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リアルファンタジーゲーム  作者: 一条 欅
プロローグ
4/14

記憶無き仮想


 デジャブ。


 そう、二度目のデジャブだ。


「…………」


 死んでなければ誰でも普通は目が覚めるものなのだけど、三度目の感覚があったせいで二度目のデジャブを感じていた。知らない場所で目が覚めたのだ。それが立て続けに三度も起きれば少しは混乱する。一応は知らない場所ではないが、それは二度目の時と同じ場所なので結局そこは自分の知らない場所。


「ああ、そっか……」


 この部屋で目が覚めて、悲鳴を聞いて、飛び出して見たらいきなりゴブリンに襲われて──


「あのでかいゴブリンに、やられたのか」


 そこまで思考すると、直撃を受けた左の横腹が僅かな痛みを伝えてくる。傷はそこまで深くないのだろうか。自分がやっていたCCOなら、痺れと僅かな痛みが続く程度だが、リアルな痛みが現実味を帯びてくる。


 何とか身体を起こし、自分の身体に巻かれた包帯を見て、少し溜め息。夢であってほしかったと思う。けれど、どこかで夢じゃないと安堵している。良く分からない曖昧な感情だった。


「あー、痛ぇ……」


 そうぼやくと、少しだけ気分が楽になる。つっかえ棒で支えられた木窓の外を見て、前に目が覚めた時に見たゴブリンらしきものが居た場所を注視するが、そこには何の陰もない。

 ここに居ることや、傷を負っていることが夢ではないと言う確かな証拠で、この村が襲われていたのも事実。だから、あの森の陰にゴブリンが居ないことにも安堵して、一息つく。


 それは一息というよりも、溜め息に近かったかもしれない。


 情報の全く足りない状況で、とりあえずは今が現実であることを理解した上で、改めて村の中で倒れていた人達に黙祷を捧げる。確かにここは仮想世界かもしれない。信じがたい事だし、まったく意味がわからないが、ホロウィンドウが一応は作用する事をあの時に実際に使って確認済みだから、よく物語である、異世界に行った、とかそういうものじゃないんだろう。──いや、実際にあったら困るのだが。


 ともかくここが仮想世界であるなら、ログアウトする環境がどこかにあるはずだ。システムコンソール的なものがどこかにあれば、多分そこからログアウトする事は出来るだろう。まあ、単なる憶測に過ぎないし、システムコンソールなんて実際あるのか定かじゃない。プレイヤーが触れる位置にあるわけないし。


 ただ、問題なのはこの仮想世界かもしれないこの世界は、覚えている限りのVR規格のオンラインゲームと違ってあまりにも現実味があり過ぎる点だ。実際の所じゃゲーム的な要素を見出しているのは、左手を縦に振ることで出現するホロウィンドウ型のメニューだけ。通常、痛覚が98%カットされているVR規格のゲームではあり得ない痛みや、リアル過ぎる血の表現。自分が覚えている中で最も脳が受け取る情報量の多さに正直恐怖すら覚える。ゲームだったからこそどんなモンスターを相手にしたって戦えた。けれどもしそれが限りなく現実に近かったなら、きっと自分は動けなくなるだろう。あのゴブリンたちを前に動けたのは、不幸中の幸いとさえ言えた。


 ──いや、それより身近な問題がひとつ。


「どうなるんだ、俺……」


 これから、どうなるんだ?


