黒色の二人
この世界は現実なのか、それとも仮想なのか。それを気にしなくなったのは、いつからだっただろう。漠然的に受け止める様になったのは、いつからだっただろう。例えどんなものであったとしても、ここで自分が感じている全ては、偽りのない本物だと信じられるになっていた。自分と同じ黒い髪を首の後ろで結うリリーナを見て、別に良いかと顔に出さず、心の中だけで笑う。
「クロー、今日はどうする?」
「そうだなぁ。リリーナはどうしたいんだ?」
「私? んー、リオネスの迷いの森でお金稼ぎかなぁ……」
「うへ……よりにもよって街の外かよ」
「だって治癒術で倒せるし」
「そりゃそうだけどさ……」
クレーターを階段状にした多層構造の形を取った迷宮都市モルステンの第七層南地区の一角。その食事処兼宿屋な《ガロット亭》の一室で、もう随分と座り慣れた角張った木の椅子に腰掛け、最初は背を預けるには少し痛いと思っていた背もたれに身体を預けながら、この辺りでは珍しくないガラスの窓の外を眺める。
この迷宮都市と呼ばれるモルステンは、その地下に六つの迷宮を持つことで、このフィッドガルツ王国に滞在する冒険者の大半はここに訪れるほどの有名な場所だ。俺もリリーナもそれを耳にし、こうしてやってきたのはもう半年も前のことだった。
今となってはあの村を失くしてからもう一年が過ぎ、この世界で生きることに慣れたのはこのモルステンにやってきてからのことだが、冒険者稼業と言うのもなかなかにハードなもので最初の頃はいろいろと苦労したものだ。
「いくら治癒術で倒せるからって、わざわざ殴りながらヒール唱えなくても良い気がするんだが」
「えー? その方が威力出るって最初に言ってホントにやってたの、クロだよね?」
「そりゃそうだけどさ……」
モルステンの冒険者ギルドに訪れて、冒険者としてのライセンスを取る事に主に金銭的な意味で苦労したのはまだ半年ほど前の事だと言うのに、もうそれも懐かしく思う。
冒険者と呼ばれる職業はこの世界の花形とも言える職業であり、年々何万人と言う冒険者が各国から輩出される。けれど、実際に冒険者となった人達の中には三種類あり、それぞれ異なった経緯を持っていると言うのが常識らしい。
大抵の冒険者は『冒険者ギルドでライセンスを購入した』と言う人が多く、実際に手っ取り早い話ではそれが一番だ。一定の金額さえ払えば冒険者になれると言うことなのだ。まあ、実際に冒険者としてギルドから依頼を受けたり、迷宮に入らなければ冒険者とは呼べないが。
その次に多いのが冒険者の養成学校で事前に知識を覚えて卒業し、『ライセンスを与えられた』列記とした冒険者たち。専門の教育機関で知識を学び、力を付け、そうして冒険者となる者たちで、ある意味では由緒正しい冒険者の成り方と言える。実際の所では、一定の成績を収めた生徒にはその時にライセンスを与える様だが、通ったことも行ったこともないので詳しくは知らない。
もちろんこの二つの力の差は歴然だ。死者の数だって当然違う。先に述べた俗に《購入組》なんて呼ばれる冒険者たちの半分近くが冒険者となったその年で死んでしまうとか。反対に後の《卒業組》と呼ばれる冒険者たちはある程度強くなった上で冒険者になるため、死者の数は目に見えて違う。それだけ迷宮と呼ばれる場所は危険なのだ。当然その危険から死亡して脱落した者や、恐怖で辞める者も多い。このフィッドガルツ王国の領内に限っても毎年二千人ほどの冒険者が世に出ていく中でその半数が死亡するのだから、いくら花形と言っても危険極まりない職業だ。
フィッドガルツ王国の国籍証明を持つ現役の冒険者は一万人居るか居ないかと言うほどなのだから、あまりにも少ないと感じる。いや、人口の比率からして一万人もいれば十分かもしれないが。
そして最後の三つ目ではあるが、これはあまりいいものではない。
奴隷身分、と言うものがある。時代背景的にもありがちな身分だが、その奴隷の者を冒険者として使う人々がいると言う話だ。俺も実際にそれを見たことがあるので信じられるが、見るまでは信じられなかった。奴隷と言うものが何なのか分かるし、奴隷の使い方はその所有者次第だと言うことも分かる。けれど、自分はそういうのを知らない時代で生きていたせいで、どうしてもその主観から見てしまうところがある。
