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お人好しの人殺し

 白のクラン領内、第一階層最初の街。命をベッドにした戦いが始まって三年と数ヶ月、今や旨みのないこの街には、人もまばらだ。


 商店などはNPCのおかげで機能しているが、多くの者はそれぞれの実力に合った上位階層の街へと拠点を移している。


 ここに残るのは、最初から戦闘に参加しない、またはできなかった者達のみだ。


 そんな中で、彼の様相は一際異様であった。大振りな曲刀と独特な形状の盾を携えた、一人の剣士。


 濃紺の衣服に銀糸の刺繍を施した服を羽織り、伸び放題になった髪は乱雑に後ろで括られている。無精髭に関しては最早処置なしと言ったところで、はてさて野武士か落ち武者かといった風体である。


 彼は“泥付き”“月の化身”そしてあるいは、こう呼ばれる――“人殺し”。


 さぞや暗い人間のように思われるのだが、しかし彼の眼はどうだ。薄く開かれた瞼の奥に見える鳶色の眼は、吸い込まれるような独特の魅力を放っている。

 贔屓目にも美しいとは言えぬ粗雑な装いであるにもかかわらず、煌々と輝く瞳は見るものを引き寄せる、独特な雰囲気を彼に纏わせている。


 すわ魔性のものだろうかと問いかけたくもあるが、しかしこの世界は既に魔性のけだもの達が支配する世界なのだ。彼らに比べれば、この男のなんと理知的なことか。


 彼が向かったのは、一つの修道院である。この世界での宗教はフレーバー程度のものであるが、何より広く、集団生活に向いているという理由から購入された場所だ。


「只今戻りました」


「おかえりなさい、アンリ」


 鉄の錆びた門扉を開くと、小奇麗な修道服を身にまとった女性が微笑んで彼を迎え入れた。

 その声を聞きつけたのか、はたまた軋んだ門扉の音か、とにかくも彼を発見した少年は、奥から顔を出すなり大声で叫んだ。


「ポレットおねえちゃん、おじさん帰ってきたの?」


「こぉれ、おじさんって言うのはダメでしょっ!」


「お気になさらず。彼らから見れば、大抵の人はおじさんおばさんでしょう」


 野武士然とした男はくすりとも笑わず、これまた生真面目な言葉で彼女に返した。

 子供らは反省した風もなしに、次から次へと彼の元へと駆け寄ってくる。


「へへへ、おかえんなさい、おじさん」


「おじさーん、今度剣おしえて~」


「おじさんおじさん、ミキがこの前さー」


 わらわらと子供達に囲まれても、男は顔色一つ変えようとしない。

 しかし彼らはむっつりと笑い顔も無しに佇んでいる男に怖気づくでもなく、寧ろそれを楽しむようにしてあれこれと話しかけては楽しんでいる。


「皆さん、すみませんが、まず物品の整理をしなければなりません。お話を聞くのはその後でお願いします」


「「「はーい」」」


「それではポレットさん、行きましょう」


「はい、今回もお疲れ様でした……本当になんてお礼を言ったらいいのか……」


「私が個人的にしていることです。お気になさらず」


 とむっつり顔を崩さずに男。ポレットと呼ばれたシスターは苦笑して彼を見やる。


「いつもそうおっしゃるんだから……せめてお食事と、身だしなみくらいは整えて差し上げます。今日一晩くらいはお泊りになっていかれるのでしょう」


「そうですね、お邪魔でなければ」


「貴方がお邪魔なら、私達は皆貴方より先に外に出なくちゃなりませんよ、アンリさん」「そうですか、それは大変です」


 本当に変な人だなあ、とポレットは溜息を一つ。

 呆れが半分、恩人を無碍にできない気持ちが半分といったところだろうか。


「さぁさ、奥へ入って下さいな、どうせいらないって言っても貴方は色々と置いてゆかれるのでしょうから、せめて分別くらいは手伝って頂きますよ」


「はい、勿論です」


 噛み合わない奇妙な男、しかしポレットは気にした風でもなく、彼を修道院の奥へと通した。



 ***



「今回はこれだけになります」


 男はウィンドウを呼び出すと、指先で幾つか操作をする。

 すると、収納されていた荷物が一纏めになって、がちゃんと机の上に落ちた。


「開けてみてよろしいかしら」


「どうぞご随意に」


 革袋に何やら色々と詰まっているようだったが、なにやら硬い音がしていたのが気にかかる。

 何が入っているのやらとポレットが袋を開くと、中から出てきたのはまばゆいばかりの宝石と金貨の山だ。


 彼女はくらりと貧血を起こしたように身体を揺らす。

 彼女達が真っ当に稼ごうとするなら、何年たっても足りないであろう量がその中にはあった。これらを売り払うだけでも一財産築けるだろう。


「また、こんなに沢山」


「二百階辺りに良き狩場がありましたので。それに、運も良かった」


「嘘おっしゃい、並のクエストやらダンジョン攻略ではこれだけの量は手に入らないでしょうに」


 語尾を荒げるポレットだが、男はどこ吹く風と言った風に顔色を変える素振りも見せない。


「本当に、貴方が悪いことをしていないか、偶に不安になります」


「貴方に誓って、決して」


「……それならいいのですけれど」


 彼が糞真面目な顔で答えるので、ついつい毒気を抜かれてしまうポレット。

しかし気を取り直し、美しい金の髪を掻き上げながら彼に反論する。


「前にも申し上げたかと思いますが、ここの維持にはこんなに沢山はいりません。これは貴方が手に入れたもの。もっと貴方自身の為に使うべきですっ」


「これが私の考える最良です」


「だからっ、こんなにお金になるものばかりあっても使い切れません、と言っているんですっ。使わないお金があっても無駄なだけなんです。この世界のリソースは有限なんですから、余裕のある内に次を考えた余裕を作るべきなんですっ。武器を新調する、とか、防具を新調するとか……」


「私はこの装備が最良と判断しております。相応の事態が起きない限りは、こちらで対処可能です」


「だからぁ……ああ、もう、分かりましたよっ。子供達のご飯を無駄に一品増やしてやりますよっもうっ。……本当に、ばかなひと」


「ご理解頂けて恐縮です」


「嘘おっしゃい、最初から譲る気なんてなかったくせに、頑固者」


「仰るとおりです、猛省致します」


「治す気なんてない癖に、ホントにもう……なんだってこんなに優しくしているのだか……、自分の命だって掛かっているでしょうに」


「命掛けであることと、人に優しくすることは矛盾いたしません」


「そりゃそうでしょうけどね、そういう余裕のある人は滅多にいないものでしょう。誰もが自分の事だけで精一杯になってしまうんだから……私は不安ですよ、いつか貴方がどこかで死んでしまって、ここに帰ってこなくなるのではないかって……」


「自分は死にません」


 不安げに俯くポレットに、力強い声で男が応える。男の眼光に、一層の輝きが灯る。


「自分は決して死にません。自分の犯した罪に誓って」


 男はそう言いながら、自らのHPゲージを見やる。

 通常は緑に白の縁取りがされているそのゲージが、しかし彼のそれは汚れた警戒色で縁取られている。


「我が罪に誓って」


 男は自らの中で繰り返すように、そう呟いた。



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