 また半裸と言うことに別のデジャブを覚えるのはさておき、自分が今生きてこの部屋に居ると言うことは、一応村は壊滅を免れたはず。それならいくらか話は聞けるだろうし、ある程度の理解は可能だと思う。当面の問題はやはりこれからどうなるのか、そしてどうするのかになるが、なるようにしかならないだろう。


 遊戯(ゲーム)の様な現実(リアル)、あるいは現実(リアル)の様な遊戯(ゲーム)か。言葉遊びにもならないけど、今はできるかぎりのことをするしかない。


「はぁ……」


 溜め息が出た。


 そんな時だった。


「あっ、目が覚めたんですね!」


 不意にガチャリと部屋の戸が開かれ、入ってきた女性が自分を見てそう言った。黒い長髪に、瞳の色は澄んだ碧。身長は感覚で大体一六〇あるかないかと言った所。典型的な古ぼけた衣服はRPGの寂れた村と言う雰囲気があるが、それでもどこか可愛さのある服装だった。


 ──それはどうでもいい。それにしても、少々垂れ目がちで大人しそうな感じの綺麗な人だ。


 ──いや、そうじゃなくて。


 ──と言うか、確か──


「ああ、君は……」


「はい、先日は助けていただいてありがとうございます!」


 深く頭を下げる彼女に、どう答えたものかと少々悩む。人を助けるために戦っていたんじゃない。ただ怖くて、それでもこれがゲームだと思い込んで、イベントだと思い込んで戦っただけだ。それはきっと、結果的に人を助けることに繋がったのかもしれないが、ただ単に、自分が助かりたいだけだった様にも思える。あるいは──ゲームだと思い込むことで、愉しんでいたのか。


 何にしても、ここは仮想世界で、ゲームかどうかはさておき、実在している物だと言うことは、一応理解はしている。データだろうが、何だろうが、生きている事には変わらない。あれほど痛みを感じ、悲痛な叫びを聞き、血を見れば……ただのゲームだなんて言えない。


 普通の仮想世界じゃ、ゲームじゃありえないのだ。


 だからどうしても、仮想世界だから別にいい、なんて割り切ることはできなかった。

 記憶が色々と抜けていて、思い出せないことも多いせいで、何故自分がこんな状況に──それはもちろん、何故この仮想世界にいるのかを聞きたいが、それに答えてくれる者はきっとこの村には居ないだろう。彼女を見るに、NPCとは思えないし、かと言ってプレイヤーだとしても村人を演じるなんて到底考えられない。覚えている限りじゃ人工知能──《AI》をNPCに搭載しようとしたゲームがあったらしいが、バグの多さで開発が断念されたらしいし。


 やはり、理解ができない。どう接すればいいのか、分からない。記憶の中じゃ自分は元々人付き合いなんてできた人間じゃないようだし。


「えっと、私、リリーナです。あなたのお名前は……」


「ああ……えーっと……」


 名前は、と聞かれてすぐに言葉がでない。思い出せていないのだ。まだ何も、思い出せていない。


「俺の、名前……」


 何だっただろう。いつも、誰かに呼ばれていたはずの名前。その誰かすら思い出せない。思い出せるのは、どれもばらばらだ。


 ゲームをやっていた事とか。


 白い部屋に居た様な気がする事とか。


 曖昧で、不明瞭だ。それでも妙に冷静なのは、何故だろう。


「……悪い。名前は覚えてない」


「え?」


「思い出せないんだ。あの森で一度起きた時から。全部って訳じゃないけど、記憶が曖昧で……」


 リリーナと名乗った女性は呆けた顔になり、すぐに驚いた表情をした。


「治癒術士を呼んで来ますので、安静にしててくださいね!」


 そう言うや否や、慌てて部屋を出ていき、ドタバタと騒がしく階段を下りていく。


「…………あ?」


 治癒術士? ゲーム染みた単語が出てきた。魔法とは珍しい。PRGには付き物の属性遠距離攻撃のスキルであることが大抵だ。しかし、魔法とは大概必中スキルである場合が多い。勿論回避率などで避けることもできるゲームは存在するが、それはさておき、だ。


 VR規格のゲームには、魔法と言う必中スキルは存在しない。それは当然、目標を定めてスキルを発動させるだけで命中してしまえば、自由に動ける仮想世界を否定するにも等しいためだ。それでも銃が存在するタイトルや、自分がやっていた記憶があるCCOクロア・クロニクル・オンラインでもそうだが弓が存在するタイトルがある。けれど、こちらに限ってはちゃんと狙いを定めて撃たなければまず当たらない。技術を要することで避けられがちな所もあるが、ちゃんと扱えれば当てられる武器だ。だからこそ、と言えばいいだろう。


