お人好しの人殺し 7
剣を納めた彼女と連れ立って道へ出ると、少々目に付いた人の群れがあった。
銀に光るプレートメイルに身を包み、フルフェイスの兜を着込んだ銀色の集団だ。銀糸を編み込んだマントまで着けて、各々の獲物を担いでいる。
「銀の篭手の団員ね、あれは」
「銀の篭手?」
「まさか知らないって事はないでしょう? 白のクランの武闘派第1位ギルドなのだから」
「すみませんが、寡聞にして詳しいことは分かりません」
はあ、とクズハは溜息を吐く。予想外のところで落とし穴だ。この人は自分の回りの事以外は、大して興味がないらしい。だからこそ初手で懐に入ったのは正解だったのだろうが、流石に変人らしき知識の偏りだ。
「良いわ、酒場に入ったら説明してあげましょう」
***
鶏の鬣亭という食堂へ入る。使い古された木椅子に座り適当な品物を注文すると、さて、続きをお話しましょうか、とクズハは口を開く。
「この世界のプレイヤーが三つのクランに別れて競争させられてるのは知っているでしょう?」
「ええ、ログイン段階でランダムに3分割されたプレイヤーがそれぞれ、黒、白、赤の三つの集団に分けられたと」
うん、流石にそれくらいは知っていたか。少しだけ安心した彼女は、大きく頷く。
「黒のクランはフロアボス撃破数1位、物理攻撃系のプレイヤーが多くて、とにかくダンジョンアタックを仕掛けて攻略していこうっていう気風が強いみたいね」
「フロアボス撃破数というのは?」
「各階の上層に登る前に、そのフロアのボスを倒す必要があるのはは知ってるわよね。そのボスは全クランで共通なんだけど、それを撃破した回数が一番って事。ボス撃破はクラン全体へのアイテム配布や、レアアイテムのドロップがあるから、撃破数が高いクランほど豊かで、強くなるって事」
「なるほど、ありがとうございます。続けて下さい」
「次は赤のクランね。赤は黒には劣るけれど、ボス撃破数2位。こちらは魔法攻撃系のプレイヤーが多いわね。ダンジョン攻略もするけれど、何より圧倒的なのは調合や錬成による市場の支配ね。彼らは経済を支配して攻略を進めている搦め手タイプね。聞く所によると、最上階に上がる前にこの世界から脱出する方法を模索しているとかなんとか」
話をしている間に食事が運ばれてくる。肉をパプリカのような野菜と炒めたもので、見た目にも鮮やかで食欲をそそる。傍らには盛られたパンと、グラスには深い紫色の葡萄酒がツノのようなものを繰り抜いて作ったカップに注がれている。。
「はい、この出会いに乾杯」
「乾杯」
かこん、と乾いた音を立ててカップを打ち合わせる。濃い酒精が喉を通り抜けると、渋みと共にカアッと全身に回る熱が身体を温める。
「話を続けるけれど、要するに私達白のクランは既に死に体ってこと。武闘派の揃った黒のクランと、研究熱心な赤のクランに比べて、白のプレイヤーは事なかれ主義というか、今日一日をやり過ごす事しか考えてない人たちばかりなのだもの」
ふむ、とアンリは食事を口に運びながら頷く。強火で焼かれた鳥のジューシー油が、甘いパプリカに絡まって旨みが舌の上で転がる。パンを一切れちぎって皿の下に溢れた油に着けて食べると更に旨い。
「さっき見た“銀の篭手”の面子は、この日和見の白のクランで数少ない例外ってわけ。ま、それでも攻略は難航しているみたいだけどね。誰だって死ぬのは怖いもの」
このデスゲームは12000人のデスゲームでありながら、その実4000が他の8000と争うものでもあるのだ。
「それにしても、最上階には何があるのかしらね。黄金錬成という魔術が必要だとか、その為の釜が置いてあるとか。なんでもこの事件の犯人、声明だと“3に足るもの”だったかしら、彼と戦うのが最終クエストになるなんて噂も聞くわね」
うんうんと唸りながらクズハは腕を組む。アンリは付け合せのサラダに手を伸ばしながら、確かに何があるのだろうかと思案したが、着いてみれば分かることだと直ぐに停止した。
「食事が冷めてしまいますよ」
「ああ、うん、そうね、私も頂くわ。すみません、お酒おかわりお願いします」
「……未成年の方かと思ったのですが、存外強いのですね」
「バーチャルなんだから、年齢は関係ないでしょう。これも酩酊を機械で擬似再現するだけだし、味覚含めて五感全部が作り物なのだから。法の及ぶ範囲ではないわ。身体に影響も出ないしね」
それもそうか、とアンリは頷きを返す。
この感覚も、口に転がる肉の旨さも、手に持ったフォークの感触も全て、電気信号で大体している擬似情報にすぎない。現実の身体には、なんら影響がない。
「リアルワールドにある我々の身体は、果たしてどうなっているのでしょうか」
「さあね、恐らくは何かしらの対処がされてはいるのだと思うけれども。点滴でも繋いで、病院着にオムツをつけられてマグロみたいに並べられてるんじゃない? 植物状態ってやつでしょう、今の私達は」
「回線切断できないというのは、どのような技術をつかったのでしょうね」
「まあ、繋いでいる間はリアルワールドに干渉できないからね。電気信号を遮断している詳しいメカニズムまでは分からないけれど、元に戻るにはこの世界かを飛び出す以外にないのでしょうね」
ざくざくとパプリカをフォークで突き刺しながら、頬杖をついてクズハは応える。余り興味のある話題でもなさそうだ。
「それこそ考えても仕方ないわ。私達が出来
る事は今を生きる事。そしてこの理不尽な世界で物語を終える事、それだけよ」
どこかやけっぱちな様子さえ見せながら、彼女は二杯目の酒をぐいと飲み干した。