この《仮想世界》であるはずの世界で、そんなものを見るのは初めてだったせいもあるのかもしれない。
場違い。──そう、そんな感じがしたことを覚えている。
「だからね、こう……ソードメイスでざっくりって」
「ソードメイスかよ」
今日の予定を決めると言う話の中で、リリーナがバットでも構えるかようにポーズを取って、腕を振る。
ちなみに、ソードメイスと言うのは、鈍器カテゴリの武器にはない刃物が付いた鈍器の名称だ。鈍器カテゴリの武器は当然殴る──打撃のための武器で、その衝撃力や破壊力によって相手を怯ませたりすることがメインとされている武器だ。実際に冒険者達を見てみると意外と鈍器装備の冒険者を見るので、人気がない訳ではない。棘付きの鈍器なんてものがある。これは先端にいくつもの棘を付けてあり、それで殴るというものなのだが、当然その攻撃には刺突属性が付与されている。ソードメイスは刃が付いた武器なので、当然打撃以外に斬撃の効果を持っている。他にも棍では攻撃力こそあまり高くはないが、長いリーチと打撃による行動不能を引き起こす優秀な武器だし、棍のカテゴリ内にはいわゆる多節棍が存在しているなど、本当に多種多様だ。
まあ、そんな中でも刃が付いた鈍器は非常に少なく、その代表格が《ソードメイス》である。これがなかなかにエグイ武器で、絵面としては最悪だ。打撃音の中に斬撃音。かなり怖い。
「でも不死型の魔物ってどっちかに優先した方がいいよね?」
「うん?」
「ほら、クロが前に言ってた……えっと、倒す事を優先するなら……」
「ああ。首を刎ねるか叩き潰すかね」
思い出そうと思案するリリーナに先回りして答えてやると、「そう、それっ」とビシッと指差して笑顔を見せる。
う、う~ん……。アンデッド相手の戦闘法に嬉々とした表情だなんて……リリーナ、お前と言うやつは……。
ついでに言うと体力などを回復させる治癒術がアンデッドに有効なのは、あくまでゾンビやグルーと言った魔物に限られる。死して本来の役目を失った肉体に対して治癒術を使うことは消滅を促進させると言う事になるらしく、塵となって消えてしまうのだ。スケルトンなどの魔物に対しては、あれらはあくまで骨を依り代に魂を呼び戻しているだけで、治癒術をかけると骨が修復されるだけなのだとか。
「まあ、別に遠い所まで行く必要もないんじゃないか? 中央区の地下墓地に行けばアンデッドなんていくらでも出てくるだろ?」
リリーナが言うリオネスの迷いの森はこのモルステンの北西にある霧の濃い森のことだが、けれど、そこに行こうとすると歩きで一日はかかってしまう。例え馬車を使ってもそう早く着く訳ではないし、魔物を従えた鳥車を使っても半日はかかる。
しかし、自分が提案した中央区の地下墓地はモルステンの地下迷宮のひとつで、その入り口に行くだけなら三十分も掛からない。だから提案したのだが──
「あそこ凄い臭いがするから……ちょっと……」
そう、難点は非常に臭いこと。
腐臭が漂うと言うか、腐臭しかしない。息するのが辛い。だからあの墓地迷宮に行くには風の魔法が使える魔法使いの冒険者と共に行くのがベストだと言われている。風の魔法を学び続けるとその技量で雨程度の水量なら簡単に除けられるし、臭いのシャットアウトなんてお手のものらしい。さすがに完全とまではいかないが、墓地の迷宮で息苦しい思いをするのをかなり和らげられると言うのが冒険者たちの知恵だった。だが、それは当然風の魔法が使える魔法使いがパーティーに居ることが大前提だ。俺やリリーナはいつも二人で迷宮に潜るため、パーティーのメンバーを増やそうと言う気はなかなか無かったりする。
要するに、八方塞である。
「どっちも風魔法はあんまり覚えてないからなぁ……」
そう言って、俺は左手の指を立てて縦に振る。音もなく出現したのは仮想世界特有のホロウィンドウメニューだ。この一年ほどでこれを出せる人が居ないか探っても見たりしたが、どうやらこれは自分にしか出せないらしい。
それは、俺が《プレイヤー》であり、他の誰もが《NPC》であるせいなのか。