 必ず当たってしまうものは、バランスを崩してしまう。


 魔法なんてものは範囲攻撃だとか、単体火力が強すぎてそれだけでバランスを崩しかねないと言うのに、VR規格の中でそれが必中になってしまえば、近接武器が必要なくなる。だから、魔法と言うものはVR規格のタイトルでは疎遠なものだ。もちろん、CCOにも実装しようと運営が調整し続けているが、それでも実装までは遠いと言われていた──と、覚えている。


 まあ、とにかく、必ず当たる攻撃なんてものは、邪道と言ってもいい。


 それにしても、魔法か──


「興味あるな」


 そう呟いた自分の顔は、きっと笑っているに違いない。今までなかったものがあるのだ。それに興味を惹かれないゲーマーがいるだろうか。


「ん?」


 俺ってゲーマーだったのか。衝撃だ。少々ここに来る前の自分を知るのが怖い。いや、そんなことはどうでも──よくはないが、まあ、今は置いといて。


 魔法──。


 魔法と言ったら、属性とか、範囲とか、追加効果やらあるのが定番だ。指を立てた左手を縦に振ってメニューを呼び出し、ステータスのアイコンをタップして展開する。


「こりゃあ……」


 ステータスを見て、感嘆と驚愕が入り混じった声が出る。そして、同時に酷く興味が惹かれた。自分が覚えているCCOのステータスと類似しているが、VR規格のタイトルはどれも同じ様なものだ。だから多少ステータスが違う程度なら興味はあまり惹かれない。


 しかし、これは少し興味を惹かれてしまう。大抵は基本的なステータスが数種類あるだけなのだが、これは違う。そもそもあるはずのものが存在しない時点で、全く別だと言うことが分かる。


HP(ヒットポイント)》がないのだ。ゲームではプレイヤーの体力である、それがない。リアル過ぎるこの世界で命を数値として表せないような感じなのだろうか。外に出たらいきなりゴブリンに遭遇してしまった時にもステータスは開いたが、確認程度であまり見る余裕はなかったが──


 とりあえず、上から順に挙げていくと、《攻撃力(ATK)》《防御力(DEF)》《筋力値(STR)》《敏捷値(AGI)》《耐力値(VIT)》《知力値(INT)》《精神値(MNT)》《耐性値(RES)》の八種類。ただし、最後のRESに関しては、火、水、氷、土、木、風、雷、光、闇、毒と言うそれぞれの属性に対しての耐性があるようだ。


 最初に見た時はレベル1、ゴブリンを一体倒した時はレベル5になっていたが、今見ればレベルは21まで上昇している。それだけあの時のゴブリンたちがレベル的に強かったのだろう。


 装備スロットとアイテムストレージを展開して、現在所持しているものを確認してみると、装備スロットには何も無いがアイテムストレージにはいくらかアイテムが格納されている。VRタイトルではよくある《データ化》だが、一応は機能しているのだろうか。一番上にあった《ボロボロの服》をタップして、《オブジェクト化》のコマンドを指定する。すると、青いエフェクトに包まれてアイテムであるボロボロの服がオブジェクト化した。


 ──と言うか、本当にボロボロだな。これで装備カテゴリが《胴装備》だと思うと、苦笑しか出てこない。同じ様なものがCCOにあったが、それよりも酷いと思う。


「んんっ!」


 改めてオブジェクト化されたボロボロの服をタップし、アイテムステータスを確認して見る。咳払いで傷が痛んだのは我慢した。


 当然の様に防御力が表記されている。そして装備する為に要求されるステータス値がいくらか設定されているようだが、それ自体は低い。装備制限レベルが1からと言うこともあって、軒並み低くなっているのだろう。あとは《耐久値(PER)》《重量値(WHT)》の二つが表記されていて、《SLA》《IMP》《PIE》の三つはCCOにもあった斬撃、打撃、刺突の物理攻撃属性に対しての個別防御力だろう。RESの値もあるが、どれもゼロだ。さすがはボロボロの服。耐久度も1/4と既に最大値の4から装備損失手前の1になっている。まあ、何にしても使わないだろうが。


