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不自由な世界 9

「暗剣、破月」


 彼の持つ曲刀、葦切が凛と風を斬る。盾の曲面を鞘に見立て、その上を鞘走りさせる事で威力を増幅させる。斬りつける右腕にそって右足も強く踏み込まれ、鞘走りに合わせて身体が大きく開かれる。


 この技もまた、アンリの開発した独自の技であり、物理エンジンを使用したシステム外の技術だ。そしてなにより、未完成の危険な技だ。


 この技は技後硬直し易い上に、攻撃後の体勢が、敵に向けて身体を開いた状態になってしまうからだ。


 本来、戦闘においては身体の側面を前に出し、相手から見た攻撃可能面積を減じるのが常道となっている。それで補えない場合、盾や鎧などの防御を用いる場合もある。


 だが、この技の場合、盾自体を攻撃に使用するため、急な反撃に対処が出来ない。


 文字通り、一撃で倒さねば我が身を危険に晒す。1合に命を掛ける、それは荒削りで、突飛な技であった。


「殺!」


 振るわれる薙に飲まれ、巨人の腹はずんばらり。防御行動を取ったのか、前に突き出された右腕もすっぱと深く斬り付けられ、あんぎゃあと大きな悲鳴を上げた。


 アンリはその体勢のまま左足で傷口を蹴りつけると、一気呵成に、執拗に、変質的に傷口を狙い続ける。片膝立ちになっている巨人の身長は、3メートルほどで、立位時に比べて大分身長の有利が減じている。となれば上方からの攻撃も当然減じる。即ち、横対横の戦いになるのである。


 その上でアンリの取った戦法に解説を入れるならば、これは単純だ。弱った部分を徹底的に叩く。聳え立つ城塞に蟻の穴を開け、それを執拗に切り崩す、それだけだ。


 斬って叩き、殴って蹴り刻み。延々と嬲り続けて幾時間か、事が終わった頃には、巨人の青い血で辺りは池になり、彼は脾肉を上げた笑いとも悲しみともつかぬ絶叫の表情を表している。後衛達は恐れおののき、回復役は目尻に涙を溜めながら回復を打ち続けた。


 ついには巨人の体力が切れ、消滅エフェクトと共に中空へ霧散する。室内にはチープなファンファーレが響き、ボス撃退を告げる。最後の一撃を加えた格好で固まっていたアンリは、消滅を確認してからたっぷり10秒時間を置いて、ゆらりと後ろにいる彼らの方へと向き直る。


「ヒ、ヒヒヒイィ」


 笑いとも引きつりともつかぬ声を上げたのは誰だったのか。少なくとも、それが腰をぬかした後衛陣の誰かであった事は確かだ。


 アンリはその怯え声も一顧だにせず、抜き身の剣を下げたまま門扉の方へと歩む。


 一歩、二歩。重苦しい足音。じゃり、と砂埃が舞う。踏み締められる毎に、三歩、四歩、幽鬼のごとき男が、眺めていた彼らに近づいて来る。


 アンリはそのまま剣を高く掲げ、勢い良く振り下ろす。勿論それは彼らを斬るためで無く、曲刀に付着した血糊の払う仕草であった。バーチャルでは必要のないその動きが、現実世界での彼という人間を垣間見させた。


「約定は果たしました。ゆめ忘れる事のなきように、お願い申しあげます」


 彼は刀を腰に釣り直すと、いっそ滑稽な程馬鹿丁寧にお辞儀をしてそう言った。これにて彼の勤めは終了したのだ。


 そのまま、静かに歩み去ろうとする彼を、先に議長をしていた男が止めた。


「アンタ、そのスキルは一体……」


「スキルでは有りません、剣術です。それも極めて邪道の」


「邪道……いや、なんでもいい。アンタが手伝ってくれるなら、攻略はもっと早くに進む筈だ。なあ、次、次も手伝ってくれるんだろう?」


「約定は果たしたと、そう申し上げました。これ以上は私の及ぶ事では御座いません」


 断じてつかつかと歩み去るアンリの後ろ姿をみやりながら、男は途方に暮れたように佇んでいた。


 ***


 第一階層、修道院跡。子供らに囲まれて、どうしたものかとドロテアは思案する。


 彼は勤めを果たすと言っていた。だが、それが何なのか分からない。そも、私はこの場所に居て良いのだろうか。お尋ね者を匿ったとなれば、この子達にも累が及ぶやもしれない。もし強引な連中が、ここに襲撃でも仕掛けてきたなら……。


 がちゃり、と門扉を開ける事が聞こえ、人の姿が現れる。


「帰ってきたのかしら」


「戻った?」


「おじさんが帰って来たぞ~」


 わあわあと子供らが騒ぐ。だが、もう一人連れが居るように見えるが……。


「団長ォ!」


 アンリと共に戻ってきたのは、あれはオブシディアン・ナイツの元団員、クロムウェルだ。


「お会いしとうございましたぁ、団長おぉ」


 感極まった様子で、クロムウェルはぽろぽろと涙を流している。奥にいるアンリは気にする風でもなく、平然と戸締りをしている。


「ああ、良かった。生きておられた。まだ生きておられた。ああ、ああ、自分は嬉しゅうございます」


 おおんおおんと涙ながらに再開を喜ぶクロムウェルをなだめ、事の次第を伝えるまでには幾らか時間を要したが、それでも晩飯には間に合った。


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