束の間の夢
村はずれの森の中。そこは自分がリリーナに助けられた場所だ。そこで長剣を夢中に振り続ける。左から右へ。右から左へ。肩に担ぐような構えから、一息に振り下ろす。
「ふぅ……」
一通り長剣のアーツモーションを行った後、ゴブリンナイトから手に入れた長剣を鞘に納めて一息つく。
この村で世話になり始めて一週間。傷もほぼ完治し、馴らしに剣を振ってみたが痛みもない。
リリーナ曰く、自分を森で見つけてからだともう三週間も経つらしい。拾われてからは四日も眠り続けていたらしいし、傷を負ってからは十日も意識がなかったとか。その間、治癒術で衰弱死しないようにリリーナや治癒術士のハーバさんには随分と世話になった。まあ、これからもリリーナの家で世話になるため、本当に頭が上がらない。
この村……アスクートの村の人々にはゴブリンたちを退けた《英雄》などともてはやされていたが、それももう今では子供たちくらいしか呼ばなくなった。
まあそれも、まるで懇願するかのように──
「恥ずかしいからそう呼ばないでください」
──なんて頭を下げた甲斐があったというものだ。ことあるごとに見舞いが来て、英雄だの勇者だの呼ばれていたら精神的に耐えられない。それに途中参戦して戦ったものの、やはりリーダーだったあのゴブリンナイトと言うでかいゴブリンと同士討ちなんて笑い話にもならない。失笑が横たわるだけだ。
それはさておき、俺には記憶がところどころ抜け落ちている。そのこともあって当分はこのアスクートの村に滞在する形で話はついているが、その先はどうしたものかと未だに考えている最中だ。記憶がないと言っても、ここが仮想世界であり、自分の本当の身体は現実世界にあることは理解している。けれども本当に記憶が抜け落ちているせいで、どのような経緯があってこの仮想世界に居るのかを知らない。メニューは偶然出せたが、ログアウトコマンドが存在しない時点で自分はこの仮想世界から自発的に抜け出す事は不可能だ。
その辺りのことはとりあえず考えないようにしているが、どうしてここにいるのか。それを知らない奴はただ困惑しかなく、どうしても考えてしまうのだ。
何故、どう言う理由があり、どういった経緯があって、今の自分が此処に居るのか。混乱こそしていても、恐慌や過剰に乱れないだけまだマシだろう。
額から頬へ伝う汗を、家を出る時にリリーナに渡された手拭いで拭い、切株に腰を下ろした。
そう言えば、最初に目が覚めた時のあの折れるような、割れるような音は村で樵を生業とするヴィアロと言う人物が木を切り倒した音だと言う事を知ったのはつい昨日のことである。
けれど、不思議なものだと俺は思う。不思議と、理解できる。仮想世界だと理解したからこそある程度冷静でいられるし、逆にリアル過ぎるからこそいろんな感情に悩まされているが、このアスクート村のガローク村長に聞く限りではあの襲撃で亡くなった人は十八名にも上り、そのうち二人が村で唯一の宿屋を経営していたバルティア夫妻であり、リリーナの両親だったと言う。しかも目覚めて外へ飛び出した時、俺の目の前で殺された男性が、リリーナの父親であることを知らされた時はショックを受けた。宿のロビーで両親を亡くしたことに泣き崩れるリリーナを見てしまった時なんかは、これが本当に仮想世界なのかと言う怒りが沸き起こった。その怒りは誰に向けたものではなくて、仮想世界だと言うことをそのまま呑み込んだ自分に対して向けたのは目覚めたその日のことだった。
「偽物か本物かなんて関係ない」
そう呟くと、自然と悲しみが溢れてくる。この一週間の生活で知ったんだ。ここは確かな現実であると。
VRシステムを造り出した技術者はこう言った。『仮想と現実の違いは、その情報量の差に過ぎない』と。つまりは、その情報量が現実と変わらなければ、仮想世界は現実と何ら変わりない世界足り得るということだ。
電子データの集合体がポリゴンと感覚の再現データで仮想世界を形成している。仮想世界はそう言うものだが、実際のVRシステムはより高度な再現が可能であると言う話は聞いたことがある。名前は思い出せないが、VRシステムを造り上げた技術者は完成度が高すぎるそれに制限をかけているのだ。事実、法規制で流血などのグロテスクなものは過剰な表現が禁じられているし、痛覚制御にも厳しくなっている。だからVRタイトルは総じて仮想の域を出ていないし、プレイヤー自身もただの仮想だと理解している。
