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一年に一度の日



 宝瓶(ほうへい)の月のサラマンダーの四の日。現実世界に於いては一月の四週目の火曜日に当たる今日も、俺とリリーナは二人揃って宿を出た。宿の主人に「相変わらず仲が良いな、ブラッキー・スローター!」と豪快な笑い声と共に見送られてモルステンの第七階層通りに出て、下の階層通りに繋がる階段を目指していた。


 今日は冒険者ギルドに寄って、良さそうな依頼を受けて、その報酬で今日と言うこの日が誕生日であるリリーナのプレゼントを買いに行こうと言う話で、リリーナは少し浮足立っていた。この一年はずっと一緒に居たこともあって、リリーナが嬉しそうにしていると自然に自分も嬉しくなるのは、人付き合いが下手だった一年前と比べて随分な進歩だと思う。


 しかし、依頼を受けるのだからそうそう浮足立ってもいられない。


「リリィ、少しは落ち着きを持った方がいいぞ?」


「え、そう? ムフフッ」


「気味悪いぞ、その笑い方」


「あ、ひどいなぁ。これでもプレゼント、期待してるんだけど」


「期待するも何も、リリィも一緒に依頼こなすなら自分で買うのとあんまり変わらないだろ」


 と、まあ《黒ずくめの屠殺者ブラッキー・スローター》なんて呼ばれている冒険者二人はいつもの調子。いや、自分で言ってたら世話ねーけど。


「それはそうだけどさ~。嬉しくて当たり前だよ。一年ぶりだから」


「誕生日なんて一年に何度もあってたまるかよ」


 そう言って溜め息を吐くと、リリーナは俺よりも大きい溜め息を吐いてジトッと睨んでくる。


「分かってるでしょ?」


 と、それだけを言って。


 そりゃあもちろん、俺だって分かっている。こうしてリリーナの誕生日を祝うのは二度目だ。


 最初の一度目は一年前に焼けた村から逃げ落ちてから一ヶ月ほどが経った頃に迎えた。俺もリリーナもまだその時にはまだ村が失くなったことから立ち直れていなかったが、それでもリリーナを連れて旅に出た俺は以前に村の青年団に聞いていたリリーナの誕生日が近いことに気付いて、励ます様に祝ってやったのだ。


《料理》スキルを覚えて、熟練度を上げて、祝うためにケーキを作って──幸運を呼ぶと言う宝石ピクシーアイズが嵌められた指輪まで送って。


 今思えば恥ずかしい事をしたものだ。この世界には女性に指輪を贈る習慣はないらしいが、それでも十二分に恥ずかしい事をしでかしたと思う。


 その時贈った指輪は今もリリーナの右手の薬指に嵌められていて。


 確か、指輪を嵌める指には意味があると言う話で、安心感を与えると言う右手の薬指に嵌めると良いと促したのだったか。


 まあ、リリーナは喜んでくれて、ある意味では俺とリリーナの旅はその時から始まったと言っても良い。それまでは色んなものを失い過ぎたリリーナを連れて歩くばかりだったのだから。


「ああ、分かってるよ」


 だから、俺はそう言って。


「けど緩んでたら危険だぞ?」


 って、また注意する。リリーナに死なれたら、きっと俺は今後何もしようと思えなくなるかもしれないから。




 そんなこんなで冒険者ギルドへ訪れると、二人して依頼の貼られた掲示板と睨めっこ。中々良さそうな依頼はない。


「地下墓地の四十層に出現する《グリームグルー》の粘液採取……」


「嫌です」


「そっすか……」


 しかし、本当に良いと言える依頼はない。


 依頼は基本的に迷宮都市らしく迷宮関連のものが多く、そこに出現する魔物を倒してアイテムを集めてこいと言うものが大抵だ。中には《地底湖》などで採れる鉱石を掘ってきて、と言う依頼もあったりするのだが、なかなか自分たちに合う依頼はない。


 あるにはあるが、つい先ほどリリーナに即答の却下を貰ったような《地下墓地》の依頼ばかりが残っているのだ。そう、鼻がどうにかなってしまうほどの腐臭が漂う地下墓地の依頼しか残っていないのだ。


