ラプンツェル、ポチャを思い出せず。
「あら、先生ったら忘れたのね?私と同じ、師匠の弟子だったポルルガン・バロンなのね。先生はポチャって呼んでたわね!」
ポチャ?ポチャねぇ…うーん。そんなコいたかな?
「あれ?ツェル様、僕のこと忘れちゃったんですか?えー?」
お腹を揺らし、白猫ちゃんは子首をかしげて見せたけど、私ははっきり言って見覚えがない。
「うるっさいわよポチャポチャ!今先生が思い出してるんだから黙ってなさいよ!」
でも、みんなが知り合いだと言うならそうなのだろうと一応謝ろうとしたら、街に入ってからわたしの背中に隠れてばかりだったユユが珍しく前に出て白猫ちゃんと向き合って叱りつけている。これは、友達?
それと思えば、今度はトトが親しげにユユの隣へ並び立ち、白猫ちゃんと挨拶しつつ握手。二人ともが小さくて、トトは意外なくらい指が長く男性的、でも所々に調合で染み付いた薬草の緑色が見える指。白猫ちゃんはそのまんま猫の手で肉きゅうフニフニで、爪が真珠色をしていて中指に小さなリングを嵌めている。二人の手のが重なりあい、しっかりと握りあう。
「ポルルガン、元気でしたか?」
「あ、トト。久しぶりですね、僕はこの通り変わらないですよ」
けれど、その親しげな二人を見てユユは何を思ったかバシッとチョップをいれ乱暴に握りあった手と手を引き離し怒り心頭している。
「なによ!トトに馴れ馴れしくしないでっ!アンタ昔はただのデブネコだった癖に!ちょっと偉くなったからってそんな小物まで使い出しちゃって恥ずかしくないわけ?!」
うーん。ユユは白猫ちゃんが嫌い…なのかな。
でも白猫ちゃんは大して気にも止めずに、ただ痛そうにたたかれた手をぷらぷら振っているだけで、トトもソレには触れず、かるーくユユを窘めるだけにとどめていた。
「ユユ、そんな風に言うものではありません。先生が驚いているじゃないですか…」
「え、あ、…先生、ごめんなさい」
いや、謝るのわたしか?
「まーまー、良いじゃないのよね。あんたらもいい加減少し落ち着いてお茶にするのよね」
マールもかなりのマイペースっぷり。この騒ぎのなか、ササッとお茶とお菓子を用意してテーブルに並べ始めた。
「……あ、っと。まずはフードをとるべきだったわね」
私は空気を変えるため、まず自分のフードを下げ、マントを脱ぎ、鞄へ仕舞ってしまう。その様子を見て、ユユも同じように外套を脱ぎトトへ渡す。それを当たり前のように受取り、自分の外套と一緒にカバンへ仕舞うトト。
「あら、ユユにはカバン…あげてなかったかしら」
買い物中も思ったけど、買った品物の全てをトトが受取り、彼のカバンへ仕舞っていた。でも、ゲーム時代の私は間違いなく、二人平等に装備品を与えていたと思うけど?
なんて、小首をかしげてユユを見た瞬間…空気が凍った。
「……」
「……」
「……」
「……」
え…なに。この空気…なに?
ゆっくり、ソファーに座りなおす。黙り混む面々を見つめる。……見つめること三分。
「うっ、…ご、ごめんなさい先生ぇ~」
床に膝をつき、顔を伏せて泣き出すユユ。唇を噛み、青ざめる白猫ちゃん。視線をはずし、黙り続けるトトとマール。
「……どうしたの」
突然のことに正直動揺して、訳がわからなくて、とりあえず小さく深呼吸してから柔らかく聞こえるように小声で問いかける私。
そうしたら、今度は白猫ちゃんが耳を伏せ、項垂れるように言葉を漏らした。
「……僕のせいです」
心細くなるような、そんな声でそう言った。
でも、私には伝わらない。つまり、だから、なにが?
「あの、実はユユの、先生にいただいたカバンなのですが…アレはその」
「申し訳ないです!」
「あれは____」
深くふかく頭を下げる白猫ちゃんは自分のお腹に埋もれ顔が見えない。トトは言葉につまりながら説明を始めたけど、続けられず。ユユは泣いたまま。仕方なくマーちゃんがゆっくり口を開く。
そのゆっくり、ゆったりした説明を纏めると―――。
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お茶を飲み終えたカップをテーブルへ戻しながら、確認のために言葉にする。
「―――つまり、カバンは、壊れてしまったのね?」
あれはトトとユユが生まれたときに貰ったアイテムで、二つセットだったのに……まぁ壊れたなら仕方ないけど。でも、ちょっとした思い出もあったから少し悲しい気もする。
「すみません。僕が悪いんです。僕とマールは自分の荷物を師匠の家に置いていたので、先生が居なくなってから鍵がなくて取りに戻れなくなり、手元に何も使えるものがなくて、かと言って購入しようにも僕らのレベルに合った武器も手に入れず途方に暮れてしまって。そうしたら話を聞いた二人が武器や防具やアイテムバッグを貸してくれて、けれど……モンスターや人間との争いのなかで傷み、壊れてしまって。先生がトトやユユのために用意した大切な武具を、本当に申し訳ない限りです」
白猫ちゃんはそう話を纏め、マーちゃんと二人きっちりと頭を下げた。その姿に、私は謝罪を受け入れ二人に気にする必要なはいと告げ、更にユユを慰めトトへも一声かける。
それから場が落ち着いたのを確認してから、ひとつ、疑問に思ったことを聞いてみた。
「鍵って?」