けれど、それは本当に人が受け取る情報量の違いでしかない。もしもそれが現実と同じ、あるいは限りなく近い場合だったなら──これが、仮想だろうと現実足り得る所以だ。
そこで疑問に思うのは、リリーナや他の人たちだ。彼女たちは、なんなのか。覚えている限りじゃあれほど豊かな感情表現はAIじゃ有り得ない。でもそれは、考えるだけ無駄だろう。
そう、偽物か本物かは関係ない。
根拠も何も必要ない。
「みんな、本物なんだ」
──そう、感じるから。
そう呟くと、ふっと気分が軽くなる。もちろん村の人は確かに亡くなっているけれど、それでも今の自分が此処に存在していることに安堵した。
「さて、と」
左手を振ってメニューを開く。現実であると感じながらも、仮想空間のホロウィンドウだけは少々場違いな気がするが、まあ、仕方がない。今はこれに頼る他ないのだ。
ステータスとスキルのウィンドウを開き、今習得しているスキルの反映を見る。武器の熟練度であるマスタリースキルは、その熟練度が上がるにつれて各種スキルを習得するものと、特定条件下で習得できるものがある。まあ、今必要なのは前者である熟練度上昇による自動習得が可能なスキルだ。
ただ問題なのは、自分が覚えているのはCCOのゲームシステムで、違うところはいくらでも出てくるだろう。だから、選択は慎重にならなければいけない。限りなく現実に近い、現実だと感じるこの世界で、誤った選択をするのは命取りだ。
当然、戦うことが前提だと言うのは、何とも言えないところではあるが。正直に言って気持ちの整理はまだ付いていないのだから、それも仕方がないことだ。
段々と思考が変な方向へ行こうとしているのを止めて、本筋に戻す。
俗に片手剣と言われる部類には、大きく分けて二つのカテゴリに分けられている。《短剣》と《直剣》の二つで、そこから形状の異なる武器へとマスタリースキルが派生していく。《短剣》である場合は《細剣》に派生するし、《直剣》では《長剣》に派生する。他にもいくつ派生するが、まあ今はさして重要ではない。
さっきは長剣を使って色々と試していたが、今の俺では長剣を使っても意味がない状態だ。それはもちろん、《長剣》のマスタリースキルがまだ未習得状態だからで、それを習得するにはまず初期で習得している《直剣》のマスタリースキルの熟練度をEランクまで上昇させる必要がある。これは言うまでもなくCCO基準での知識なので正確であるかどうかは断定できないが、まあ違ったら違ったで別に構わない。試して見ればいいだけの話だ。
なら何故、と言うのは野暮なこと。ここに来る前の自分がやっていたと言う覚えがあるVRタイトルの《クロア・クロニクル・オンライン》での感覚を思い出すためだ。しばらくは手元にあるショートソードと長剣のブロウソードで感覚を思い出しながら、《直剣》重視で経験を積み熟練度の上昇を図る。身体が万全に回復するまではそれだけで大人しくしておこう。
村長や村の大人たちや青年団の話じゃ近くにゴブリンの巣が出来た可能性があるらしく、現在はまだその捜索をしていて発見し次第近隣の街カルバラスの冒険者ギルドに討伐を依頼する話は前からあったようで、その依頼が自分に回って来ているのだ。何とか戦えることは一週間前の襲撃で理解しているから、それまでは万全にしておきたい。ゲーム視点で見ればマイナーなイベントだが、命がかかっているのだ。
村長は申し訳なさそうに助けを請うてきたが、俺としても助けられた恩がある。それを拒否することもできるだろうが、最初の襲撃の時はああなってしまったから、今度はしっかりと助けてやりたいとも思うから。
「けど、やっぱ難しいよな……」
実際に戦うとなるとやはり恐怖がある。何度も言うが命がかかっているのだ。傷を負っても治癒術市のデールさんや見習いでもあるリリーナがいればそう簡単には死にはしないだろうが、それは帰還前提の話。
いくら怖いからと言って、一度は戦えたし、救った命だってある。
「やるしかない」
そう意気込むと、武器をショートソードに変えて、直剣のアーツスキルを模倣して剣を一心不乱に振った。
修行と言えばいいのか、あるいは鍛錬と呼ぶべきか、それとも見栄を張らずに練習だとでも言った方がいいのかはさておき、そんな感じのものをほどほどにやってアスクートの村へと戻る。戻ると言っても村のすぐ外の森だから、数分と経たずに村へ入り、世話になっている宿へと帰路を辿る。
