金色に至る赤 7
気を練る。
力みは剣筋を鈍らせる。柳の様に風の吹くまま、自身を可能な限り薄くする。此方からの攻めを捨て、徹底して後の先を取る構え。正眼はあらゆる方位への対応に大して、相対的に最も適している。
優れた剣の使い手ならば、ここから更に崩しが入るのだろうが、生憎彼女の師はそれを許してくれる程に優しくはない。
握りしめた刀の柄、指先に汗が伝い、濃紺の柄紐にじわりと汗が染みる。
優れた剣とはなんだろうか。速やかのに人を絶命たらしめる剣か、如何な異形妖に対抗する魔剣の類か。それとも、何者をも守り抜くための信念の剣か。
「ふぅううううぅ…………シィィィ!」
覇を吐いて剣を抜く。鞘走りの反動を利用して速力、破壊力を増す抜刀術。ゲーム的に言うならば溜め系の技といった所だろうか。この種の技は一定のモーションを経なければ発動できない。現実的に言えば癖のようなものだろうか。そう言うならば、この世界の中では、皆が同一の癖を持っていると言ってよい。大まかな個体差に眼をつむれば、ある種規定のパターン内に存在する量産型に過ぎない。
彼女の師にとっては、リアルワールドでもまた、そうなのだろう。如何なる剣の達人と言えども、人体の可動範囲外から攻撃を加える事はできない。人は人の領域を超える事はできない。しかし、その不自由な枷の中で精一杯の努力をするのが人間というやつなのだろう。
「相変わらず精が出るわねェ」
声を掛けられ、張り詰めていた気が霧散する。ううん、集中が切れてしまった。まだまだ未熟だなあとクズハが苦笑いを浮かべながら振り向くと、にやりと口元に笑みを浮かべてミルディンが立っていた。
「あなたは、何のために強くなるの?」
問いかけに、クズハは己の顔を隠すようにして額の汗を拭う。その問いの答えなど、
「必死に人を殺す技術を極めて、それで芸術的だ、精神修行だなんて言うんじゃないわよねぇ……」
皮肉っぽく笑うミルディン、クズハは納刀して、腰に獲物を収める。
「無闇に口にするのはあんまり格好良くないじゃない、ねえ、精一杯の格好つけを、最後まで通させてくれないかしら」
ばさりと結んだ髪を描き上げてクズハは笑う。ミルディンも今度は正しく笑い顔になって、ハッハッハと笑った。
「ああ、違いない、意地張って己の我を通すってのは、中々格好いいからねぇ……」
クズハは己がちっぽけな事を理解している。どんなに修練を続けても、きっとアンリには勝てないだろう。それでも、彼女は抗うだろう。この世界での誘われた彼女の信念、“私らはこんな理不尽な世界で死ぬために産まれてきたのじゃない”。
ミルディンは彼女を見守りながら静かに笑う。ホモセクシャルな自分をも包むこの世界の未熟さ、柔らかさは彼も感じている。生死を掛けた世界では、そんな事は些細な事だ。ああ、その無関心さは彼にとって居心地の良いものであったろう。如何にもヴァーチャル、拡張現実な寛容さであったろう。けれども彼は知っている、リアルワールドとは、現実とは、こんなに暖かなものじゃあない。だからこそ、それでも、彼は、そんな理不尽なリアルこそが己の生きる場所だと信じているから、彼は、信念の果てに、リアルワールドを志向するのだ。
幸福を! 幸福を! 幸福を!
ああ、けれども力なき物は踏みにじられる。狂った男爵の背刀が彼らを刺し、子供らの集うこの場所を破壊するまで、あと僅か。