これを開く度に俺は考えてしまう。
アイテムの《オブジェクト化》と《データ化》が唯一可能なそれは、あまりにも不釣り合いなものだ。一応携行用アイテムとしてアイテムを一定の容量だけ収納できる、四次元的なマジックアイテムがあったりするのだが、それとはまた別のもと言えるだろう。この世界で一年も過ごして中々面白いと思わされるものをいくつも見てきたが、もう四次元的なそれには脱帽したものだ。
形状が違うとしても四次元的なソレはもう国民的アニメのポケットだよ──と、まあそんな衝撃を受けたこともあった。
それはさておき、開くのはスキルウィンドウだ。スキルの項目をタップして展開すると、リリーナがそれを後ろから覗きこんでくる。
「いつも思うけど、不思議だよね」
「……ああ、そうだな」
この世界の文字と、このウィンドウの文字は違うため、リリーナはこれに何が書かれているのは分からない。一応文字を教えたりしてある程度読める様にはなったが、ひらがなやカタカナ、漢字から英語と、そんな入り混じったものを教えても正直疲れるだけだ。英語に限っては自分も得意と言う訳じゃないし、教えられなかった。対して自分はこの世界で使われている文字を一応読み書き出来るように覚えた。文字列自体は日本語と大差ないし、文字の数も五十音なので覚えやすかっただけだが、文字を書くのは少し怪しい部分もあったりする。
……まあ、勉強は得意な方じゃないので悪しからず。
ともあれ、そんなスキルウィンドウを《魔法》スキルの項目まで下へスクロールした。そこにあるのは《魔法》スキルだが、その派生系として出現した《火》《水》《氷》《土》《木》《風》《雷》の七つの属性の魔法スキルがずらりと並ぶ。改めてこれを《スペルスキル》と呼んでいるが、まあそれはどうでもいい。
七つの《魔法》が展開されているが、その右に表示されている熟練度はどれも六百台の数値まで上がっていて、熟練度のランクはBまで達している。それぞれいくつかの魔法の習得ができているが、この魔法の扱い辛さがとんでもないものだった。
「まともに使えたら苦労しないんだろうけどな」
「クロ、魔法使えても下手だもんね」
「うるせー」
まあ、うん。
最初に覚えられる魔法で《精霊の矢》と言う魔法があるのだが、当初は中々真っすぐ飛んでくれなかった。ゲームで魔法なんて言ったら使ったら敵に当たると言ってもいいものだが、実際に使ってみるともう疲れるの何の。今となってはよく当たる様になったが、それも確実じゃあない。棒立ちの魔物に当たらないなんて時も少ないながらも未だに起こるし、使うたびに身体がだるくなるから使い辛い。弓と違って狙いを定めるのが難しいと言うか、まあ、良く分からない。地面から発生する魔法なんかはその場所の指定が難しいし、適当に発動させたら自分が丸焼きになりかけたこともあったので、怖すぎる。
しかし、逆を言えば狙ったり指定したりしない魔法は非常に使い易かった。例えば《治癒術》のヒールだが、掌に光が集まりそれを患部にあてることで効果を表す。これは非常に使い易い。使い易いが──治癒術が使えるリリーナが居るのでそうそう出番はないのだが。
さておき、問題は風魔法を使った雨除けや臭い除けだが、これ自体は熟練度が低くても使えるものだ。しかしそれには結構な集中力が必要で、自分のような魔法のコントロールが上手くない者にとってはどんな上位スペルよりも難しいのである。
結論だけを言えば、俺には無理だ。
リリーナは自分と同様に魔法のスキルを全体的に上げているが、あくまでリリーナは光魔法と治癒術に特化しているので、自分と比べて軒並み低い。正確な数値はウィンドウが展開できないので見ることはできないが、使用できる魔法から察するに平均で熟練度は400から599であるCランク程度。それなら風魔法で簡単な障壁ぐらいは張れるが、回復と魔法、それに物理攻撃までさせる気にはなれない。
まあ、無理なのである。
「まあいい。どうせ当面の目的は特にないからな。ある程度狩り易い場所の方が良いし、遺跡の方に行こう。あそこなら遅いペースでも堅実に稼げるだろ」
「うん、それもそうだね」
