お人好しの人殺し 3
第168層アルフィエラ
現在ダンジョン攻略を続けているアクティブなユーザーが最も多い街は、活気付いていた。
黒のクランの一団が、新たに231層の攻略に成功したとのこと対抗する赤のクランからすれば業腹だろうが、新たなエリアが解放されるとなればもたらされる利益も多い。
街には多くの人々で賑わっている。
拳士風の男、ターバンを巻いた女、ローブを纏っているのは魔術師だろうか。
中には少なりとは言え、モンスターを連れている者すらいる。
それもスキルに寄るものなのだろうか。
アンリと呼ばれた男もまた、その街の片隅に身を置いていた。
予定していた依頼者は未だ来ない。
彼は酒場の片隅で水の入ったグラスを傾けながら、カウンターに目線を落としている。
「お待たせしました」
彼に掛けられた言葉は、以外にも若い女の声だ。ともすればポレットよりも若いのではないだろうか。
アンリは声の方へと視線を流す。
依頼主は急いだのか、少々汗の光が見えて取れる。
「いえ……お話を伺いましょう。依頼には、護衛だと書かれておりましたが」
「ええ、装備の強化に鉱石が必要になって、流石に一人で行くには厳しそうだったので、上級の人に頼ろうと思ったんです」
ふむ、とアンリは一つ思案する。それほど世慣れていない風でもないが、どうしたものだろうか……。
兎も角も反応を見なければ分からないか。そう思い、身体の向きを直して彼女に話し掛ける。
「依頼を受けました、アンリと申します。獲物は曲刀と片手盾、魔法は使用しません」
「……それと」
精一杯に勿体をつけて、アンリは口を開く。
粘ついた口の中が変に乾く。けれども唇を開いて、音を繋げる。
「私は“泥付き”です」
泥付きという名称は、ある行為を犯したプレイヤーのウィンドウに、泥を掛けられたかのように汚れのエフェクトが貼り付くことから言われる蔑称だ。
その名には幾つか意味がある。主としては犯罪を犯したプレイヤーのことを示す。
この世界が唯のゲームであれば、単なる悪人ロールの一環として充分に有り得ることだったろう。しかしこの世界では、デスゲームとなったこの世界では、何より重い罪を負った犯罪者のスラングでもある。
“泥付き”とはプレイヤーキルを行った者を示すスラングとしても用いられるのだ。
「私を信用されるかどうか、依頼をキャンセルするかどうか、よく考えて決定されることをお勧めします」
「ふぅん、自分からそんなことを言うってのは、後ろ暗い人間は大抵できないものだと思うのだけれど」
白を基調にした和風の装いの少女は口元に手をあて、ふふふと悪人笑いをしている。
彼女なりのロールなのだろうが、彼女の外見には不釣合いで違和感がある。
「それに、貴方はいい眼をしている。暗いけれども、信念の篭った眼だ。私は貴方を信用する、信頼ではなくて信用をね。初対面だもの、この程度が妥当ではなくて?」
「……」
「ま、答えてはくれないでしょうね……随分と特殊な人に当たったみたいだけど、概ね正解みたいね。私はクズハ、武装は変則の両手剣、宜しくお願いするわアンリさん」
「……分かりました、貴方の依頼を受諾致しましょう。……ダンジョンには今からで宜しいでしょうか?」
「ええ、いいわよ。元よりそのつもりだったもの、善は急げ、ってね」
差し出された手を握りながら、アンリは立ち上がった。
***
「今回の目的はドワーフの玉鋼石。刀を作るのにそれが必要なのよ」
目的地の206階層、ドワーフの廃坑の入り口に立って、彼女はそう告げた。
「今の武器も悪くはないんだけどね。そろそろ上級の武器に持ち替えないと厳しくなってきたものだから……」
「ダメージソースの底上げは大切です」
男は仏頂面を崩さずにそう応える。噛み合っているのか微妙な掛け合いだが、男にしては良く返答している方だろう。
腰まで伸びたすらりとした黒髪を振り乱し、肩で風を切って歩くクズハの容姿には、陽性の明るさがある。陰に薄暗いアンリすら、ついつい口数を増やしてしまうほどに。
「さて、これから潜るけれど、基本は幾つか当てたらスイッチを繰り返す形で良いかしら。合図は口頭でね」
「問題ありません。盾がありますので、それなりに長く保ちます」
「うん、宜しい。それにしても、少し変わった形の盾よね。まるでそう……棺の蓋みたい」
盾のについて言及されて、彼は少し身じろぎをした。
「曲刀に合わせるには、この形が私に向いているようでしたので」
「ふぅん、そういうものかしら」
「ええ、そうなんです」
彼女は少し訝った様子だったが、それきり追求して来ることはなかった。
「さて、それじゃあ潜りましょう」
「ええ」




