不自由な世界 5
黒のクラン第1位攻略ギルド、オブシディアン・ナイツ壊滅の報は、瞬く間にプレイヤーに響き渡った。
なにせ攻略最有力のギルドだ。それが転落したとなれば嫌でも話が大きくなる。世事に疎いアンリですら耳にしたのだ。
オブシディアン・ナイツは赤白両クランのギルドとの共同ボス攻略戦で、大敗を喫したのだ。黒のクランより参加した攻略メンバーの殆どが死亡し、オブシディアン・ナイツは既に少数の生き残りと留守居しか残ってはいない。
黒の第2位ギルド“黒龍闘士同盟”と、白の第1位ギルド“銀の篭手”は戦線離脱後に共同声明を発表。
今回のボス攻略においてオブシディアン・ナイツが重大な違反行為を行った事。そして生き残った団長ドロテアの捜索を求める緊急クエストを同時に発令した。
オブシディアン・ナイツは今回の事件で解散し、残存した団員達も批難を受けぬように街に潜った。
街の様相も様変わりした。黒のクランは第2位ギルドが繰り上がりで支配する形となり、銀の篭手がそれを追認した。しかし急な失脚であったので移行は速やかには行われず、“黒竜闘士同盟”の強権に対して否を唱える声も多い。
「正直言って、あまり良い噂聞かないのよねぇ、黒竜闘士同盟って。ある時期から急激に拡大したギルドで、確かに規模やら力量を考えれば他にはいないって感じなんだけど、どうにもきな臭い噂が絶えないったら」
ミルディンがそう言うように、クラン1位の継承は決して円滑に行われなかった。
黒のクランが根城にしていた領域は治安が悪化し、綱紀粛正の名を借りたPKまでもが横行していた。そんな騒動も何日か経てばいずれ終わる。弱き人々はただ嵐が通り過ぎるのを待つように家屋に閉じこもり、己に累が及ばぬように静かに祈った。。
荒れた黒のクランの領域をアンリが往く。騒乱の割りを食うのは子供達だからだ。事実、今回の騒動で行き場を無くした子供達の何人かを、彼は保護していた。
そうして常の様に、彼らが潜んでいそうな裏路地へと脚を運んだ彼が、見つけたのは、変わり果てた姿のドロテアだった。
自信と精気に満ちた頃の面影は無く、褐色の肌に映える銀糸のごとき御髪も灰を被りくすんでいる。服には水を掛けられた跡があり、見る影も無く汚れている。
「ああ……お前か……。そうか、……ここは白のクランの領域だったのか……」
胡乱な眼でアンリを見やるドロテア。町中なので傷は受けていないようだが、それでも心の疲弊はどうしようもない。
「ボス攻略に失敗したと伺いましたが」
「失敗じゃないよ……陥れられたんだ……。他のギルドの奴らからすれば、私らは邪魔だった……。人間が、私らの最大の敵だったというわけだ……」
反芻するようにゆっくりと、億劫そうに言葉を噛んで口にするドロテア。精細に欠けたその姿は見るも無残だ。
無理もない、今や彼女は逃亡者だ。逃げて隠れてを繰り返す内に人の悪意に飲まれ、心が擦り切れてしまったのだろう。
「お陰で今やお尋ね者だ。私はもう駄目のようだよ……、人々を導くのが私の使命だと、思っていたのだがな……」
自嘲する彼女。芝居がかった口調も、今の様子では薄ら寒く空転してしまうばかりだ。
「ああ、お前は知っているのか。人は死んだらどうなるんだ。どんな顔をして死んでいた。苦しんだのか、嘆いたのか……私は、死んだらどうなるんだ。領地を追われ、漂泊のこの身はもう滅びるしかないのか……」
呟きは懇願のようで、まるで誰かに殺してくれと願っているようで。
もし彼女が疲弊していなければ、気付いたかもしれない。それを耳にした男の眼に、一筋の光が灯るのを。
がちゃがちゃとプレイヤーが鎧を鳴らす音が聞こえる。彼は彼女を隠すようにして身を傾け、騒音が遠ざかるまで彼女を地に押し伏せる。
「いいんだ……もう……いずれ見つかったとして、それがなんだと言うんだ。リアルワールドに我々が帰還する見込みなどない。全て口約束じゃないか……。あの日、プレイヤー全員に配られたロールに書かれていた文句。彼の言った通り、世界は籠になった。誰も羽ばたく事は出来ない、ああ、逃げる事なんてできないんだ……」
「ならばここで死にますか」
「そうできるなら、それも良いかもしれないなあ……先に逝ってしまったメンバーが、許してくれるかなぁ……」
ボンヤリと宙を眺め、そうして震える手を伸ばす彼女。本当に精気のない。このままにしておけば自死してしまいそうなほど、彼女は一人ぼっちだ。
「ああ、怖い、怖いよ。誰が死にたいなんて思うものか。消えてしまいたいなんて思うものか……ああ、 」
もがくように身体を動かし駄々をこねる。しかし、そこまで言うのが限界だったのか、彼女は静かに身を横たえる。
アンリは彼女の傍らで少し思案した後、倒れたそれを抱え上げ、何処かへと運び去る。
騒がしい部屋の中で、彼女は――