と、同意したことでそれぞれ用意を始める。
当面の目的はない。それもそうだ。俺とリリーナは生きる為に冒険者をしているに過ぎない。逃げるしかなかったあの時とは違って自分たちは強くなったし、レベルだって高くなった。──個人的には、レベルと言う概念が常識として存在していることには驚いたが、それはおいといて。
冒険者稼業こそ続けているが、今となってはある程度稼ぐ事ができたらそれで充分になっている。冒険者たちの冒険心を冒涜するかのような物言いかもしれないが、そう言う人だって居てもおかしくはないだろう。
そう、生きる為に戦っているだけで、それ以上は何も無かった。
「準備出来たよ?」
「は、早いな……」
用意と言ってもリリーナはもうローブを着込んだ後なので、確かにすぐに出られてもおかしくはない。俺も椅子から立ち上がり、いつものコートを羽織る。自分と同じ黒の色をしたロングトレンチコートだ。一応これは防具としての性能が良く、買った時からずっと愛用しているものだ。
固有名は《ブラスバーコート》。商人曰く、グロス鋼と言う金属を加工・編み込まれたチェインメイルの派生系で、その軽さなどから愛用する冒険者も少なくはない、らしい。実際にこれを着ている奴を見たこと無いので実際の所がどうだか知らないが、防具としての性能は中々だ。打撃に対して弱いものの、斬撃や刺突の攻撃に対してはそこらのハードレザーなどの軽装鎧よりも強度があるし、魔法に対しても布地に使われているものが魔法を拒む《コルニルの糸》と言うもので作られている。重量は軽く、防御に優れ、魔法にも強い。今まで見てきたものよりは水準が非常に高く、動きやすい。これ以上のメリットがあれば、多少のデメリットは見て見ぬ振りだ。そのデメリットがこれ単品で相当な金額を必要とされるところである。
結構な金額だったので買うのを躊躇った挙句、リリーナが「似合うよ」なんて言うから結局衝動的に買ってしまったのは、良い思い出なのかどうか。大概自分も甘いんじゃないだろうか。
ちなみにだが、フィッドガルツ王国で流通するお金と言うのは、フィッドガルツの旗印が付いた金貨、銀貨、銅貨と一般的なものらしいが、銅貨千枚で銀貨一枚、銀貨千枚で金貨一枚の価値がある。更についでに言えば、銅貨千枚はかなり重い。大きさや重さから、十円硬貨と同じくらいの重さはあると思う。実際の重さは知らないが、それが千枚あると思うと──中々の重量だ。
まあ、しかし、覚えている限りでは電子マネーが基本だった《現実》じゃあ、現金を持つなんてことはそうそうなかったはずだが。
で、そんなフィッドガルツ硬貨でのこの《ブラスバーコート》の値段は、金貨三枚と銀貨二百枚。……すごく、高い。もしも銅貨一枚を《現実》の一円だと換算しても、金貨一枚は百万円。
う、うわー……。
しかもリリーナも形状がやや違う女性用の同じコートを買ったので、その倍だ。
そうして、俺とリリーナは真っ黒な容姿で冒険者たちから《黒ずくめの屠殺者》なんて呼ばれて、少し有名だったりもする。有名と言っても、迷宮の上層部分で戦う不気味な二人──と言う意味が強いが。
「さて、と」
コートの上から麻色のローブを着て、愛用となった刀剣のホルスターや四次元的なマジックアイテムこと《無蔵の麻袋》などが付けられたベルトを着けて、一応の準備完了。最後にモルステン第三層の有名鍛冶士デオーグに打って貰った刀剣武器。柄、鍔、鞘、そしてその刀身までもが黒く統一された、自分の愛刀である《暗密刃》をホルスターに差して、武装完了だ。
「行くか」
◇
冒険者と言う職業は、個人個人の強さを《レベル》である程度把握する事が出来る。
このモルステンに留まる以前にいたクルスニクの街にある大きな図書館でそれに関係する本を読んだのだが、何でも《レベル》と言うのは全ての生命が持つ《魔力》を吸収する事で蓄積し、肉体を作り変えていくことを《レベル》と呼ぶらしい。要するにファンタジーにはよくありがちな魔力と言うそれを倒した魔物などから吸い上げることで、経験値として蓄積し、レベルと言う数値を表しているということだ。
けれども、疑問もある。──魔法である。