「とりあえず……このステータス、レベルが上がって上昇しているけど……」


 リアルすぎるこの仮想世界で、どんな影響があるのだろう。ショートソードのステータスは見なかったが、ロッドにもステータスがあったように、この世界にあるものの殆どにはそうしたアイテムとしてのステータスがあると言う事だろう。試しに近くにあった小瓶をタップすると、アイテム名は小瓶。それ以上は何も表示されなかった。多分所有権が自分にないためだろう。

 今度はアイテムストレージにある《ゴブリンの牙》の表示をタップしてみれば、アイテム名の他にPERとWHTが表示された。基本的にはやはりVRタイトルの基本仕様と大差はないのだろう。……もちろん、あの血や今も尚感じている腹の傷の痛みは、例外のようだが。


 プレイヤーステータスは傷が治り次第ある程度は検証してみる価値がありそうだ。体感で分かるかどうかは分からないが、やってみなければ分かるものも分からない。


「ッ……」


 と言うか、傷が痛む。直撃を喰らった傷は深いはずだ。それがこの程度と言うことは、多分意識を失ってから数日は経過しているだろう。


 …………。


「痛ぇ……」


 考え事をすることで紛らわそうと思ったが、痛いモンは痛かった。鎮痛剤とかないですかと叫びたい。仮想世界であることは確かなんだろうけど、これだけ痛いともう現実だと思い込んでもいいくらいだ。


 その時、カチリと頭の中で何かが繋がった。


 記憶が戻ったのでは、と思ったが、思い出そうとしても思い出せないものは思い出せない。それが何かすら分からないものの方が多いだろう。疑問に首を傾げるが、ふと気付く。開きっぱなしだったメニューのスキルアイコンが黄色く点滅していた。


「まさか」


 と気丈に鼻で笑いながら、スキルウィンドウを開く。そこにあるのは、CCOでも見た覚えがあるスキルが並ぶ。


短剣(ダガー)》《直剣(ショートソード)》《広剣(ブロードソード)》《片手槍(スピア)》《片手戦斧(バトルアクス)》《片手鈍器(クラブ)》《短弓(ショートボウ)》《円盾(ラウンドシールド)》。


 覚えではそれらマスタリースキルは対応武器カテゴリの武器を使用し続けることで熟練度が上昇し、その度にパッシブスキル、アーツスキル、アクティブスキルを習得していくはずだが、本当に機能しているのか早くも試したくもなる。他にもCCOなどで初期状態から出現している《探索(サーチ)》やら数種類ほど出ている。


「いや、今は……」


 とにかく横腹が痛い。コッチが一番重要で現実味バリバリである。いかにも仮想なホロウィンドウとこのリアリティ抜群な痛みに戸惑ってしまう。


 それでもそんな中で特に気になるのは更にその下にある《魔法(スペル)》の項目。それをタップしてみると、《基礎魔法》《魔法力向上》のスキルが表示されるが、当然どちらも習得はしていない。


 …………。


「あ゛~……」


 だめだ。痛い。本当に痛いものは痛い。今まで感じたことの無い痛みで、もしかしたら涙でも出てるんじゃないかと思ってしまう。


 ちょうどそこで部屋の外から足音が聞こえた。さっきの女性──リリーナと、言っていた治癒術士の人の二人だろう。オブジェクト化のままだったボロボロの服をデータ化してストレージに格納し、ウィンドウを全て消す。オブジェクト化にデータ化が仮想世界だと言うことを更に助長しているが、今は置いといて。足音が部屋のドアの前までやってくると、ドアが開かれてリリーナと男性が入ってきた。