このアスクートの村の規模は大きいというほどじゃない。他の村や街、都市やら王都やら聖都やら、そう言うものを見たことは当然ないが、聞く限りでは全然小さい方だという話だった。けれども、村としては決して小さな村だと言うわけでもないらしい。百人に満たない村と言うのは実際によくあるものだとも聞いたため、確かに村と呼ぶ範疇では確かに人は多い方なのだろうと思う。
襲撃の被害者がでてしまったからあまり言えたことじゃないが、人口百八十人前後で農業が盛んな村だ。しかし全体の収入はあまり良くないようだ。この村から東へ続く街道を行けば徒歩でも三日でグラファナと言う街に着くが、いくら街が近くにあると言っても街から見ればこのアスクートの村の方角には他の街や村もなく、冒険者と呼ばれる旅人が行く迷宮もない。そのため人が訪れることは殆どないらしい。
その話を聞いた時は「ダンジョンがあるのか」と少々乾いた笑いが出たものだ。いかにもゲームっぽい。
だが、収入が良くないと言っても貧困というわけでもないのだそうだ。農地は広く、育てている麦や野菜の種類は豊富。土も良く収穫できる量は結構な量だと聞いた。牛や豚、鶏などの家畜も少ないわけではない。近くの川では魚も捕れ、そのために村で自給自足ができ、この近辺を統治する領主から課せられた税金も苦しくはない。だから生活するだけならばまず餓死などはないのだという。
比較の対象を知らないからそんなものかと思うが、生活に困る小村はいくらでもあると聞くからには、まだ裕福な方なのだろうと漠然的に理解するしかない。
しかし、幸福な村に見えるアスクートの村にも、問題がある。魔物なんてものが存在している以上、なくてはならないものがこの村にはない。
それが、村を外敵から守る手段だった。
魔物や他国、統治などの様々な理由から人の住む地には国や領主の貴族の騎士団がいくらか常駐配備されていたり、冒険者が集まる冒険者ギルドの支部が置かれていたりするらしい。だがアスクートは街が近く他国との国境もない場所。更には迷宮がないことや、周辺の魔物は人里を襲うほど多くはない上、好戦的な魔物も少ないことなどからそう言った村を守る組織がないのだ。事実としてゴブリンが村を襲ったが、それ自体も滅多にあることではないと言う。
青年団による自警組織はあるようだが、数が少なければまだしもゴブリンなどの魔物が群れてしまうと討伐はおろか村を守ることも難しいらしい。だから近隣に出来たらしいゴブリンの巣は発見し次第、街まで行って冒険者に依頼しなければいけないとか。それもいつ受注する冒険者が現れるか分からないため、何とも言い難い。かと言って領主の騎士団を動かしてもらうにも色々と手続きがかかる上、頼みに行くにも領主の居る街は近隣の街グラファナよりも更に東にあり、そこに辿り着くには馬車を使っても一週間は掛かってしまう。
だからこそ前回の襲撃でひとりで何体ものゴブリンを倒した実績を持つ自分に依頼が舞い込み了承したわけだが、しかし俺一人では難しいところもあって、腕の立つ村の男たちと共に討伐をすると言う話になったのが、つい三日前のことだ。
ともあれ、騎士団の詰め所や冒険者ギルドがないこと以外には、充分に良い村だと言えるだろう。
「クロ~!」
宿に帰る途中、この一週間で聞き慣れた声が自分を呼び止める。
クロ。
名前を忘れた自分の、新しい名前だった。
混ざりっ気のない黒い髪と黒い瞳。大抵の人は黒と言っても微妙に別の色が混ざっていて、生まれながらの純粋な黒髪黒眼の人は珍しいらしい。黒い髪と言えばリリーナ当人もそうだが、彼女の瞳の色は綺麗な碧眼だ。そんな珍しいと言う理由から、俺はクロと言う名前で呼ばれるようになった。あまりにも安直なネーミングセンスで、いかにも犬や猫などのペットに付けられそうな名前だが、俺はそんな名前でも嬉しいと感じている。
名前は自分を他者と区別化するもので、個を定義するには必要不可欠なものだ。例えお世辞にも名前と呼べたものでなかろうと、その個体を指し示すには無くてはならないものだと思っていて、それは名前が思い出せない時点で自分は自分を失っているせいもあるし、俺はきっと忘れた自分の名前が好きだったとだけ覚えているせいもあるんだろう。
だから、俺はクロと言う名前を気に入った。それに安直ながらも分かりやすい名前だろう?