魔法と言ったら、魔力を使って使うものなのでは、と言う考えがあったりするのだが、もちろんその設定はものによって様々だ。それで魔法関係の書物を読んでみて分かった事は、魔法はあくまで空気中の濃度の薄い魔力を集めて、現象を呼び起こす──つまりは魔法として発動させるものだということらしい。……まあ、良くは分からないが。
実際、この世界には自分の知っているCCOとは違う部分が多く、他のVRタイトルから引用されたかのようなものも多いので、ある意味では総合的な世界なのだろう。あまりに《現実》の強い、まるで異世界の様な世界。
異世界──きっと、そう呼んでもおかしくはない。これが現実だと思うのなら、そう言った方が理解しやすいかもしれない。
ファンタジーな部分と言ったら、それはもちろん魔法やら精霊やらのことがそうなのだろうが、獣人や亜人、竜人と言った別の種族がいることなども挙げられる。このフィッドガルツ王国は人間の国だが、迷宮都市モルステンには人間以外の種族も多く見受けられ、まさに狼男なガタイのいい男の狼の獣人やスタイルのいい猫の獣人がいるのも意外と当たり前のような光景だ。自分はCCOしかやった覚えがないので見慣れない光景だったが、半年もこのモルステンに滞在すれば嫌でも慣れる。
随分と話が逸れたが、《レベル》とはあくまで大体の強さを表すものでしかない。その《レベル》によって色々と社会的なステータスが成り立つようだが、実際の強さはどうなのかと言うことは分かりづらい。例えば、何もせず魔力だけを吸収してレベル50にまでなった人と、戦って魔物を倒し着実に魔力を吸い上げたレベル50の人では、全く違うと言っても良いほどの差が存在する。どうやら書物を読む限りでは《レベル》によって人の強さ自体は変化するものの、あくまで些細なものらしい。ゲームに当て嵌めるなら、レベルが挙がった時にステータスが一定量だけ自動に上がるものを指す訳だ。
実際に自分のステータスを見る限りでは、自動的に上昇するステータスはまちまちだ。どうやら自分は敏捷値であるAGIがやけに上昇する傾向があるようだが、生命として成長する過程でレベルが上昇する事も当たり前にあるため、人は成人までの成長である程度のステータスが確保されるということになる。
ある意味では、現実味のある話だ。子供が大人に成長する事で、力が強くなったりするのと同じ原理なのだろう。
便利なものとしてレベルやその人のステータスを確認するためのマジックアイテムが世の中には実際に存在していて、先程の例のように前者の体たらくな育ち方も後者のしっかり者のステータスを見比べてみると、かなりの差があったと言う事実が記録として残っているのも読んだ。
予想するに、経験の有無による差だろうか。レベルは経験ではなく、あくまで吸収した魔力の量なのだから、経験による才能の開花──的な、そんなものがないために、未経験あるいは僅かな経験しか持たない者には、実際の強さと言うものが備わっていないのだろう。
特に気になるのは、俺がレベルアップした際に与えられているボーナスポイントだ。与えられた数値分を好きなステータスに振り分けられるのだから、通常のステータス成長とは別に存在しているらしいボーナスポイントは、明らかに他とは異なっている。
結論から言えば分からない訳だけど、まあ、あまり深く考えない方がいいのかもしれない。
才能の違いで現れるステータスの違い。レベルアップの段階で自動上昇数値の違い。ボーナスポイントの有無。考えたら考えたで終わるに終われない。何故なら、知識の有無でステータスのINTが変動するのなら、博識な学者のINTはきっと相当なものになる。勉強が嫌いな魔法使いのINTが酷く低くなって、魔法が弱いなんてことも起こり得るだろう。けれど、そんなことが起きたと言うことは本には一切書かれていなかった。言ってしまえば、何もかもが曖昧なのだ。だからINTと言うステータスはインテリジェンス──知力と言うよりも、魔法への理解、あるいは適性のようなものだと思った方が良い。実際に戦わずとも人々は空気中の魔力を吸い上げて緩やかなスピードで自然とレベルが上昇していくことも証明されていることから、何を考えようと正確な答えは出てこないのだ。
