつこう!しんこきゅう、深呼吸……」
両手で口許を覆って、深く深く吐いた。
それから、苦しくなるくらい空気を吸って、吐いて吸って吐いて。
□■□■□■□
落ち着いて森を見渡せば、遠くに小屋が見える。
「あれ、まさか……」
なんの手がかりもないと思ってた。
でも、あの小屋。小屋の屋根に取り付けられた風見鶏には特徴があった。と言うか有りすぎた。
「あの風見鶏って、【キューイちゃん】じゃ」
とあるオンラインゲームのアイテム【風見鶏】は設置するとその家と設定した範囲に結界を張りモンスターや許可のないプレイヤーの侵入を弾くとっても便利なモノなんだけど……。
「しかもあの【キューイちゃん】色が緑ってことは、あの小屋って私の第一ホーム【緑の家】なんじゃ……」
あのゲームをしてたのはもう五年は前。
私のキャラは確かハイフェアリーの女性でゲーム内の年齢は五十ちょっと(ハイフェアリーの寿命はハイエルフと同じ千才設定)だったはず。
ゲーム内の自宅と呼べるホームはいくつか持っていたけど、その中のひとつが遠くに見えるあの【キューイちゃん】が守る【緑の家】だった。私のホームを守る風見鶏達はオリジナル要素を取り入れるために全体的に丸く小さく尾っぽを長めにと注文をしてわざわざ作って貰ったアイテムだから間違えようもない。
「まぁ、とりあえず」
歩いて行ってみることにします。