「おお、本当に目が覚めたんだね。良かったよ」


 と開口一番に男がそう言った。


「村の被害は大きかったけれど、英雄が生きていてくれて本当に嬉しいよ」


 …………。


「は?」


 素でそう言った。


「おや? ああ、そうか。記憶が無いんだったね」


「ああ、いや、全く無いわけじゃないんだ」


 治癒術士の男性がそう言うが、すぐに誤解を解くように答える。


「そうなのかい?」


「色々思い出せないことがあるのは確かだけど、さっきのは、ほら、英雄とか何とか言ったから、つい」


「なるほどね。それで驚いたんだね。君は覚えているかい?」


「え、ええ……一応は」


 覚えているか、と言うのは多分襲撃の時のことだろう。英雄は少々言い過ぎだと思うが。


 治癒術士の男性はベッドのすぐ近くまでやってくる。


「傷を診たいんだが、包帯、外しても大丈夫かな?」


「はい」


 素直に従って、包帯を外してもらう。その下にガーゼか何かが宛がわれているが、白かったであろうそれは血で変色してしまっている。それを外す時、傷に張り付いていて少々痛みを伴ったが、問題無く患部が露出した。


 そこは綺麗に横一閃に斬撃による傷が出来ている。あまりにもグロテスクだ。


「うん。これなら三日四日で良くなりそうだよ。君、回復力が良い方なんだね。傷は痛む?」


「まあ、それなり──いや、かなり痛いです」


 強がりを止めて正直に答えると、治癒術士が持っていた木箱から紙を取り出した。何かの包みだったらしく、それを広げると中から小さな玉状のものが二つ。よく見るとそれは見覚えのあるものだった。


「《ヒールリーフの丸薬》だよ。鎮痛効果もあるから、我慢できないほどだったらこれを飲むと良い」


「ど、ども」


「まずは傷の手当てをしようか。リリーナちゃん、水の用意、頼めるかな?」


「はい」


 水を頼まれたリリーナは部屋を出ていき、治癒術士の男性は何やら木箱から別の物を取り出す。瓶だ。傷薬か何かだろう。新しいガーゼ──のようなもの──と包帯を用意し、少し待つこと五分もかからずにリリーナが桶いっぱいの水を持って戻ってくる。綺麗な手ぬぐいに水を付けて患部を拭き、傷薬らしいものを塗る。治癒術士と聞いていたが、案外普通だった。


 ──と、思いきやそこで治癒術士が傷に手をかざして何やら言い始める。


「快方の光よ、今此処に来たりて宿れ……《ヒール》」


 傷口に淡い緑色の光が集まり、僅かに熱くなった所で光が収まっていく。完全に光が消えた後に見えた傷は、さっきよりも僅かに小さく感じた。


 ……これが、魔法か。正確には治癒術なのだろうが、いやはや、これは……。


 VRタイトルには魔法スキルはなかったと言ったが、マジックアイテムと呼べるものはいくらかあった。即時的にプレイヤーのHPを回復させる《ヒールクリスタル》と言うものがあったし、状態異常を回復させるものもあった。同じく結晶系のアイテムを砕いたり、放り投げたり、《コール》する事で発動したりと色んなタイプがあれば、中には転移用のものもあった。ものによってはモンスターをランダムで召喚させるものもあった。あとはモンスターが稀にドロップするカードアイテムで、武器や防具のスロットに差す事で効果を表すマジックアイテムなんて効果のものもあった。モンスターによってはブレス攻撃をしてきたし、電気を放電するとか、まあ、色々と魔法とも呼べる攻撃を行ってくるやつもいたが、要するに何が言いたいのかと言うと──