「リリーナ」
自分に名を与えてくれた命の恩人にして、その命を救ったことがある彼女の名を呼ぶ。
「何か用事でもあったか?」
「ううん、クロがお昼過ぎても帰ってこなかったから、心配しちゃって」
そう言われて空を見上げると、陽は空高くに登っている。大体十三時と言った所だろう。昼前には帰ると告げて宿を出たのだが、帰るのが遅れてしまったようだ。
少々心配症なのではと思うが、そうも言っていられない。
「わ、悪い……」
「えっ、あっ、いいのいいの!……まだ怪我が治ったばかりで全快ってほどじゃないでしょ? だから、ね?」
素直に謝るとリリーナは少し照れくさそうにはにかんで見せた。
「あっはっは! 若いっいいねぇ!」
そんなやりとりを見ていたのか、村唯一の鍛冶工房を営む鍛冶士マグナ・カーバー(女性)がちょうどすぐ前だった工房から出てきて男勝りなくらいに豪快に笑って言う。
「そんなんじゃないですよっ!」
それを聞いてリリーナはなかなかに力強く否定してくれる。地味に悲しくなるのは男の性だろうか……。
「おいおい、若い云々以前にこの二人じゃ飼い主とペットだろう?」
続くように言ったのはちょうど近くを通りがかった農家を営むハルン一家の大黒柱テオルさんだ。
「ま、それもあながち間違っちゃいないがね」
うんうんとマグナさんが二度の首肯を加えて言う。
……やっぱ俺はペットなのか。名前的に。冗談と分かっていてもキツイお言葉だ。一時は英雄だの勇者だのと大層持ち上げた挙げ句今度は崖から突き落とすのか? ひでぇな、それ。
まあ英雄だの何だのと呼ばないでくれと懇願した身では何とも言えない。
でも、この雰囲気は悪くないと感じていた。好ましいと言ってもいいかもしれない。
単に忘れただけか、あるいは本当にそうだったかは分からないが、以前の俺はこんな他人と関わる様な生活をしていなかったと思う。その割に色んなゲームの記憶──と言うよりは知識かもしれないが、そんな事ばかりを覚えている。
まるで引き篭もりだな。
…………。
………………。
……………………。
ちょっとだけ、本当にそうだったらどうしようかと本気で考えた。
「もうっ、マグナさんもテオルさんもいい加減にしてくださいよー!」
そう言って頬を膨らませるリリーナ。その隣には若干落ち込み気味の俺。……酷い絵面だ。
そうして半ば強引にリリーナに手を引かれて宿まで戻る訳だが、その道中も似たようなことを言われてリリーナは更に頬を膨らませてもはやハムスター状態。中身は詰まってないのだから、あるいはカエルと言った方が正しいのだろうか。どうでもいいけど。
「ほら、もう行こっ」
「ぉあっ!?」
ぐんとリリーナの思いもよらぬ強い力に引かれて転びそうになる。
「あはは! まったく、本当にお似合いな子たちだね」
「まだ一週間だってのにな。まあ、良かったのかもしれんがなぁ」
そんな二人の声を遠くに聞きながら
「今日はね、フイールのおばあちゃんからおいしいパンを貰ったんだ。それでサンドイッチ作ったから、早く食べよっ」
両親を亡くした事を必死で忘れようと笑顔でいるリリーナに従う様に、付き添った。
その日の夜。
夕食を終えて、もう少しで就寝しようと言う時間に、リリーナは俺に訊いてくる。
「クロはさ、家族のこと覚えてないって言ってたけど、その……会いたいとかって、思うのかな?」
いきなりの質問に呆気に取られながらも、けれど顔を伏せがちなリリーナを見て、正直な気持ちを答える。
「どうだろうな……正直言って、分からない。覚えてはいないんだけど、知りたいとか、思い出したいとか……そう言う気持ちはあんまりないよ」
まだこの村で生活を一週間。人ひとりのことを理解しようなど出来る訳もないけれど、それでもリリーナは自分に答えを求めているのが分かる。
それは、同意か、あるいは否定か。当然前者なのだろうが、本当に正直な気持ちで答えてやる。
「覚えてないからって言い訳はしたくないけどさ、どう言う訳か思い出したくないって思う気持ちの方が大きい。もしかしたら、あんま良い両親じゃなかったのかもな」