「だったら適性レベルのところに行ってみるか? 二人じゃ難しいかもしれないけど」


「クロがいいなら私もそれでいいよ?」


 と、聞けばすぐにそう返事が返ってくるが──


「地下墓地以外でね」


 なんて。


「しかし、適性レベルか……」


 自分が81、リリーナが68だから、どの迷宮に行くにしても大体四十五層から五十層辺りの依頼が最適だろうか。あの辺りは魔物の強さもレベル70ほどだから、問題無いと言えば問題無いだろう。


 となると──


「この地底湖五十層に出てくる《ウェーブスパイダー》の灰結晶か、回廊五十層の《ノクターナルナイト》の槍の穂先か、庭園五十層の《ソーンパラサイト》の種か──ん?」


 全部五十層の依頼である。モルステンの地下迷宮は二十五層ごと進むと大型の魔物が出現する大きな部屋があるのだが、五十層と言えば丁度それだ。


 うへぇ……これは面倒臭い。大型の魔物なんてのは少人数で挑むようなものじゃないんだ。


「うん。やめとこうか」


「えっ、やめちゃうの?」


 面倒臭いと思ってそう言ったのに、何故かリリーナがいつもと違う反応を見せる。


「いやいや、五十層の大型魔物って、ボスクラスだからさ。確かに一度は倒した事のある魔物だけど、さすがになぁ……」


 ちなみに地下迷宮の行き来は入り口にある《転移魔法陣(ポータル)》によって直通で指定した階層へ一瞬で行けるのだが、一方通行で帰る事ができない。帰還用の《転移魔法陣》もあるにはあるが、時間でランダムに生成されるため運が悪いと歩いて地上を目指す事になる。加えてモルステンの迷宮の特徴である夜の一度の大発生時期のこともあって、戻るのには時間に余裕を持って行動しなければいけない。


「行くのはいいんだけど、レベル70のボスクラス相手に平気でいられないしな。元々あれは六人でパーティー組んで、他のパーティーと一緒に倒すような面倒臭い相手だし。そう言うの考えると、帰るの面倒臭いだろ」


 ついでに加えると、二十五層や五十層は大きなひとつのエリアとなっていて大型の魔物が出現するが、その上下の層(二十五層なら二十四層と二十六層)には互いに行き来できる直通の階段があるので、冒険者たちはよほどの事がない限り二十五層や五十層には立ち寄らない。


 これは当然、そこで出現する大型の魔物が強力でひとつのパーティーで挑むには無謀とも呼べるほどで、かと言って倒した所で別段これと言うアイテムも手に入らない。つまりは倒すだけ無駄なのだ。たまに上質な素材が手に入ったり、挑んだが敗れてしまった冒険者たちが使っていた装備が拾えたりするのだが、命の危険を冒してまで戦う理由はない。


 そんなボスクラスの魔物から手に入るドロップアイテムはなかなか流通せず手に入らないので、こうして依頼が出ていることもある。依頼そのものの報酬はかなりの額なのだが、これでも十人を超える連結パーティーで挑んで完遂しても、配当で随分と減ってしまうためにあまり冒険者たちはこう言った依頼を受けたがらない。だからこうして依頼主がキャンセルしないかぎり掲載期限まで残り続ける訳だが……。


