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お人好しの人殺し 2

「では、こちらは宜しくお願い致します」


 仏頂面のまま、男はポレットに革袋の中身を託す。

 少女は、呆れたような顔をしながら品物を受け取り、大切そうに胸に抱える。


「はあ……分かりました。……それと、ほら、腕、出して下さい」


「腕、ですか?」


「怪我をなさっているでしょう。上級の方には手当なんて必要ないのかもしれないですけれど、そのままにしておいて言い訳がありません」


「しかし、自動回復で明日には完治するのですが」


「それでもですっ。膝小僧を擦り剥いた子供じゃないんですから、きちんと手当させてもらいます。きちんと洗って包帯を巻くくらいさせて貰いますよ。そうでなきゃ、これは受け取りません」


「ぬう……」


「ほらほら、早く上着を取って下さいな。私はこの後夕飯の支度もしなくちゃ成らないんですから」


「……分かりました。お願い致します」


 男は観念したのか、するりと青い上掛けを取り、肌着を脱ぎ去る。露わになった上半身は、精悍な若者の隆起した筋肉が鎧となっている。

 そしてその上に、無数に刻まれた傷跡がある。


 爪痕のような獣傷らしきものから、明らかに人の手によるものと分かる刀傷まで、無数に刻まれた暴力の痕跡は、設定されている自動回復では最早修復されない。


 浅黒い肌に刻まれた無数の傷跡の、左の肩口辺りに赤々とした真新しい怪我が残っている。


「……」


 少女は悲しそうな顔をして、彼の傷口にそっと触れる。男は驚いた風もなく、痛がる素振りすら見せずにじっと身を固めている。


「こんなになってまで、どうして……」


 どうして戦うのですかと、言いかけて彼女は言葉を噤んでしまう。答えなど決まっているのだ。子供達の為以外にないだろう。

 そのために、彼は……。


「私は義務を果たしているだけです」


「それは貴方が大人だから? それとも」


「私が私だからです。他にありません」


「そう……意地っ張り」


「……」


 少女は投げ捨てるように言葉を吐き捨てるが、男は微動だにせず、ただ眼を開いて彼女の言葉を一つづつ受け取っている。


 少女は何を言っても意味が無いと悟ったのか、無言のまま薬箱から包帯を取り出して彼の腕に巻きつける。くるくると手際が良いのは、子供らの怪我に慣れているからか、それとも男の治療に手馴れているからだろうか。


「……夕食にしましょう、直ぐに作りますから、子供達と遊んでやって下さいな」


「はい」


 ***


 本日の夕餉は黒パンと豆のスープ、それに一品付け足されたソーセージが一切れ。

 育ち盛りの子供らには少々量が少ないが、彼らは文句一つ言わず、美味しそうに食事を取っている。


 少女はそんな子供達をまぶしそうに見つめ、男は相も変わらずの仏頂面で、何を考えているのか分からない顔でとつとつと食事を口に運んでいる。



 簡素な食事が終わり、一晩過ぎて後。


「むん」

「くおっ」

「ふぅっ」


 薄靄に隠れた、控えめな太陽が世界に顔を覗かせる頃。上半身を晒して、演舞のように独特の動きで曲刀を振るう男の姿がそこにあった。


「ぬん」

「ぬっ」

「はっ」


 本来、この世界『エンシェント・トリニティ』において、素振りによるパラメータ上昇などはない。

 いや、正確には極序盤には多少の上昇があるのだが、少なくとも上級となっている彼には影響を及ぼさない。


 けれど彼が素振りをしているのは何故か。


 それは精神修養の為だ。いかなる強者であっても、それは十全に戦うことを前提としている。銃を持っていることと、引き金が引けることは別の事なのだ。


 力があることと、立ち向かえること、その違いを理解しているからこそ、彼は己の精神を研ぎ澄ます為に、こうして修練をしている。


 この世界では肉体以上のデバイスはない。

 感覚がフィードバックされる以上、痛みや恐怖なども戦闘に影響するのだ。


「はあああああっ」


 一際大きく息を吸い、腰を落として剣を溜める。身体を縮めるようにして、体内の筋肉を張り詰めさせていく。


「シィッ」


 ぴぃん、と風を切る音がした。


 張り詰められた力を一気に放出して、眼前の敵を右斜め下から切り上げる。


 曲刀のスキル、三日月斬りだ。

 基本的なスキルだが、それ故に修練には向いている。また汎用性も高く、実践ではかなり有用である。


 男は技を放った姿のま、しばらく身体を固めていたが、我に帰ったように体勢を戻すと、彼は流れ出る汗を拭い、手早く身支度を整えた。

 そのまま門扉に触れ、修道院を後にしようとする男に、背後から掛けられる声がある。


「いってらっしゃい、おじさん」

「今度こそ剣を教えてもらうからなっ、絶対だからなっ」

「怪我しないでねぇ」


 男は声のする方へ見やると、子供達が笑いながら彼の方を見ていた。

 傍らにはポレットが、不安そうな顔で佇んでいる。


 少女は悲しそうな顔で、けれど精一杯の笑顔を作って、


「いってらっしゃい」


 と彼に激励の言葉を掛ける。

 男は外へと足を向け、背中で風を切りながら彼女に応答する。


「行ってまいります」


 子供らの声援を受けて、彼はまた進むのだ。戦場という荒野へ、ダンジョンという魔窟へ。

なるべく早いスパンで更新していこうかと思います。

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