不自由な世界 2
「決闘だ、決闘が始まるぞ。黒のクランのクロムウェルが決闘を始めるぞ」
民衆の中から声が上がる。なるほど、あの男のネームはクロムウェルと言うのか。アンリは一人得心しながらも葦切の柄を握り締め、相手を観察する。
獲物は大振りの西洋式両手剣。一撃の威力が高い点はミルディンの両手斧と同様だが、此方は重量が減少した代わりに取り回しが効く。
片手剣よりはいくらか不自由ではあるが、それでも重さだけで押し切る斧や槌とは一線を引く。重量武器ではなく、技巧によって相手を叩き潰す武器。それは正しく大きな剣なのだ。
「盾は使っても構いませんか?」
「ふん、好きにしろ。後になって文句をつけられても敵わんからな」
がちゃりと金属音を立てて、左手に盾を装着するアンリ。
棺の盾は葦切と同様、先のレベリングから整備が行われていない。それは相手も同じだろうが、それでも互いの装備がどの程度損耗しているのかは未知数だ。
「剣士アンリ、決闘をお受けします」
「ふン、人殺しがいっちょ前に名を名乗るとはな。いいだろう、俺はクロムウェル。“オブシディアン・ナイツ”のクロムウェルだ。さあ、誰か合図をくれ」
声と共に、誰かが貨幣を投げ入れる。
にやりとクロムウェルは嫌な笑いを口元に浮かべながら、両手を剣に添えて正眼に構える。アンリは盾を前面に押し出しつつ、剣を持つ手を後ろに引いて様子を伺おうとする。
宙に舞う貨幣、くるくると太陽光を反射して回転する。
優位な場所を確保する為に、アンリは太陽を背に相対出来るようにと体重移動をさせる。クロムウェルは砂地の上でざりざりとブーツを滑らせる。踏み込み損なったのだろうか。
音もなしにくるくるり、貨幣は頂点で一瞬静止し、ふらりと力を失って墜落する。
いつでも一歩を踏み出せるようにと、警戒しつつも体重を寄せているアンリ。クロムウェルはブーツを滑らせたまま、それでも笑っているままだ。
果たして砂地に効果が落ちて、チリンと小さな金属音を立てた。
決闘が開始される。アンリは想定通りに身体を逃し、太陽を背にするように回り込もうとする。
対してクロムウェルは滑らせていたブーツに力を込め、砂を捲き上げて散らす。
「!」
咄嗟の判断で盾を前にかざしたアンリだが、予想外に高く舞っていた砂埃は彼の目に入り込み、視界が制限された。
「卑怯なっ」
観衆の中からクズハの声が聞こえる。だが実際の所、この程度は卑怯というほどの事ではない。事実、本来の意味での決闘ならば、決闘とは名ばかりの多対一などザラに行われていたのだ。
あくまで一対一の形式を守っている点では、少なくともこの決闘自体は随分と真っ当なものだ。それに、砂による目潰しも現実に使われる戦法の一つであるので、使用することに何ら問題はない。
「品がないわね、相手の男」
戦い方として褒められたもので無い事も、また同様であるが。
「ぐぅっ」
強い異物感を感じつつも、アンリは決して眼を閉じない。本来反射的な行動ではあるが、人体とは訓練によってそれを克服することが出来る。難しくはあるが、絶対に不可能な事ではないのだ。
反射する身体を理性で抑え付け、理屈に寄って本能を捻じ伏せる事。アンリが行ったのはそれだけの事だ。
それでも若干視力が低下した事に間違いはない。かと言って眼を擦ろうにも、装備を離す暇など無い。何故なら、
「ッシャアアアアァ」
両手剣を抱えて切りかかってくる相手を盾で受け止める。そんな隙を与えるような事がある筈もない。
今剣を離すわけにはいかず、盾など離した途端に身体ごと両断されてしまう。
流石に攻略ギルドに所属しているだけの事はある。的確に打ち込まれた打撃は力が乗っており、迂闊に盾を引けば同じく切り伏せられてしまうだろう。
「ッチェアアアッ」
クロムウェルは攻撃が盾に受け止められたと見るや、左手を離して剣の鍔を上から握り直し、鋸を引くように刃筋を平行に立てて一気に引いた。
ギャルルリリィと派手な音を立てて摩擦する鉄の音が派手に響き、傾けられた剣先がアンリを襲うと見せて、彼は上体を沈める事でどうにか攻撃を回避する。
「避けるかい、それなりに使えるみてェだなあ泥付きぃ」
「……」
アンリは素早く上体を立て直すと、二歩前進する。重心の踊っているクロムウェルに一撃を加えようと、盾の側面から脇腹目掛けて横薙ぎを加えるが、力任せに降ろされた両手剣に弾かれる。
クロムウェルの戦法は上品な騎士のそれではないが、少なくとも野戦では相当な効力を発揮する様子だ。
アンリは剣を引くと摺り足で身体を下げ、次の一撃に備える。
「うぉおおだらぁ」
クロムウェルが次に繰り出したのは刺突だ。アンリは渋顔を作りその剣先を弾く。
「その剣は、悪し」
盾の傾斜した装甲に弾かれて上へと逸れる剣先。けれどクロムウェルはものともしない。
「それはどうかなァ」
――不味いか、
宙へと泳いだ剣先には最初から力が入っていなかった。弾かれることを想定していたという事だ。なれば、ここから次の攻撃が、来る。
「ぬぅん」
力なく打ち上げられた筈の剣は、またも力づくで抑え付けられ、揺らいだ剣筋はそのまま袈裟斬りの形に移行する。
身体ごと前へと出たクロムウェルの刃が、今度こそ盾を超えてアンリの首元へと――