「久々に依頼を受けるってんだから、それなりに安全な方が安心できるかな」


 俺はそう言って、地下回廊四十七層から四十九層で出現する魔物の素材集めの依頼を掲示板から剥がし取る。あまり報酬は良くないが、この辺りが安全だろう──


「って、リリィ? お前はなんで五十層のやつを剥がしてるんですか?」


「え? ついでだから受けようかなって」


 …………。


「無理言うなよ!? 言っとくけど俺がまだレベル73の時に行ってボロボロで帰ってきた時のことを忘れたとは言わせねぇぞ!?」


「だめだよ、クロ。依頼って言うのは困ってる人が出してるんだから、冒険者が受けないと問題は解決しないんだよ?」


「いやいやいやいや! ボスクラスの依頼ってのは大抵金持ちや商人が欲しいだけだろ!? ってかどうしてこういう時だけ自分の意見を強く押し出すかなぁ!?」


「えっ?」


 …………。


 一年一緒に居てやっと気付いた。リリーナ……お前は無自覚なんだな。もしくはわざとか。それはそれで怖い奴だな。


「だめ?」


「うぐっ……」


 そんな上目遣いで見られても、俺は絶対……


「うぅ~……」


「……はいはい。分かりましたよ。俺が死にかければいいんですね」


「やった~! よーし、頑張るぞ~っ!」


 災難だ。まさかこれが誕生日と言うイベント補正なのか。


 ああ、腕の一本や二本は覚悟するしかないのか……。


「とりあえず、受付行くぞ。はぁ……」


「ふふっ♪ 頑張ろうね、クロ!」


「ああはい、そうっすね……」


 どうにでもなりやがれ。


「すみません、依頼の受注いいですか?」


「えっ!?」


 ギルドホールの受付に地下回廊五十層の《ノクターナルナイト》の討伐とその素材の収集、同じく四十七層から四十九層の《バンデットデビル》の討伐とその素材の収集、二つの依頼の張り紙を出すと、ギルドの受付をしている女性が驚く。


 そりゃそうだ。依頼は依頼主と冒険者の割合を考慮して二つまでしか受注できないようにギルドが規制しているが、片方が大型の魔物討伐だなんてあり得ない。それが五十層のボス討伐なら尚更だ。


 俗に《大型希少種》と言われる個体数の少ない魔物は、例えこのモルステンの地下迷宮の二十五層でもレベル60以上の冒険者たちが集って戦うほどかなり強力で危険な魔物なのだ。自分が知っている限りでも豊富なスキルと魔物特有の広範囲攻撃があるため、そういう理由からも冒険者は手を出したがらない。


 手を出す冒険者は命を捨てているとまで言われるほどなのだ。


「えっと、人数の方は……」


「……二人です」


「えぇぇぇ!?」


 受付嬢、更に絶叫。


 そうですよね。二人で大型の希少種に手を出そうなんて馬鹿ですよね。


 あまりに驚愕が大きかったのか、受付の女性は「ちょっと待っててくださいね!」と言い残して受付の奥へと消えていく。


 すぐ横では宿でソードメイスからジェロッグ鋼と言う金属で造られた《ブロウニール》と言う名称を持つ《両手鈍器(スタッフ)》に替えたリリーナが、そのブロウニールの感触を確かめている。


 殺る気っすね、リリーナさん。でも武器をわざわざ物理が強い武器に持ちかえるなら、前に出て戦ってくれるつもりですよね。そうだと信じたい。


 そうしているうちにさっきの受付の女性が戻ってきた。


「はい、依頼はギルドで受理されました。是非頑張ってくださいね、《ブラッキー・スローター》さん!」


 ……何か、励ましを受けた。


 つーか、それギルドでも流行ってるのか。冒険者と言えばギルド、ギルドと言えば冒険者なのだから不思議ではないし、冒険者の名声ってのは大体ギルドが出所なのだから当然なのだが。


「じゃ、行こっか」


「待て待て、まず準備をさせろ準備を!」


 行き成り突撃しようとするリリーナを止める。


「手持ちのポーションじゃ足りないだろ? いくら身体が強くなったって言っても、ヒールの連発はきついんだからな?」


 ちなみにこれは、回復する側もされる側も同じで、魔法などのスキルを使う術者はその精神力の強さが問われ、治癒術などで回復される場合には回復される側には魔法に対しての抵抗力がないと連続して使用する事は難しい。


 簡単に言えば、魔法は空気中の魔力を奇跡の力として具現化しているものであり、その制御に《呪文》と《精神力》を必要とする。魔法は術者の精神力を喰らうため、過剰に魔法を使おうとすると意識が飛んでしまう。魔物との戦闘中に意識を失うと言うことは、言うまでもなく死に繋がる。


