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お人好しの人殺し 6

 カランカラカランとドアベルが鳴る。


 荒い鐘の音をバックコーラスに、いかつい中年の男がカウンターの向こうからクズハに微笑みかける。


「いらっしゃい、鉱石は持って来たのか?」

「ええ、ここに。飛び切りの刀を頼むわ」

「おう、任せろ」


 クズハから鉱石を受け取ると、男は奥の間へと入っていく。ここからは彼の仕事だ。


 実際の刀剣を打つにはいくつか手順があるが、特に大切なのは鉄の強度だ。現実での日本刀は鉄の配合などを調整する必要があるが、このゲームでは、単一の素材で一つの武器が出来上がる。その代わりに幾つかの工程が必要とされる。


 調合などは逆に細やかな配合を要する割に、工程自体は少ない。ものが最重要な調合に大して、鍛冶は技師の技量もアイテムに結構な影響を与える。


 炉で鉄を熱し、溶けた鉄を槌で打って伸ばし、伸びたものをまた曲げて折りたたみ、更に叩く。それを繰り返して素材自身の密度を上げる。この工程により、一層頑丈になる。それを何度か繰り返して、ようやく形を整える作業に入る。


 依頼にあったのは両手用の刀であるから、特に強度と切れ味が必要とされる。このゲームで使用される刀は主に打刀であるので、刀身が美しい曲線を描く一般的な日本刀だ。


 大まかな形を作り、先端と片刃のみを叩き、鋭角に成形してゆく。両刃と成らないのは切れ味と強度を両立させるためなどの理由がある。


 このゲームにおいては武器耐久力による切れ味の変化があるので、継戦能力に直結する。特に対フロアボスなどで効力を発揮するのだ。


 そうして形成が終了した後、刀身に泥を掛ける。本職ではこの泥の配合もまた細かい秘伝があるとのことだが、この後の水に漬ける工程と同じく、本作では同じく底までのエンジンは搭載していないらしい。


 あくまで素材を如何に打つか、それだけに焦点を当てられているのは、ある意味でゲーマー向きだ。


 そして泥をまぶされた刀身を、水へと下ろす。


 ボズジュウウウウウウゥゥ


 と激しい音を立てて冷やされる刀剣。これにて制作は終了だ。きっかり10秒漬け込んで持ち上げれば、アイテム精製のエフェクトと共に柄と鞘の付いた剣が出来上がる。


「完成だ。お前さんが今付けてる剣よりは、もう5、6ばかり上級のアイテムだろうよ。重さがある分初速は出ないが、動き出せば慣性で最高速へグンと持ち上がる。威力も相応に上がっている筈だよ」


「抜いてみていい?」

「どうぞ、ご自由に」


 クズハは音もなく、スラリと刀を抜き去る。

 柄に巻かれている組紐は緑で、刀身は使用した鋼の影響か、やや灰色にくすんでいる。それでも決して落ちることのない刃先の輝き。


 照明を反射するその波紋は不規則で、ある種荘厳とさえ言える美しさを見せながらそこに産まれた。


「……さて、銘は何にしようかねえ」


 鍛冶屋の男は、ううんと首に手を当ててうなる。

 如何に依頼されたアイテムであっても、命名するのは作成者の権利だ。


「変な名前にしないでよね、貴方のセンスを信じてるんだから」

「あいあい分かってますよ。……うーむ、そうだなあ……」


 勿論、その後に改名することもできるのだが、結構な手間を要する以上、生産職の人間と問題を起こした場合、嫌がらせのように奇妙な名前を付けられることもある。


「むむむ……“夕雲”でどうだ。夕凪の様に敵を赤く染め上げて曇らせる。雲は叢雲、あるいは虫の蜘蛛に通じる。天叢雲アメノムラクモやら蜘蛛切クモキリにあやかった銘だ」


「その蜘蛛切? っていうのは知らないけれど、いい名前ね。天叢雲なら分かるわ、大抵は凄く強い剣の名前になっているものね」


「凄く強いって、ざっくりしてらっしゃるねえ最近の子は。蜘蛛切は名刀だぞう」


「私と10も違わないくせに、おじさん」

「ええい、おじさん言うな。ともかく受け取ってくれや。返品は受け付けねえぞ」


「うん、試し切りさせてくれる?」


「裏に巻きわらが幾つか置いてある。切ってもいいが一つだけだぞ、リスポーンまで長いんだから。他の性能試験ができなくなっちまう」


 鍛冶場の裏に回り、巻き藁を前にして彼女は腰を落とす。黒い漆塗りの鞘を左手で掴み、じっと力を溜めている。


 ささあ、さわわと木立が揺れる。小鳥に設定されたAIが虫を捕らえる為に飛び立ち、はらりと木の葉が舞う。


 ひら、ひらら。小鳥の嘴が羽虫を捉えて着地する。

 ひら、ふわわ。舞い散る木の葉が地に落ちるその瞬間彼女が動いた。


 地に落ちる木の葉を合図としたのか、あるいは単なる偶然だったのか。達人とは思いもよらぬ偶然や奇跡を産み出すのだ。


 彼女は眼を見開くと、強く右足を踏み出す。そして上体を捻り、納刀された“夕雲”を勢い良く引き抜いて斬りつける。


「ぃやあっ」


 侍ジョブの固有スキル、居合だ。

 恐るべき速さで抜き去られた刀は狙い違わず巻き藁を一閃し、一瞬の静寂を置いて、ずるりと皮が剥けるように両断された。


「ちょっと重いかな、でも、いい刀だ」


 風を切って刀身を振りながら、感触を確かめるように柄の部分を弄っている彼女は満面の笑みだ。彼女としても満足な結果だったのだろう。


 彼は仏頂面のままで、お見事です、と彼女に言葉を掛けた。


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