でも、と。
「もう二度と会えないかもしれないって考えたら、会いたいと思う。血の繋がった家族なんだから、会いたいって思って当然なんじゃないかな」
出来る限り優しく答える。しかし、内容はあまり良いものではない。未だに自分の状況さえ割り切れない所は多いけれど、でもそれが本音だった。
会ってみたい。どんな両親なのか。もしかしたら兄弟が居るかもしれないし、どんな人なのか会ってみたいと思う。
穴が開いた様な記憶は、あまりにも大部分がないのだ。ゲームなんてものの知識はいくらでも覚えているのに、自分の事が分からない。自分の周りの事が分からない。
それは……あまりにも、心細いものがあった。
けれど反対に、解放されたと言う気持ちがある。
だからこそ、知りたいと思う。思い出したいのではなく、あくまで知りたいと思っている。
思い出そうとすると、不思議と辛くなるから。
「そっか。クロでも会いたいって思うんだね」
短い間でリリーナが自分に随分と心を開いてくれたのは、両親が亡くなったためだと思っている。心を許せる肉親がいなくなり、偶然側に居た自分を話し相手に選んだだけなのだ。──だから、簡単には慰めの言葉はかけられないし、勇気づけてやることもできない。
あまりにも非力な自分がいた。非力さを感じさせられた。
ここは仮想世界で、レベルを上げて、スキルを強化して、装備を集めて、強くなれる。
でも、そんな事はどうでもいい。
どう足掻いたって、非力さを感じずにはいられない。人ひとりの哀しみさえ掬い取ってやれないと言う、非力さを。
それは難しいことだけど、それでも感じざるを得ない。
「じゃあ、私と一緒だねっ」
目尻に涙を浮かべて笑う彼女は、自分よりも強く見える。
「ああ、そうだな……」
そう言った言葉だけは、嘘だった。
◇
それからの村の生活は、なかなかに充実した毎日だった。
傷が完治して体調も良くなると、俺は村に散策に出ては村人たちに話しかけられ、子供たちには一緒に遊ぼうとせがまれる。冒険者は粗暴な者も多いらしく、近付きがたい雰囲気があるからあまり話しかけられないと村の人達に聞いていたが、どうやら自分はその例には当て嵌まらないらしい。子供たちの元気さにはいくら身体があっても足りなかった。
いや、単に自分の体力がないだけかもしれないが。
いつまでもリリーナの世話になっている訳にも行かず、時折村人の頼みを聞いて色んな手伝いをした。
大抵は農家を営む人達の手伝いが多かった。害虫駆除が良い作物を育てるコツだと何度も言われ、地味な作業を延々とこなし、腰を痛めたことに何度も笑われた。
村唯一の鍛冶士であるマグナさんの手伝いでは、道具や製作物である武具の整理をしたり、実際に鍛冶をやらせてもらったりもした。
樵のヴィアロさんの手伝いもして、森へ行っては木を伐採し、時には薪割りを一日中していたこともあった。
パン屋を営むフィーラさんの所では店番を頼まれたり、パンを焼くのを手伝っていたり。
なかなか充実していた。
その陰で《鍛冶》や、《木工》《商売》、《調理》、《農場》などのスキルが次々とスキルリストに出現し、熟練度は初期の最低値ながらも習得していたのは何とも言えない感情があった。
そんな毎日の中で何もする事の無い暇な時間を見つけては剣を振り、たまに村の近くで目撃された魔物を倒しに行った事もあり、一応の成長が心身に現れ始めてきたのは妙な感慨があったものだ。
ああ、そう言えば森の茸や木の実を取りに行くと言う人達の護衛なんてこともした。結局魔物は出てこなかったが、出てこない事が一番だ。
そんな生活を続けて、もうじき一ヶ月が経つと言う時、青年団の自分と同い年ぐらいの男たちが、あまり良いとは言えない報を齎した。
「やつらの……ゴブリンの巣を見つけたぞ!」
ざわめく大人。怖がる子供。
村長に頼まれていた依頼の元凶が、あの襲撃から一ヶ月以上も経って、とうとう見つかった。