 対して魔法を受ける側では、具現化した魔力を直接身体に受けることになる。この世界の住人達は魔物などを倒した時にその魔力を体内に吸収してレベルを上昇させるのだが、それ以外の作用で魔力を身体あるいは体内に受け続けると拒絶反応を起こし、結果として魔法を使う側と同じく意識を失う結果を生みかねない。


 そしてどちらも行き過ぎれば、魔物の有無に関わらず死に至る可能性もある。


 特にリリーナの体質を考えれば──尚更だ。


「でもポーションってここ最近使ってないから残ってるんじゃない?」


「馬鹿。それでも足りなかったら困るから買い足しにいくんだよ」


 そんなこんなで、冒険者向けの店が立ち並ぶモルステンの中心部である第一階層広場へ赴き、必要なものを買い足しだ。




 早めの昼食を摂り、モルステンの地下に行く。そこから地下回廊の《転移魔法陣(ポータル)》に乗って、四十七層へと転移する。地下回廊はモルステンの地下、つまり地中に古来から存在していたと言われる都市の遺跡そのものだ。歴史を紐解いてみれば、何でも地上のモルステンと同じくクレーター状の地形の中に都市があったと言う。何があったかは詳しくは知らないが、地形の変化に伴い地下に埋もれた過去の都市はこの地下回廊と、先日行った地下遺跡がその一部らしく、長い年月をかけて迷宮化し、地下深くまで育っていったのだとか。


 しかし、実際にそんなことが起こり得るのかは不明だ。モルステンが築かれたクレーターは直径でも四キロほどの円形で、一番深い位置にある第一階層広場深さは二百メートルほどもあるのだ。その地下に存在する六つの迷宮は三百メートルほどは深い位置に存在しているので、少なくともそれほどの地形変化が起こらなければ地下に埋もれ、現在のモルステンが築かれる訳がないのである。簡単な話だ。


 まあ、実際どうなったかなどは一冒険者である自分には関係ないことだし、さすがファンタジーな世界だと言えるだろう。


 それはさておき、向かった《モルステン地下回廊》は、回廊らしく長い道が続く迷宮だ。大空洞とも言える大きな空洞の中に、いくつもの回廊が縦に積み重なってできているもので、道から逸れようものなら一番下まで真っ逆さまと言う意外に危険な場所でもあったりする。実際には中央に広間のある階層まで落ちるわけだが、そこまで落ちたらまず死ぬんじゃなかろうか。今居る四十七層でも広間のある五十層までは三十メートルほどはあるので、多分普通に死ねる。


 ともあれ、そんな回廊四十七層の一方通行の《転移魔法陣(ポータル)》から出てくると、すぐに周囲を警戒する。上の階層に続く階段のすぐ側にある安全地帯がポータルの出口だが、必ずしも魔物が居ない訳ではないのだ。周囲の構造を把握する《探索》の基礎スキルと《索敵》を張って認識し、魔物がいないことが分かったら鞘から手を離した。


「回廊は楽でいいな」


 地下回廊はその構造が単純で、他とは違って入り組んでいることはない。場所によっては複雑な構造になっている場所もあるが、基本的には一直線で下層への階段のある場所までは踏破ができる。円環状になっている回廊だからこその構造だ。階層によっては床が緩やかな傾斜となっていて、二層繋がった状態だったりすることも珍しいことではないのである。


 その分魔物の出現数と種類が多く、殲滅力が足りないとあっという間に壊滅させられてしまうのだが。


「バンデットデビルの爪を三十個、牙を四個。依頼主の職業は木工職人だから、弓の素材だな。今度暇があったら寄ってみるか」


「弓使うの?」


「ああ。けど実際に使うことは滅多にないかもなぁ。前衛一人と後衛兼支援が一人だから、役割は変えられないし」


 ちなみに弓のスキルはあまり育っていないのが現状なので、アーツスキルの火力に頼ることはできない。現状、弓カテゴリで通常で得られるマスタリースキルの最上位である《大弓(ラージボウ)》は習得できているが、大弓は長弓と同じ大きさがある上に弓の(しな)りが弱く弓を引くだけでも相当な力が必要とされるだけあって、かなり重たい。そこらの《直剣》ほどの重さはあるので、わざわざ重量を増やしてまで使うのは危険なのだ。だからマスタリースキルの熟練度はまだ0のままなのである。


