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不自由な世界 7

 しばらく泣きじゃくったドロテアは、涙を拭うと外に出たいと言い出した。少々バツが悪くなったのだろう。否を唱える必要もなく、アンリは彼女に連れ添って外へと出る。


 部屋の外は出るとその場所は第1階層、アンリの子供らが集う元修道院であった。

 子供らと追いかけっこをしながら楽しそうに笑っているミルディン。あちらでは悪童にスカートでもめくられたのか、クズハが顔を赤くして怒り散らしている。ポレットは皆を窘めるように声を上げるが、荒くれな子供達は意にも介さずに笑い声を上げ、走り回っている。


「こんな場所が、この世界にもあったのだな……」


 無邪気な子供らの遊ぶ様をみて、深く染み入るように低い声でドロテアが呟く。


 元気に遊んでいた子供の一人が目ざとく二人を見付けると、無闇に大きな声で叫ぶ。


「あ、昨日のねーちゃん。おまえもこっちこいよぅ」


「むぅ……私か?」


 指で自分を差して首を傾げるドロテア。どうしたものかとアンリへ視線を泳がせるが、彼は表情一つ変えずに黙っている。


「ねーちゃんも遊んでくれるだろ? なぁなぁなぁ」


「ぬ、しかし、私は……」


 言い合っているまに、次々と子供らが集まって彼女へと視線を向けている。困ったようにまた視線を向けても、アンリは微動だにしない。


「……遊んで上げて下さい。私は少し、出かけねばなりませんので」


「……何処かに行くのか?」


「ええ……己の勤めを果たす為に」


「おじさん、また外に行くのか」


「いってらっしゃい」


「晩飯までには帰って来いよー」


「ちょっと、早く帰って来なさいよ。このコら元気が良すぎるわよ」


 子供らに押し潰され、へばった様子でミルディンが叫ぶ。クズハは真っ赤になって、こくこくと首肯する。その様子をみて、アンリは片頬だけ笑って見せる。


 ぎゃあぎゃあとがなり立てる子供らのワの中へ、ドロテアが歩みを勧める。アンリはそれとは反対に、門扉の方へ、輪の外へと足を向ける。


 いかなる死が訪れようとも、彼らは進まなくてはならない。昨日失敗しようとも、明日は成功させなければならない。それがこの理不尽な世界で希望を一心に背負う、攻略ギルドの役目だ。


 実の所、黒の1位ギルド壊滅は彼らにとっても結構な痛手だった。単純な人員ならば2位ギルドが補填しているが、何より厄介なのが戦闘の熟練度だ。これはスキルというよりも、単純に場数と言った方が良いだろう。


 オブシディアン・ナイツはこれまで、誰よりも多く戦場に出て、戦場の最先端で戦ってきた強豪ギルドだった。名実共に最強であったその牙城が崩れたとなれば精神的動揺も計り知れない。


 立て直しを図る為に再度行われたボス攻略会議は紛糾していた。


 最前線に長く居た時間だけならば白か赤のクランが全体を主導するべきなのだが、白のクランでは実力が伴わない。一方の赤のクランはというと、決定に従うとの消極的な発言をするのみで前に出ようとはしない。


 そうかと言って、黒の新1位ギルドにいきなり全体指揮を求めるのも荷が重い。要は誰が責任を負うのか、そのなすりつけ合いのような場になってしまっているのだ。


「誰か意見のあるものはいないのか?」


 暫定的に議長となった銀の篭手の男が声を荒げる。だが意見なぞ出る筈もない。誰もが自分の言葉尻を捕まえられ、責任を被されるのを恐れているのだ。こんなざまでは、声など上がる筈も無い。


「……すみません、議長」


 議長を務める男は机に伏せていた顔を上げる。発言か、と喜色めいた顔を見せる彼の思惑とは裏腹に、声を上げたのは会議室の扉番をしていた男だ。男は直ぐに消沈するが、期待をもたせた扉番に当たり散らすように乱暴に応答する。


「なんだ?」


「入室許可を求める男が来ております。……その……オブシディアン・ナイツの名で」


「なにィ」


 最早解散した筈だ。だが、本当に残っているのならどれほど楽に物事が進むだろうか……。ありえないと分かっていても、この閉塞を打破してくれるのではと、微かな期待があった。男はありえないと知りつつも、ついには入室を認めてしまう。


 入ってきたのは二人。一人は確かに元オブシディアン・ナイツ。確かクロムウェルとか言ったか。血気盛んな男だが、決して指揮官向きではない。こんな場に来ても壁の花がせいぜいだ。

 そして、もう一人はどうだ。あの広場でそのクロムウェルと斬り合いをしていた男ではないか。


「入室許可、有難く」


 ゴゴン、と音を立てて厚い扉が閉じられる。果たしてその男こそ、泥付きのアンリであった。


「約定は果たしたぞ。次はお前の番だ」


「ええ」


 二人は言葉少なに意を交わすと、前へと進み出る。


「この会議の責任者は誰か?」


 よく通る低い声でアンリが問いただすと、議長を務める男は1も2も無く応答する。


「私だが」


「私は取引を提案します」


「取引?」


「オブシディアン・ナイツの開けた攻略ギルドの穴、私が塞ぎましょう。その代わりに、彼らの罪を不問にして頂きたい」


 どういうことだ、穴を塞ぐだと。会議場にざわめきが起こる。議長は槌を打ち鳴らして場を鎮めると、改めてアンリに問う。


「穴を塞ぐとは、どのような意味か?」


「文字通りです。前線でのボスへの壁役、攻撃役。その2つを私が引き受けます」


「お前1人が、そんな大役を果たすと言うのか。人1人が、軍団規模の働きをして見せると言うのか」


「もし私が力及ばず死んだならば、皆さんは退却して改めて策を練れば宜しい。撤退可能である事は既に証明されている筈です」


 ふむ、と議長は思案する。確かに、負けたとてギルド外のプレイヤー1人、それも泥付き1人の損耗で事は済む。受けても損はないが……


「罪を不問にするとは」


「彼らへの追走、追撃、その他一切の攻撃的干渉の禁止。団長以下上位プレイヤーへの責任追及の禁止。可能であれば、今後の黒のクラン領域での活動権利の保証」


「ちょっと待った、最後のは通らない。何を言ったってあいつらが人死にを出したのは変わり無いんだ。今更戻ってこようなんて虫が良すぎる」


 黒竜闘士同盟のギルド員が口を挟む。黒のクランとしても、それは外せない事なのだろう。彼らにも否があるとは言え、直接の発端となってしまったのは矢張り、オブシディアン・ナイツの敗走にある。


「他は、問題ありませんか」


「出来る出来ないで言えば飲める範囲ではあるけどよう……アンタ、そんな対価貰って何がしたんだ。アンタ確か、白のクランだった筈だよな」


 誰もが思う。この男は何がしたいのだと。一人でボスを相手取る。その変わりこの男が得るのは、自分のクランでもないギルド員の安寧だ。裏を勘ぐるなと言う方が難しいだろう。


「己の契約を果たす、それだけです」


 にやり、と傍らでクロムウェルが笑う。議長の男は逡巡して、それから決を取るために、再度木槌を振り上げた。

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