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お人好しの人殺し 4

 黒茶けた砂利石を踏みしめて、足が滑らぬように腰を落とす。


 ドワーフの坑道は簡素なカンテラが道道に続いているため、名前の割りには光源が多い。松明などの照明器具が必須という分けでもないため、探索時の安全性はやや高い。


 片手が開いているということは、初動がその分速くなるということだ。片手剣のアンリなどではそれでも戦い易い方だが、両手使いの刀を備えているクズハには死活問題となるのだ。


「私が前を行きましょう」


「ええ、悪けれどお願いするわ……手馴れていりるのね、流石に」


 ***


 しずしずと坑道の奥へと潜る。道中ドワーフが残したとおぼしき機械生命体が幾らか現れたが、特に問題もなく切り捨てられた。


「ここは少し、開けているのね」

「油断なさらず、ここは……っ」


「ギシャアアァ」


 雄叫びと共に、全身を鱗に包んだエネミーが姿を表して斬りかかる。エネミー名アンダーリザード。このフロア特有のモンスターだ。


 本来太陽などで行う体温調節を、地熱の力に頼ることによって生態系の変化した変種だ。長い年月を経てもなお朽ちることのないドワーフの武器を用いる強敵だ。そのAIはエネミーというよりは人間に近い。


 初太刀に弾かれたクズハを庇うように、アンリが臨戦態勢で敵に退治する。

じゃり、と靴底がブーツを噛む音が響く。


 アンダーリザードの獲物は両手持ちの曲刀で、アンリのものよりも二回りは大きい。棺型の盾で押される剣に対抗しつつ、地面からは足を半分離す。


 リザード種は速度の早いエネミーだ。地に足を着けて鍔迫りをしていたのでは次撃が防げなくなる。


 右手の剣を下段に構えたまま、敵が更に切り込んで来るタイミングを待つ。はたして機会は直ぐに訪れた。


 一向に押し切れないことに焦れたアンダーリザードは、一度剣を引いて体ごと後ろへ下がる。反動でアンリの身体が盾ごと前へと押し出される。

 にやり、と鱗の戦士が笑った気がした。


「ギャアアアアア」


 雄叫びとともに、再度リザードがアンリに斬りかかる。

 バランスの崩れた上体に向けて、大上段からの脳天割りが繰り出される。まずい、とクズハは声を上げる。


「避けてっ」


 その声が届いたのかどうか。ドクン、とクズハの心臓が鳴る。

 血液の回る音が酷く五月蝿く聞こえる。世界がスローモーションになる。前に突っ込んだアンリの無防備な頭から、リザードの剣が力任せに振り落とされ……


 ギキィンと激しい音を立てて切られたのは人の柔肉ではなく、またしてもアンリの持つ盾だ。


 彼は前方に押し出された身体の反動を利用して盾の下方を蹴り上げ、剣の軌道へと押し上げたのだ。 結果、反作用として彼の身体は勢いが殺され、逆にリザードの予想外の防御に始まれて後ろにつんのめる。


「はあああああっ」


 その機会を逃すアンリではない。

 鳶色の瞳が輝き、後ろへ溜められた右の曲刀が煌めいた。


 地面近くから、擦り上げるような強力な斬撃。それはまさしく教会で彼の修練に組み込まれていた三日月斬りだ。逆袈裟に切り上げられたリザードには赤いダメージエフェクトが発生し、衝撃を受けて打ち上げられる。


「滅ッ」


 攻勢そのままに盾を左へ振りかぶり、その勢いで叩き落される剣は、先のリザードが使用した脳天割りだ。頭から真っ二つに割かれたエネミーは消滅のエフェクトを咲かせながら、音を立てて崩れ去った。


 呆然としていたクズハだが、たっぷり時間を掛けて正気に戻ると、一つ安堵の溜息をを吐く。


「……強いのね、あなた」


 なんて妙な言葉が出てしまうが、それにしたって魂の震えを抑えることができない。


 スキルだけなら特別なことはなかったのに、あんな立ち振る舞いがあったなんて。下手すると最上位の、攻略ギルドクラスの力はあるのではないだろうか。少なくとも数値だけで図れるような実力ではないだろう。


 ――この人は、


 クズハは思案する。この人はこのデスゲームを、どうやって生きてきたんだろうか。どんな経験をすれば、あんな身のこなしを会得するくらいに強くなるのだろうか。きっと相応の苦しさを味わっている筈だ。彼が背負っているものは、一体何なんだろうか。


「状況は終了しました、進みましょう」

「ええ、そうね……」


 ***


「あったわ、これね、ドワーフの玉鋼石」


 クズハは鈍色の原石を拾い上げ、ウィンドウを操作してアイテム名を確認する。確かに目的のアイテムだ。


「あなたも少しくらい持っていったらどう? 結構お金になるわよ、釈迦に説法かもしれないけれど」


 プレイヤーとしてはクズハよりもアンリの方が上位だ。下位のクズハがあえて助言する必要もなかったかな、と思っていると、男は仏頂面を崩さないままで鉱石を幾つか、黙々と拾い上げた。


「それでは戻りましょう」

「そうね」


 彼女はウィンドウを操作してアイテムを具現化させる。“帰還の小瓶”と言われるアイテムで、最後に立ち寄った街へと転移することができる。今回のように依頼で野良パーティを組んだ場合は、依頼主が帰還アイテムを使用するのがマナーとなっている。


 光の泡に包まれ、それから抜けた頃にはすでに168層アルフィエラの転移門だ。


 その時には既に、クズハの中である発想が浮かんでいた。それは彼女にとってどんな意味を持つのだろうか。それはまだ分からない。


「ねえ、あなた」


 何とはなしを装って、彼に話し掛ける。突飛な行動だと、クズハ自体も感じている。けれど、なぜこの人が泥付きになったのか、嫌うのはそれを見定めてからでも遅くないと思うのだ。


「私とパーティを組んでみない?」


 どんな答えが返ってくるのか、少し怖いなと心の中で思う。けれど、なんだってやってみなくちゃ始まらない。一歩踏み込む勇気がなくては、この世界は生き抜けない。


 精一杯の笑顔で、彼の方へ振り返る。

 仏頂面の男は、怪訝な顔で彼女を見やる。


「私は……」

「例え泥付きでも、貴方には何かある。私にはそう思えた。だから、ね」


 少しの間思案した男は、やがてゆっくりとした動作で頷いた。


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