 昔はCCOで扱い慣れているし、大弓を引いて射ることはできるが、《短弓(ショートボウ)》や《長弓(ロングボウ)》のアーツスキルが使えないため、無理して使う必要はない。


「まあ、趣味のついでって感じだから、別に前衛を捨ててまで使おうとは思わないよ」


 リリーナにそう言って、回廊を回って歩く。魔物の気配は少なく、索敵に引っかからないところを見るとまたぞろどこかに偏って出現しているのか。ところどころ《精霊石(クリアス)》によって照らされる回廊には魔物の一匹もいない。


「これはまた厄介な……」


 適性レベルの階層で人数の劣る状態で魔物と団体戦なんてしたくない。五匹程度なら何とかなるだろうが、それ以上となると無傷じゃ済まないだろう。いや、適性レベルで五匹相手に無傷ってところで普通は結構驚かれたりするのだが。


「クロ、どうする?」


 仕草や言動から考えを読んだのか、リリーナがそう訊いてくる。このまま四十八層に降りてもいいのだが、できればこの階層である程度集めておきたいところだ。


「バンデットデビルはここが一番多いからなぁ……。かと言って脇に入って大乱闘も避けたい所だけど」


 ──と、そう言っている所で回廊の奥にキラリと何かが光を反射し、直後自分の目の前に飛んできた矢を反射的に掴み取った。


「……お、おぉ……」


 あまりの驚愕にそんな声しか出なかった。


 柱に蝋燭台の代わりに取り付けられた精霊石(クリアス)の光を受けて鏃が光を反射しなかったら目の前に来るまで気付けなかっただろう。それでも掴み取れた、あるいは避けられたと自負するが、さすがにこれは驚きである。


 例え避けられなくても《探索》マスタリースキルの熟練度上昇で習得できるパッシブスキル《動体反射(ムーブ・リフレックス)》》で反射的に直撃は避けられたが、そうなっても顔を狙って直撃しないイコール、掠めてかなり痛い思いをするだろう。


「おいおい、ここに弓持ちが出るなんて聞いてねぇぞ」


 そう言いながら掴んだ矢を確認する。矢には傷がなく綺麗なものだ。新品の矢なんて殆どないので、恐らく冒険者の弓使いが手入れしたものだろう。だが、冒険者が射たものだとは考えづらい。


 職業上、自分たち冒険者は同業と組む事もあれば、陥れることだってある。それは名誉と金を得ることのできる職業であるからであり、同時に冒険者の中には盗賊の類の者だって当然いるのだ。


 しかし、である。


 それでもわざわざ冒険者を狙う必要はない。例えガラの悪い冒険者だろうと、深い階層までやってくると他者を狙うよりも協力した方が頭の良い考えなのだ。それは当然、魔物が強く数も多いためだ。馬鹿な盗賊がそうして迷宮に排除されているため、盗賊さえも迷宮の中では冒険者として他者と組むことは珍しいことではない。


 だから俺は冒険者が射た矢ではないと判断する。だが《索敵》の範囲外からの矢にはさすがに驚きを隠せない。どちらかと言えば命の危機に驚くよりは、薄暗い中で索敵の外側──五十メートル以上の距離から放たれた事に称賛の意味合いで驚いた。


「剣持ちのバンデットデビルは出るけど、弓はいないはずだよね?」


 俺の心配はさも当然のようにしていないリリーナが訊いてくる。


 少しは心配していただけませんか? いつもは心配してくれるじゃないですか。


 ──などと思うが、知って知らずかリリーナは真剣な面持ちで俺の手にある矢を見つめたままだった。今日は誕生日ですものね。テンションおかしいよ、リリーナ……。


「もしかしたら、イレギュラーかな。稀にあるみたいだし。もしくは死んだ冒険者の遺品か」


 近付くぞ、と続けて言って、《移動(ムーブ)》マスタリースキルの中から、一定以上の足音を消し去る《イレイス》を発動して、ゆっくりと近寄る。後ろに続くリリーナもまた同じく《イレイス》を使って足音を消した。


