VR犯罪対策班 2 バーチャルとリアルワールド
「さて、先ずは犯人を探す為に、彼――便宜上彼としておくよ――の思考をなぞってみよう。彼の声明は君も聞いていると思うがね、私は、犯人はリアルワールドとバーチャルの違いについて、随分と曖昧にしているように思うね」
大げさなデスクチェアをくるくると回しながら、少女は思考する。対する男、赤穂哲也はメモを取りながら少女の話を注意深く聞いている。
「曖昧、とは」
「現実を絶対的な上位世界と考えていない風に読み取れるのだよ、例えばね」
指を立てて、彼女は解説する。小柄な少女に教えを請う青年という、傍目に見れば可笑しな構図ではあるが、彼自身は自分の仕事に誠実だ。必要であれば、犬猫にでも頭を下げるだろう。それが仕事人としての彼の矜持だ。
「仮想現実だなんて良く言ったものだけどさ、実際問題として、リアルとバーチャルの違いってそれほど大きくないんだよ。昔は拡張現実だなんて言われていたけどね。作り物が三次元的に動作して、ついには三次元的な人間の電気信号を二次元のゲーム内に落とし込めるようにもなってしまっているんだからさ。案外、既にどちらも法則が違うだけで、等しく現実になっているんじゃないかね」
ま、彼の頭の中では、という但し書きは付くがね。私までそう思っていると言われるのは心外だが、案外当たらずとも遠からずというのが中々難しい所だね。少女がひとり言の様に呟くので、赤穂のメモも追いつかない。彼が必死にうつむいて色々と書き連ねているのを見ると、彼女はほう、と嬉しそうな顔をした。
「胡蝶の夢というやつだ。人生を終えたつもりで、実際には一晩の夢だったという。我々が現実を現実として認識している確固たるものというのは、実は存在しないんだよ。時間軸が正常で、重力があって、脈絡があって……なんてのは、あくまで我々が過ごしてきた現実という世界の共通認識から産まれた価値観だ。夢の方から見れば、時間軸が整っている事がおかしいし、そもそも脈絡がないという脈絡が、夢の中では存在するのかもしれない。VRだって同じさ。完全フルダイブ型の環境では、全身の機能がゲームへ飛ぶだろう? 身体行動から思考、呼吸脈拍まで。現実にも存在するが、ゲームにも存在する。それはどちらが正しい、どちらが間違っているというものではないよ」
現実が現実でない。現実とバーチャルを定義するもの。一度に考えてみると、やはり頭が混乱してしまう。
「ああ、君を惑わしたかった訳じゃない。私らは要するに見たい方を見てよいのだ、という事だよ。リアルワールドが現実だと思うならそれでいいし、VR内や夢の中が現実だと思うのならばそれでいい、という事だ。ま、未だに大抵の人間はリアルワールドこそ現実だという考えから脱却できていないようだけどね」
他にはこんな考え方もある、と彼女は付け加える。
「仮想現実は現実よりも夢に近いと考えた方が良いかもしれないね。夢というやつは昔からよくよく考察されてきた。ユング、フロイトの夢分析。芸術の分野でも夢という題材は多く扱われている。夢幻能なんてものもあるが、人生そのものと言うほどでなくとも、それなりに移ろいやすいものだよ、リアルワールドなんてものもさ」
「移ろいやすい、ですか。けれども我々の身体は現にこの場所に存在している」
それが社会によって構成された共通認識というやつなんだよ、と彼女は言う。
「我々の見ているものなんて、こう見えるのが正しいって誰かが矯正したものでしかないんだから。見た通りにものを受け取れる人間なんていないんだ。そうしてひと通りの見え方にする事が社会の功罪でもある。前提条件を省くための機能だ。自分の見ているものと、相手の見ているものが同じであるという前提をまず作る。その上で、ようやく物事についてのあれこれを議論しようということさ。実際、そう悪いものでも無いんだが、こいつはどうしても柔軟性に掛ける機能だからね。VRなんて言う新しいものに対する認識としては、定義付けが不十分なままに前提を確定してしまう事がままある。リアルワールドは加速度的に新しい概念を生み出しているのに、概念を枠に嵌める機能が時代遅れになりかけているという事さ」
「ふむ、抜本的な転換が必要だという事でしょうか。所謂パラダイム・シフトというやつでいいのかな」
「そうだね、VRについては、既存手段での把握は時間が掛かるだろう。なにせ我々は世界を丸ごとひとつ創造したに等しいんだ。これまでとは規模が違うんだよ、何もかもが圧倒的なんだ」
きっと犯人は、我々とは違う尺度でバーチャルを測っているんだよ。そしてそれは多分、我々の言う現実に限りなく近いものとして見ている。
彼女は椅子をきぃ、と鳴らしながら、そう呟いた。




