金色に至る赤 8
「やあやあ皆さん今回は私の招集にお集まり頂いてありがとう、うん、今日は少しばかり懐かしい顔もあるみたいだけれども、今回ばかりは良しとしよう、なんせこんなにめでたい日だ、幸福は誰かと分かち合ってこそ価値を持つのだから」
全身から喜色を抑えられないと言った風で、バロンが諸手を挙げて声を張り上げる。タイトは貴族風の衣装にきっちりと白い手袋を嵌めており、容貌が整っている事が余計に彼の信用ならない魔を強調している。
フロアボス攻略会議は、慣例として黒のクランの発令によって開催されていたものの、制度上は赤と白のクランの代表者にも招集権利がある。ましてこれまで沈黙を守ってきた赤のクランが突然に呼びかけたものだから、一体何の理由かと半ば物見遊山で来ているものも多い。なにせ、まだ現階層はボスを発見してさえいないのだ、本来は対策会議など開かれるべくもない。
一体奴は、何を考えているんだ……
黒のクラン、元一位ギルド、オブシディアン・ナイツのドロテアは、かつての輝きのまま光輝を携えて、壁を背にバロンを見やる。彼女のクランは発言権を剥奪されおり、実質的に戦力として参加するには厳しいものがあるが、参加権はまだ残っている。勢力を落とした黒のクランが、ある種オブザーバー的な役割を期待して残したのだろうが、彼女にとっても都合が良かった。
見極めねばならん。お前は何をやっている、いや、何をやったのだ?
狂ったように騒がしいバロンを尻目に、赤の団員達は常のように一様に静まりかえっている。
ふと、彼の副官らしき女性と目が合う。金の髪が美しい女は、視線が合うと一瞬固まったのち、何やら思う所でもある風についと視線を逸らした。
彼女は……確か、プリムローズと言ったか。腹芸が得意そうには見えない。……何かある、な……
「ああああ大事な事を言い忘れていたね、これが肝心要の肝要これを伝えるためにこそ皆々様を招集したのだから。ああ、ああ、喜びたまえ、今回我々の得た新たなる戦力によって、この馬鹿げた世界攻略の目処が付いた事をお伝えしに来たのだよ」
はっはっはと髭を撫で付けながら派手に笑うバロン。善哉と叫ぶバロンの傍ら、プリムローズの表情は固いままで、その対照がいよいよろくでもない事を始めるのだと告げている。
「さあ、さあ、さあ、歓喜し給え、狂喜し給え、我等は世界への道標を手に入れた、このろくでもない世界の、ヴァーチャルリアリティという偽りの揺り籠から解き放たれる時がまさに今、来たのだから!」
ふふふふふ、ああああっはっはははっははっは………はぁ。
すう、とバロンは居住まいを正す。ネクタイを整え、ジャケットを正し、そうして芝居がかった所作で右手を上げて、そして大きく後ろに振りかざした。
「紹介しよう! 我が赤のクランの新たなる協力者、唯一にして絶対にして無謬にして完全なる執行者、青薔薇の剣士くんだ!」
ゲラゲラと品のない笑いを抑え切れないと言った風に男爵が紹介した男は、攻略会議の皆が見覚えのある男で、青い羽織りに大振りな曲刀、そして棺の蓋のような、特徴的な形をした盾。
ドロテアは眼を見張る。彼は、あの男は、あの人は!
「……」
青薔薇と呼ばれた男は無言で前に進み出ると、小さく会釈をしてそのまま下がる。なんのことはないその所作に、その場に集う皆が息を飲む。誰もが知っているのに、言い出せずに居る。ああ、彼こそは先だって、独力でボスを撃破せしめたあの男ではないのか。
「彼にはこれより最優先で階層の攻略を行なって貰う。実力は皆も知っての通りだ、なぁに心配はいらない、我々が全力でバックアップをしよう遠慮は要らない感謝もいらない、我々は運命共同体だ、互いの手を取りあってこの世界を征服しようじゃあないか。なぁに我々人間は今までだってそうやってきた。高々一つや二つ、支配してくれようじゃあないか」
誰もが顔を伏せる。きっとこの男は、バロンという男は狂人なのだろう。けれど、けれど、もしかしてこの男ならば……、そう思った、思ってしまったのだ。誰もが。
「宜しい、それでは皆、希望を持って解散!」
動揺にざわつく会議場、その中で背を向けて立ち去ろうとする男に、ドロテアは食って掛かる。ぐい、と青の衣が引かれる。
「何故貴方がここにいる、どうしてバロンに従っているッ、貴方の居場所はっ、こんな所では無かった筈だ……」
服を引かれるままに、顔を向けると、アンリはドロテアを見やる。その瞳に色はなく、きっと何も見えてはいないのだろう。かちゃん、と盾の一つが音を立てる。
「子供達はどうしたっ、貴方はあの子らの守り人ではなかったのか」
「協力……協力だと? あの男が善性の人間に見えたとでもいうのか。赤の男は、男爵は、バロンは、あの男の眼は……」
「おぉっと其処までぇ、駄目駄目、私たちのたぁいせつな協力者くんに手を上げるなんて。しかも……おやおや、そちらにおわすのはオブシディアン・ナイツの団長どのじゃありませんか。皆の期待を裏切った、堕ちた騎士殿が何のようかなぁ」
「くっ、バロン、貴様……」
「ああ~憎々しげに見つめたってダメダメ、今や人々の希望は彼がその身に背負って居るんだから。それもこれもキミが失敗したせいじゃあないか」
「私の……私のせいだとでも言いたいのか、貴様はッ」
酩酊したように語るバロンの言葉に、ドロテアは一層苛立ちを露わにした。対する男爵は睨みつけられている事など何処吹く風と言ったふうににやついた笑みを外さない。
「君達オブシディアン・ナイツが昔のまま攻略を続けられるなら良かった、ここまで彼を表に出す必要は無かった。けれど攻略自体が難しくなってしまうっていうんじゃあ、代役を用意する以外にないだろう?」
確かにかの騎士団が力を残していたならば、彼が矢面に出てくることはなかったろう。本来ならば今でも彼は、あの穏やかな孤児院で子供らを見守っていたのだろう。勿論過程の話だとは分かっている。賽は投げられて転がり、そしてもう止まってしまった。今更何事も変えることは出来ない。けれでも……けれども。
「……」
「キミのその沈黙が答えだよ。なぁに心配いらない、彼なら君達の代役を十二分に果たしてくれるだろうからねぇ……さあ、行こうか青薔薇くん」
そのままバロンに促されるように、アンリは歩み去る。
「貴方の正義は、何処へ行ったっ!」
ドロテアは必死に叫ぶ。アンリの耳には聞こえない。