 直後にまた矢が飛んでくる。最初のものとは違って明後日の方向の狙いだった。どうやらこっちの存在が確認できなくなったらしい。気配には気付いていても、狙いは適当と言う所だ。


 そうして十メートルほど進むと、やっと索敵に相手が引っかかる。──魔物だ。


「バンデットデビルの弓持ちだな。あいつらの射程より断然長いが、やっぱりイレギュラーだな」


 ゆっくりと進む中で刀を使わずにメニューを開いて長弓を装備する。噂をすれば何とやらかはさておき、弓を使う場面もない訳ではなかった。


「リリィ、魔法の詠唱」


「ウィンドショットで良い?」


「ああ」


 僅かな会話の後、リリーナが詠唱を始めた所で長弓と矢筒がオブジェクト化する際の特有の蒼白いライトエフェクトと共に出現する。そこでまた矢が飛んできた。光に反応して放たれたのか、狙いは正確だ。だが、分かっていたものに当たる訳もなく、オブジェクト化された弓で矢を弾いた。


 そこからベルトに固定された矢筒から矢を一本抜き取り、矢を番えて弓を引き絞る。《探索》スキルの《暗視(ノクトビジョン)》と《遠見(ロングビジョン)》の併用で目標を確認する。《暗視》はスキル熟練度は関係ないアクティブスキルだが、《遠見》はスキル熟練度によって正確に見える距離が違う。まだ低いために《暗視》の視界の中で望遠効果はあまり望ましい成果はなかった。だがそれでもぼんやりと確認が出来た。


 それだけで十分だった。


 矢から手を離す。


 放たれた瞬間、《長弓》アーツスキルの初歩中の初歩ロングショットの発動によって矢が紫色の光を放ち、僅かに弧を描いて目標の肩に突き刺さった。精度はイマイチだった。大弓じゃないと扱い辛い。


「ウィンドショット!!」


 矢が当たったと同時に詠唱を終えたリリーナが風の基礎魔法ウィンドショットを発動させ、視認できる風の小さな塊が五つ、さながら編隊飛行かのように並んで飛んでいく。すぐにリリーナが再度詠唱を始め、同時に俺は一瞬だけ爆発的な加速を生み出す移動スキルのアクティブスキル《エクスプロシヴ》を使って距離を詰める。二射目のウィンドショットが放たれた時には新たな矢を番えていた俺は僅かに遅れて矢を射る。


 全弾命中だった。──が、弓を持ったバンデットデビルに倒れる気配はない。


 そこらのバンデットデビルなら急所に当たらずともこれだけ当ててしまえば倒れるはずだ。となると、あのバンデットデビルは《変異種》だろうか。イレギュラーで時折本来はその階層にいないはずの魔物が出てくることは稀に起こる事だが、魔力の過剰摂取による突然変異を起こした《変異種》と呼ばれる魔物がでてくることは更に稀だ。ただ他と比べて強いだけで、対して攻撃方法も変わる訳ではないので戦闘に問題はないが、その体力は他と比べて段違いに高い。


「リリィ!」


「行けるよ!」


 俺が名を呼ぶと、リリーナはすぐに詠唱する魔法を変えて、新たな魔法の詠唱に入る。直後に同時に飛来した二本の矢を長弓で叩き落とし、こちらも二本の矢を番えて射返す。弓カテゴリでは共通のアーツスキル《ダブルショット》だ。今度は自分の矢が先導するように、少し遅れてリリーナの祓魔術の《デュプレライト》の白光が飛んでいく。遠距離戦闘のその中で尚も近付き、それを数度繰り返した所で弓を持ったバンデットデビルが倒れた。


