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不自由な世界

「じゃあァ」


 ミルディンの抱えた両手斧の強烈ななぎ払いが、眼前の敵をなぎ払う。骨の固まりのような姿の敵の一体が、斧に押し潰されてバラバラに砕け、消失エフェクトを残して消え去る。


「スイッチいくわよ」


「はいはい」


 一撃を斧の柄で受けた後、飛び退いたミルディンと切り替わる様に、前へと出るクズハ。

 だが刀は鞘に納められたままで、両手とも徒手空拳だ。


「はあああああっ」


 納刀からの高速抜刀術、キィンと耳鳴りのような高い音を響かせて、雷光のように鞘走った一閃は敵の胴を一刀両断した。


「――っ、ふうっ」


「終わりみたいねぇ。おつかれさま、クズハちゃん」


「そっちもね、ミルディン」


 互いにねぎらいを言葉を掛ける二人。中空に浮くウィンドウには勝利メッセージと獲得した経験値と金銭、ドロップアイテムが表示されている。


 ふと、チープなファンファーレが鳴り響く。レベルアップを知らせる音だ。


「ふぅ……これでレベリングもどうにか一段落かしらね」


「おめでとうございます」


 少し離れたところで彼ら二人を見ていたアンリは、顔を崩さないままで賞賛の言葉を送った。

 傍目には怒っているようにも思えるが、実際は彼のニュートラルな顔なのだとクズハには分かる。


「アンリさんも監督ありがとうね。これでどうにか、パーティメンバーとしての面子は立つかしらね」


「いいんじゃなぁい、女は強く、美しくなくちゃいけないわよ」


「貴方に聞いてるつもりはないんだけどね……いつの間にか一緒にいるし。まあ害が無いからいいけれども」


 そうなのだ。いつのまにかパーティは三人になっていた。アンリとクズハ、それにミルディンもまた、二人に着いて来たのだ。


「アンタ達を二人っきりにするのはちょっと心配だからね。当然着いて行くわよ」


 とは彼の弁。実際クズハと同等レベルの実力は持ち合わせているので、彼女と同様、若干のレベリングでアンリに追いついた。


 彼に視線を向けると、禿頭の彼はしなを作って悩殺のポーズを取った。気色悪い。


 先の決闘時に衝突したデルフィは、その後現れていない。

 彼らは自分たちの関係者、特にアンリは子供らに危害が及ぶのではないかと危惧していたが、今の所その様子はなさそうだった。


 あの男はいま、何処に居るのだろうか。


「では、もう帰還で宜しいですね」


「あらぁ、せっかちさんだこと。早い男は嫌われるわよ」


「はいはい、私は構わないですよ」


 それでは、とホームへ帰還する。168層、いつもの転移門前だ。


「あら……また暗い顔してるのね、あの子達は」


 ミルディンが呟く方を見ると、一様に顔を伏せて陰鬱に鎧を鳴らしている集団が目に入る。あれは確か……


「銀の篭手、でしたでしょうか」

「そうよ、一応白のクラン第一位の攻略系ギルド。といっても、戦果のほどはお察しと言ったところかしらね……まだ来るみたいね」


 アンリの言葉に応答するように、新たに転移のエフェクトが現れる。


 光の中から現れたのは、ばさりと赤いマントを翻した集団と、最後に黒い全身鎧を纏った豪快な男達が少し遅れて転移門へと現れる。どこかのダンジョンから帰還してきたのだろう。


「ああ、赤と黒のクランね。ボス攻略でもやってたのかしら。それにしても、なんでまたこんな階層にきているのだか……」


 黒曜石のように黒く輝く鎧を着た男がは往来を見渡すと、胸を張って声を張り上げた。


「本日。231階ボス攻略戦は我々“オブシディアン・ナイツ”が討伐した。黒のクランの諸君、安心しろ、世界は我々の味方だ。希望を絶やすな、牙を磨け。我こそはと思うものは力を蓄えよ、われらがギルドへ来るが良い」


「……ああ、ボス撃破の告知と勧誘ね。それにしても両脇に白と赤のクランを並べるなんてね。あれじゃ従ってるみたいに見えてあんまり嬉しくないわねぇ……」


 ふん、と満足気に鼻を鳴らした男は辺りを見回す。


 それは運が悪かったのだろう。彼がf偶然目線を止めた先に、アンリがいたのだから。


「貴様、泥付きだな。私の目の黒い所でPK行為などさせんぞ、よいな」


「……」


 アンリは黙っている。獅子のような黒の男は全身を怒らせて彼に向かっているが、彼は常の様に陰鬱な顔をしているだけだ。


「なんだその反抗的な眼は。貴様ッ、我がギルドに逆らうのかッ」


「いえ……そのような事は、決して」


 アンリとしては常の様に対応しているのだろうが、それが相手に取っては一層無礼に映ったらしい。黒の男は顔を真赤にして更に怒鳴りつける。


「ふざけるな。言葉で誤魔化しても私には分かるぞ。貴様のような男が、この世界の人に仇為す悪党である事など。ああ、決闘だ、諸君、場所を開けたまえ、さあ、決闘だ。拒否権など認めん」


 男がそう言うと、黒のギルド員達が強引に人々を押しやり、空間を作る。その中に取り残されるのは先の男と、そしてアンリたちだ。


「アンリ、きちんと話そう。きっと分かって貰えるから」


「そうね、誤解なんだから、どうにかなるでしょう」


「……」


 無言のまま立ち尽くすアンリ。男は抜剣すると、彼の傍に居るクズハとミルディンを見咎める。


「なんだ貴様らは、そいつの仲間かぁ」


「……私達は……」


「……剣を抜くというのなら……」


「なんだ?」


 ここにきて、アンリが口を開いた。彼は二人を民衆のなかへと押しやると、武器を抜いて黒の男の前へと立つ。


「剣を抜くのであれば、私もまた剣で応答する以外の方法を持ちません。例えそれが間違った事であったとしても、間違えてしまった私は、それ以外何も出来はしない」


「はン、御託はいい。決闘を受けるという事でいいんだな。宜しい、それでは先に一撃を当てた者が勝者だ。せいぜいひっ捕らえて洗いざらい吐かせてやる」


 口角から泡を飛ばして激する黒の男に相対したアンリは悲しそうな顔のまま、無言でぎゅっと武器を握り締める。


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