その中でこうしてステータスウィンドウを自由に見ることができ、尚且つレベルの上昇に応じて得られるボーナスポイントを自由に振り分けられる自分は、同レベルの才能ある冒険者と同じほどのステータスは持っていられるのだから、得と言うものだ。
「そう言えば、アーツスキルって何を消費してるんだろうな」
「うん?」
不意に別の疑問が浮かんできて、言葉に出して言ってしまう。隣を歩くリリーナがそれを聞いて首を傾げて顔を覗き込んできた。
「ああいや、魔法は空気中の魔力を精神力と呪文で制御して魔法とする──って言うのをクルスニクの図書館で読んだんだが、それは理解できるとして、剣術とか、槍術とか……そう言うのは、どうして特別な力が作用するのか気になってな」
「え、あ……う、う~ん……なんだろ?」
自分の疑問をリリーナに伝えてみると、更に首を傾げて唸りだす。俺もリリーナも随分と色んな事を知って冒険者稼業をするようになったが、改めて色々考えてみると色々と知らないことばかりだ。
敢えて《仮想》と言う側面で見れば、それは単なる《システム》でしかないのだろうが、色んな考察や結論を出している《現実》と言う側面から見てみると、色んな疑問が浮かんでしまう。それは仕方の無い事だろうが、しかし、それを考え、知ると言うのも面白くある。
──いや、これは俺の悪い癖か。
人は死ねば生き返らない。その《現実》は確かに存在するのだ。あの村で、俺とリリーナ以外の皆が、死んでしまったように。
仮想世界であっても、ゲームではないのだ。
──本音を言えば、仮想世界だと思う自分が居ながら、本当にこの世界は異世界なんじゃないだろうかとさえ思う自分が居る。
そんなこと、あり得ないのに。
「……まあいいさ。近々グランツ商国に行くだろ? そこで冒険者学校にでも行って学生になってみれば、色々と知れるだろうし」
「学校?」
「そ。学校」
「行ってみたい気もするけど、冒険者になった後に冒険者学校ってどうなの?」
「…………」
「どうなの?」
「……確かに、そうだな」
一応冒険者になった身なのに、冒険者の養成学校に行ってどうするんだ。入学すること自体には自由国家らしく年齢以外の条件は殆どないらしいけど、冒険者になった後で入学って……。
「笑えないな」
「あははっ」
「……笑うなよ」
なんだよ、ったく。
「ポーションとか在庫ある?」
気を取り直してモルステンの街の下層へ続く階段を降りる中、リリーナが訊いてくる。
「一応即効性が十個ほど。遅効性が二十個ほどかな。マジックポーションの方は二十個あるぞ?」
「なら大丈夫かな」
「何がだよ」
「ヒールなくても」
「……え……」
「冗談だよ、冗談っ」
「あ、あぁ……」
真顔で言うもんだからリリーナの冗談は怖い。
それはさておき、モルステンは多層構造型の迷宮都市と言っても、大地を抉り取ったようなクレーターに階段状の街が出来ているようなものだ。都市の中心に行けば行くほどひとつの階層通り(円状の大通りのことを言うらしい)の広さが大きくなり、様々な店が軒を連ねていて、その店も殆どが冒険者向けのものが多い。武器屋や防具屋、特殊な効果のある装飾屋だけでなく、武具の製造を行ってくれる鍛冶屋や加工屋も多く、ひと月の間で何千人と言う冒険者が寝泊まりするための宿屋なんて上の層から下の層まででいっぱいだ。その中で俺たちが宿を取っている第七層は、この都市の中でも中層に位置していて、階層通りの幅も狭くはない。その点では上に行けば行くほど狭くなるのだが、一番地上に近い第十四層の階層通りでは都市が一望できる中々の風景が見られる。
歴史を辿ると、この大地を抉り取ったのは今から五百年以上も前にフィッドガルツ王国を脅かした邪悪なドラゴンとそれに挑んだ英雄たちの戦いの傷跡なのだとか。以降、三十年に渡り放置されていたらしいが、そこに訪れた冒険者が迷宮の入り口を発見したのを機に人が集まり始めたのだとか。
現在ではこの迷宮都市モルステンはフィッドガルツ王国一の冒険者の街として知られるようになり、四百年に渡る開拓が行われて今のモルステンを形作っていると言う。それに今でも街を広げる工事がクレーターの外周部で行われ、地上にも街を広げているようで、外壁で覆った周囲の外に今も尚人が集まり続けている。
