金色に至る赤 3
赤の領内は工業化していた。
それは偽りなく事実だった。各所に配置された蒸気機関、延々とシリンダーを動かし稼働する鉄の脈動。紡績区画は延々と糸を紡ぎ、ベルトコンベアに流された部品が見る間に組み上がっている。
プリムローズに促されて彼らの研究区画へ足を踏み入れて以来、その空間は余りにも別次元であった。外は中世であるのに、内部は少なくとも工業革命以後の様相を呈している。
これが彼らの言う、技術力というものか。アンリは胸中で呟き、そして彼女の自信ありげな様子に得心した。確かに、これほどの研究を行なっているのであれば、あるいはこの世界を抜け出す方策を探る事も出来るかもしれない。
「これこそが、我が赤のクランが誇る合同研究区画ですわ」
胸を張ってプリムローズが言う。アンリは知らず開きかけていた口に手を触れて押し留める。
「蒸気機関を応用した各種自動機械を元に産業革命以後の技術を試験的に稼働させ、物資の大量生産と同時に新技術の研究を行なっていますのよ」
「……なるほど、この匂いは蒸気ですか」
工場と言ってよい規模であるのに燃料の匂いが薄いのは、石炭や化石燃料ではなく蒸気を主に使っているかららしい。
「流石に石炭なりを集めるのは難しかったですからね。代替として熱を持つ鉱石などを使用して、エネルギーを蒸気に変換していますの。創作などで偶に目にする、スチームパンクというのかしら? それのように蒸気が主な動力源になっていますのよ」
ふむ、と彼女に導かれるままに、歩みを進めながらアンリは進む。確かに独特の熱があるが、もうもうと煤煙が立ち込めるほどでもない。ある種クリーンなエネルギーなのだろう。
「この区画では研究者が200名ほど、それぞれの技術解析と開発を行なっていますの。一先ず貴方をお呼びした方の所へご案内いたしますわ」
プリムローズに従って、鉄を編んで作られた通路を歩く。カンカンと靴底が響く金属の音は、長く忘れていたリアルワールドの感触をアンリに思い出させた。
十字路を幾つか過ぎると、幾何学的に配置されたそれぞれの部屋の中の一つに通された。奥へと進むと、灰色のデスクに向かって何か書物をしている男が、待っていたよ、と二人に声を掛けた。
「赤のクランへようこそ。私がここの代表をしている者だ。皆からはバロンと呼ばれている」
白い髭を蓄えた壮年の男は、人懐っこい笑みでアンリへと両手を差し出す。彼は少し警戒した後、差し出された彼の両手を握った。
「ああ、ありがとう。最近は余り外の人間と離す機会がなくってね。こうして来て頂けるのは有難い事だよ」
柔和な笑顔の男は袖に付いた埃を払いながら言う。彼の纏った白衣はインクと埃で少し黒ずんでいるが、下に纏ったダブルのスーツは綺麗なもので、シャツも丁寧に糊が効いている様子だ。
「早速だが実験に入ろう、話はもう聴いているだろう?」
「バロン様、少々せっかちですわよ。まずはお話を伺ってからにするべきですわ。それに、実験については此方に着いてからご自身でお話するって言ってらしたじゃないですか」
「ん? そうだったかな。いやはや失礼した。どうも気が急いてしまってね。なんせ久しぶりにデータが取れそうな人が見つかったんだ。嬉しくってねぇ」
ふにゃりと笑顔を和らげてバロンは笑う。プリムローズはしょうのない人です事、と小さく溜息を吐いた。
「私がプレイヤーのモーションデータを集めている事は少しくらい聴いているとおもうが……」
だから、言ってませんて、とプリムローズが制するのも構わず、喜色を前面に押し出してバロンは話を始める。
「手伝って貰いたいのは、君のモーションを取らせて頂きたいのだ。それもシステム内スキルと、身体能力の両方で」
「両方……と申しますと?」
「この世界では使用可能なスキルが設定されているのはご存知だと思うが……」
バロンはまたしても勿体つけて、たっぷり間を開けて言葉を続ける。
「設定したスキルを使うと、そのスキル通りの動きを行う。皆が決まりきったモーションで動くんだね。けれども、それはシステム敵補助が掛かっている。その動きというのは、補助無しの自前の能力のみで発揮出来るのかどうか。そして、発揮できた場合の違いは、威力は、速度は、技後の硬直は、身体への負担は? どうなるんだろうね……」
「それが、世界を攻略する鍵になると?」
「さて、一つや二つ解き明かした程度で総てが繋がるなんて思ってはいないけれどね。少なくともボス攻略組に対しては、攻防における体捌きの最適化には繋がる筈さ」
自信たっぷりに笑顔になってバロンはそう言い放つ。
「この世界はバーチャルなんだ。最近は現実を一々リアル、ワールドなんて世界を着けて語る事が一般的になっているみたいだけれども、本来はリアルとバーチャルワールドという関係性である筈なんだよ。現実の従物としてのバーチャル、リアルあってこその仮想現実。我々がバーチャルを理解出来ないわけはないし、本質的にはこの世界では、現実で可能などんなことでも出来る筈なんだ」
「きっとこの技術を高めていけば我々は空も飛べるはずなんだよ。世界が我々の下にある存在であると、皆にもう一度思い出してほしいんだ」
嬉しそうに、朗々と歌い上げる様に、それこそが己の使命であるといった風に、男は言い放った。




