お人好しの人殺し 8
「近々でなにか用事はあるかしら? 特になければレベリングを手伝って欲しいのだけれど」
「先の依頼の後は、空いております。修道院の方も少しは余裕があるでしょう。すみませんが、あまり稼ぎのない狩場はご遠慮願います」
「ああ、分かってるわよ。適当な狩場を探しておくから、明日はお願いね、それじゃ」
さようなら、と手を上げて彼女は転移した。分解されたデータの粒が光を残し、彼女は消える。アンリはそれを見届けた後、自身もまた転移する。己の塒へと戻るのだ。
……と、
ふと思い出して中空にウィンドウを出して操作する。先の依頼で回収した石を売り払うのを失念していた。
アンリは短く思案して、食堂から近場にある店が眼についたので足を向ける。
がたついた煉瓦の敷かれた洋風の家々が立ち並ぶ168層。その街を歩いているだけで、彼には望むと望まざると視線があつまってしまう。
――泥付き、人殺し……
――リアルPK、電脳死……
――倫理観の欠如した……人でなし……
口々に彼を咎める言葉が囁かれる。
道行く人々にも見えているのだ、彼のウインドウに泥のエフェクトが残っている事を。いかなる理由があろうとも、人は何より結果を重んじる。経緯を斟酌するよりも、結果で断定する方が楽で、便利だから。
そしてその判断もまた、間違いではないとアンリは思っている。如何に弁を弄しても、人を殺した事に変わりはない。
PKプレイヤーには、ゲームキャラクターの死はリアルワールドの死などではないと言い張るものもいるが、全体としては死が連動していると信じているものが多い。
そう、死なのだ。例えそれが、止むに止まれぬ理由であったとしても……。
手頃な店を見つけて扉を開ける。ギシリと軋んだ木扉の奥には眠そうな顔をした男が店番をしている。
アンリは彼に近づくと、徐ろに先の鉱石を取り出して机へ置いた。
「換金をお願いします」
「これは、ドワーフの玉鋼石ですね……、は、はい、換金できます……」
店番をしていた若い男は、なにやら怯えた様子でおどおどとした対応をしている。
それも仕方のない事か。私は泥付き、リアルワールドよりもよっぽど顕著に、この世界では犯した罪が表に出てしまうのだから。
「そっ、それではっ、こちらの額になります……」
じゃらりと机に通貨が現れる。提示された額が相場なのかアンリには分からなかったが、どの道このまま抱えていても使うあてはない。
その額で了承しようとすると、店の奥から髭面の店主らしき男が現れ、店番をしていた男に怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎、ピンはねしてんじゃねえぞタコが!」
「ひいぃっ」
若い男は勢いのまま殴りつけられる。街の中なのでライフ減少はないが、拳の衝撃はそのままに吹き飛ばされる。
「全くよぉ、いつになったら仕事覚えるんだよテメエはよぉ……」
目の前で発生した自体にも眉一つ動かさず、アンリはその場で立ち尽くす。
髭の店主は不機嫌な顔で彼を見やるが、特にそれ以上の行動を起こすでもなく、机に通貨を追加で置いた。
「追加でもう200、これが適正だ。うちは直接素材を扱ってないから少し安いがな」
「どちらの額でも、私は構いません」
こちらを見るなり店を閉めてしまうようなものに比べれば、どんな額であっても。
髭の店主は不機嫌な顔を更に歪めて、怒気を隠さず言って放つ。
「どんなやつだろうが、うちの店を利用する以上は平等だ。誰だって割増割引一切無しだ。どいつもこいつも、な」
「……頂けるのであれば」
アンリは遠慮せず、机に提示した鉱石と引換に通貨を自分のストレージへと収納する。
「おう、それで良いんだよそれで」
ふん、と肩を怒らせて店主は言い張る。
「機会があれば、また」
「おう、また来い」
ぎしりと木扉がまた軋む。外に出た頃には、もう夕方の赤い陽は消え、星々の瞬く夜空へと変わっている。この世界は本当に早く日が暮れる。
クエストをこなして、疲れの出ている身体を労るように自分の巣へと戻る。薄いベッドにぼろ布を引いて、手頃な布を上掛けに置く。
彼にとっては全てが日常だ。人に忌避され嫌悪され、それでも生きる。生きていく。
だが、今日の一日は彼にとって少しだけ穏やかなものであったように思う。
アンリは表情を変えず、とっぷりとくれた夜に輝く二つの月に祈りを捧げる。願わくば、弱き者達が救われん事を。彼は今日も刀を抱え、浅い眠りに落ちる。