迷宮と言えば危険なものなのでは?、と言う認識が自分にはあったが、そもそも迷宮と言うのは世界が均衡を保つ為に生み出した安全装置のようなものだと言う事を本で読んだ。色んな歴史を探ろうと思うと全て神の時代と呼ばれるいわゆる創世暦のような歴史まで遡ってしまうので、ややこしいことこの上ない。
けれど本は、迷宮と言うのは魔力の塊なのだと言う。神が迷宮を生みだし、その中に魔物を生み出し続けていると言うのが世界各地で迷宮と呼ばれるものと言うのが簡単な説明だ。しかし何故迷宮と言うものが存在し、何故その中に魔物が出現し続けるのか。これは創造神が生命のバランスを整える為に生み出したひとつの在り方なのだと言う意見が強い。
大昔、この世界には魔物と呼ばれる存在は一切存在しなかったらしい。存在していたのは創造神を頂点にした神族と、神々と共に世界を支える役目として存在した精霊だけだったと言う。その中で人間と呼ばれる種族が世界に産み落とされたが、人間は互いに争うばかりでとうとう神域を侵すと言う禁忌まで犯し、神々の怒りに触れて世界に災厄が齎された。それが一千年以上も昔のことになるが、その災厄こそが魔物の誕生だったと記されていた。
以降、世界各地で魔物を生み出す《システム》が発見される様になり、それが後の迷宮だと言われている。
実際に魔物が生まれる原理として、魔力濃度の高い場所に居続けた生物は魔物へと変化すると言うのが実証されているらしく、それは人間でも同じことが起きるとも実証されている。他にも魔物同士が繁殖し合うことも可能とされていて、現在では於いて魔物は必要不可欠な文化が成立しているところもあると言う。文化に入り込んだ魔物は数少ないが、その中でも最も容易に見られるのが《フィアック》と言う魔物だ。
フィアックと言う魔物は翼が退化した鳥類型の魔物で、人の手で育てられたフィアックは馬と同じ様に扱われる。馬よりも速く、そして馬よりも長く使い続けられる。そんなフィアックは前に挙げた鳥車だけでなく、騎乗用にも用いられる。
生憎、階段状の構造を持ったこのモルステンではあまり見られないが、一番上の階層通りに行けば普通に居るし、他の街などに行くと日常の光景に溶け込んでいる。
「ねぇクロ」
「ん?」
「私たちは、どこまで行けるかな?」
「どうしたんだよ、いきなり?」
「ううん、ちょっと気になっただけ。魔物から逃げて、旅して、冒険者になって……そこから、私たちはどこまで行くのかなって」
不意な質問だった。
どこまで行くのか……。
「そんなの、分かる訳ないだろ。生きてる限り、どこまでだって行けるはずなんだから」
俺はそう言ってローブの中から手を出してリリーナの手を取った。
「まあ、その前に金稼ぎだ」
「お金って……現実感が重いね」
そんな見下すような目で俺を見るなよ。哀しくなるだろ。
「金があっての物種だろ?」
「……何か違うような」
「気にするな。ほら、さっさと行くぞ。迷宮の中で昼飯食いたいのか?」
「えーっ、それは嫌だよ~」
「だったらさっさと行って、昼飯代くらいは稼ぐぞ」
そうして、この迷宮都市モルステンに来てから半年ほどで当たり前になった、日常が続く。
ようやく本編開始。
主人公クロとリリーナの二人をメイン(特にクロ)に冒険者としてのお話が続きますが、それも長くは続かず次へ行くと思います。
内容は解説系が多いのですが、これ以降も中に長い解説が入ったりするかもしれません。理解が難しい場合はそんなものかと思っていただければ幸いです。
※追記
後々プロローグと第一章の間に設定集的なものを挟んで投稿していくつもりです。
一応考えているのが、必須である人物紹介の他、度々出てくるであろう国家や地名、組織などの解説や、この世界では当たり前に冒険者たちが使うスキルなどです。
それ以外にもクロが忘れている記憶の中で覚えているCCOと言うゲームと、この世界の似ているところと異なっている所などの事が書けたらいいなと思いますが、それはネタバレしかねないので考え中。