「……でかいな」


 動かなくなったバンデットデビルに近付き、俺は一言そう言った。暗視と遠見のスキルで大体のサイズは二メートルちょっとだと思っていたが、近付いてみると三メートル近くはある巨大な悪魔だった。その身体にある矢傷は射程にのみ優れた長弓だけに深くはなく、殆どのダメージはリリーナの魔法によるものだ。《ウィンドショット》の圧縮された空気の弾を受けたらしい所には肉が押しつぶされたように陥没していたり、部位によっては貫いている。四度は撃った《デュプレライト》によって殆ど焼け爛れているが、さすがは祓魔術と言う事だろう。祓魔術は悪魔に属する魔物に絶大な威力を誇る。


 死に絶えたバンデットデビルを見ながら《識別》スキルの使用を念じると、パッとホロウィンドウが展開される。


「ロードオブ……バンデットデビル。王様にしては弱かったな」


 ホロウィンドウに表示された魔物の名前を口にしながら、その死体が魔力へと溶かされていくのを見守る。弓以外にも両手剣カテゴリの武器を持っていたようだが、遠距離戦闘になったために出番がなかったのだろう。


 魔物自体は悪魔の王すなわち魔王なのだろうが、王と言う意味での Lords ではなくあくまでも統率者だったのだろう。多分軍隊とかでいうなら将軍か何かか。四十八層の中ボス的な立場で出現する《ダークロード》の名を冠した四メートルほどのバンデットデビルの方がキングとしての意味合いは強いんじゃないだろうか。まあ、考えるだけ無駄な事だが。


 しかし、悪魔が《山賊(バンデット)》って……。


「変異種の割に何も残さないとか……」


 死体が魔力になって跡形も残さなくなったのを見て、溜め息が漏れる。本当に跡形もない。ドロップアイテムもない。


「苦労損?」


 追いついてきたリリーナは首を傾げてそう訊いてくる。無言で頷き、索敵開始。


 しかし反応は何も無い。前に行った地下遺跡でもそうだったが、呪われてるんだろうか。何度も言うようだが魔物の姿がないと言うことは、どこかで大量に湧いていることになる。以前はただ偏って出現していただけで、近くに魔物がいなかっただけだったが──またこんな事に遭遇してしまうと、今度こそはと思ってしまう。それにレベル自体は適正値の階層なので、俺とリリーナなら死にはしなくとも必死な戦闘になることはそれこそ必至だ。


 いや、言葉遊びがしたい訳じゃないんだけど。


「じゃあ目的の魔物、探そっか」


「あ、はい」


 今のリリーナに何言っても無駄だろう。いつもと同じように見えるけど、妙にテンションが高い。消耗こそ少ないがあれだけウィンドショットとデュプレライトを連発したと言うのに、顔色に変化がない。どちらかと言うとさっきのロード・オブ・バンデットデビルが何も残さなかった事にがっかりしている雰囲気だった。

どうも、作者です。

新年を迎えるまであと本当に僅かですね。寒いです。

自分は年明けごとに昔から馴染みのある友人たちに連れだされては初詣に行ったりするのですが、本音は寒いので外に出たくないです。ええ、本当に。


さて、この作品も超展開で終わったプロローグを含めて七話目になりますが、一応の路線としてはハーレムと言った要素は無しにして行こうといます。

え? そうしないとつまらない? 大丈夫、あまりネガティブな事を言うと自分で落ち込みますが、これ自体そう面白くはないと思ってます。

なら何故書いたんだ、と言うのは無しの方向でお願いします。


この後書きや前書きはあまり書かないと思いますが、感想などありましたら書いていただけると嬉しいです。どんな感想であれ読んだ後に返事をしたいと思ってます。


ともあれ、少し早いですが、当日は居ないと思いますのでお先に……


新年明けましておめでとうございます。


まだ書き始めて僅かですが、宜しくして頂けたらありがたいです。



●追記

投稿に関して、基本的に昼の十二時に予約を付けて投稿しています。

書き上がったその日、あるいはその翌日の十二時に投稿しているようにしていますので、どの日に投稿するかは定まってはいません。

一週間に一話以上でペースで投稿できるように頑張りますので、読んで下さった方、今後ともよろしくお願いします。

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