お人好しの人殺し 5
「それじゃあ、私のレベルを教えておくわね、本当は依頼の時に教えても良かったのだけれど……」
場所を変えて、酒場で個室を借りた。ギルドなどが持つ専用ルームほどではないが、話し合いをするには良い場所だ。個人的な話や、外部に聞かれたくない内容などはこのような個室で行うのが望ましい。
「情報の秘匿は基本的な自己防衛です、お気になさらず」
「そう言ってくれると気が楽になるかな、うん。……改めまして、私はクズハ、ジョブは侍がメインで、当然武器は刀系の両手剣。レベルは190って所かな」
くるくると人差し指を回しながら、クズハは説明する。
「使うスキルの侍系が主で、手数よりも一撃の力が高いタイプかな。速度も早いけれど、その代わり軽装だから防御は低め。避けて当てるタイプと思って頂ければいいかな。納刀術なんか典型的だね」
「ふむ」
「ま、ここまでは私から貴方への誠意だよ、アンリ。多分このパーティを組むに当たって、最初に必要になるのは私のレベリングだろうから……さ。貴方の方がレベル、高いんでしょう?」
「そうですね、もう20ほど」
「210か……思ったよりは離れてなかったけど、それでもちょっと開きがあるね。うん、最初は迷惑掛けると思うけれど、頑張って追い着くからね、待っていてとは言わないよ」
「分かりました」
「それで、その……貴方のことを聴いてもいいかしら?」
「はい、私はアンリと言います。獲物は曲刀と盾の一対。メインは近接攻撃の三日月斬りと、中距離斬撃のヘビーショット。速度はそれほどありませんので、盾で攻撃をいなして反撃するのが主なスタイルです」
「ああ、うん、そういうの教えてくれるのも嬉しいんだけどさ……もっと別の事を聞いたつもりだったんだけれど……」
「? スキルとスタイル以外に、何か必要なことが?」
「ああ、うん、貴方自身の事を聞きたかったのよ。どんな人となりで、どんな事をしてきて、どういう経緯で今ここにいるのか」
「貴方に呼ばれたからですが……いえ、これでは答えになっていないのでしょうね。ふむ、そう言われましても、何を話せばよいのでしょうか」
男は生真面目な顔をしたままでそう返す。
その表情は真剣そのものだったが、その分余計に滑稽さがにじみ出ている。
「そうね、貴方の話したいことでいいわ。無理強いはしたくないし、何より藪の奥底まで突くような趣味はないもの」
「私に話せることは、多くありません」
「ええ、それでも良いわ。大した事じゃなくっても、互いの事を知っておくのはパーティとして大切だもの」
「分かりました。……第一階層の修道院を知っていますか?」
「なんたらって言うギルドが子供達を集めてるっていうあの? どこの誰なのか知らないけれど、随分と余裕のある人が居たものよね。真っ当に考えれば足手まといにしかならないって言うのに」
「実際的な運営は任せていますが、私はそれを組織した一人です」
あら、とクズハは頓狂な声を上げた。妙な男だとは思っていたが、更に妙だ。礼儀正しくはあるが、決して博愛精神に溢れているといった風には見えない。
もしや、子供に並ならぬ愛でも持ち合わせているのだろうか。もしそうなら、パーティ結成は早まったかもしれない。
「この世界で生きている我々の、余力というリソースが少ない以上、割りを食うのは子供と老人です。幸いゲームですので老人はほぼ参加されておりませんでしたが、逆に子供達は多くログインしていました」
顔の前で手を組んで、男は言う。
鳶色の瞳がぎらりと火が灯る。その光は慈愛や純粋さではなく、もっと攻撃的な、野生のけだもののようなぎらついた光線だ。
「子供達を可能な限り助ける。それが私の、“泥付き”の罪を犯した私のけじめです。人を殺したものは人に殺される。決して許されない罪であるからこそ、私は弱き人々を助けると決めました」
「ふぅん、やっぱり自分で言うほど、非道なプレイヤーじゃないのね、貴方。もっとも、“泥付き”だなんて人が聞いたら警戒して近づきたがらないだろうけれども」
「その通りです。誰も人を噛み殺したけだものと共に生活したいとは思いません」
自嘲するでもなく、淡々と事実だけを伝えるように男は呟く。
「そうして露悪的というか、偽悪的な事を言うのが貴方の癖なのかしら。余り耳障りの良いものではないわね、自分を貶めるというのは」
「私は事実を述べているだけです。人殺しは所詮人殺し。いかなる理由があったにせよ、それは決して覆りません」
「そうね……、でも、罪の報酬が死だと決まっているわけではないでしょう……なんて言っても貴方は多分納得しないわね。いいわ、主義主張の話はここでおしまい。もう少し時間あるかしら」
「はい、当面の目標は修道院運営の資金を集めることですが、今は余裕があります」
「そ、それじゃ鍛冶屋に行くからついてきてくれない。早速新しい武器を作ってもらいたいから」
「分かりました、お供しましょう」
微笑みながら大げさにぶりっ子をしてそういったクズハに相対して、男は仏頂面を崩さずに、至極真面目に、おかしいくらい真面目にそう応答した。