 ──本当に魔法を見たのは、初めてだった。


「ふぅ。僕はこれくらいかな。リリーナちゃん、あとはお願いするよ」


「はい、任せてください」


「…………」


 俺は俺で今目の前で起きたことに相当興味を惹かれ、同時に驚愕する。


 ──これは、面白い。


 表情にこそ出さなかったが、油断していたら多分ニヤニヤしていたかもしれない。


「えっと、じゃあ、次は私が」


「ん……ん? リリーナも、治癒術を?」


 リリーナが先程まで治癒術士の人が座っていたベッドに横づけされた椅子に腰を下ろし、傷口に手をかざしたところで俺は訊いた。


「はい。まだ見習いですけど、《ヒール》なら何とか」


 そう言って、さっきと同じ言葉の後に《ヒール》と続け、同じ淡い緑色の光が集まってくる。治癒術士の人のより、少し光が弱いのは多分熟練度的な問題だろうか。それでも傷口は充分な熱を持ち、光が収まった後はまた少しだけ傷口が小さくなった。これだったら連続して使用した方がいいんじゃないだろうかと思ったが、ここまでリアル過ぎると魔法の使用による消耗は当然あるのだろう。


 ただ、MPとかSPとか、そういったステータスがない──HPもないが──ため、限度が分からない。もしかしたら、CCOなどと同じ場合、ポーションの連続服用による副作用のような効果があるのかもしれない。


 そんな思考を余所に、ヒールをかけ終えた後はガーゼを患部にあてて包帯を巻き、診察と手当は終了した。


「ところで、記憶がないと言っていたけれど……」


「まあ、そうみたいで。所々抜け落ちてたり、霞がかった様に思い出せない所があって」


「そうか……。とりあえず傷が治るまでは安静にした方が良い。リリーナちゃん、彼を頼んでも大丈夫かな?」


「大丈夫です。その……一人きりになってしまいましたし、誰かが側にいてくれると安心できます」


 リリーナはそう言うが、その表情は哀しそうに見える。まさかとは思うが、あの襲撃の時に家族を亡くしたのか? その可能性は大いにあり得る。


「それに彼がいてくれたら尚のこと安心できます。傷のこともありますから、彼の看病もしやすいですし」


 と、今度は笑ってみせた。何だか気恥ずかしい。特にバランスが保たれた支え合いと言うところが。






 その日は、自分が目覚めたことが村中に伝わり、村人たちがそれぞれ見舞いにやってきて、それの応答に疲れると言う、安息とは呼べない時間が過ぎていった。日が傾き始めてようやく見舞いの足がなくなると、俺は一人、ホロウィンドウを展開して睨めっこの状態だった。


 とは言ってもそれは確認だけに過ぎず、あまり時間のかかる作業ではない。自分の現状について何の答えもでないように、今メニューのステータスや装備、アイテムと睨めっこをしても何の答えもでない。だから、暇つぶしのようなものだ。レベルの確認、現在のプレイヤーステータスの確認。時間もなかったのでじっくり見るほど余裕がなかったが、レベル1の時とレベル5の時と、そして現在のレベル21の状態のステータス差をある程度把握し、ステータスの下部に表示されている《ボーナスポイント》を見つめる。


 仕様としては、どのVRタイトルを基準にしているか分からないが、よくある自動タイプと振分タイプの二つがあるらしく、今のステータスは平均的な上昇を見せているが、振分タイプの仕様である《ボーナスポイント》は一切振り分けていない状態で、52ポイントも余っている状態になっている。これを振り分けられるのはSTR、AGI、VIT、INT、MNTの五つのステータスのようで、どれに振ろうか迷いがあった。当然、今も何もわからない状況なので意味無く使ってしまっては勿体無い。もしもこの状態が続くなら、考えて振り分けた方が身のためだ。もしCCOで慣らした感覚で戦うならば、CCOでもお馴染みのSTR、AGI、VITの三つの中から敏捷値であるAGIを多めに振り、STRを適度にあげて、VITはレベルによる上昇に任せるのがいいだろう。


 しかし。


 しかし、だ。


 …………魔法にかなり興味がある。


 MPだかSPだか知らないが、そう言う観念の有無にもよるが、とにかく興味がある。──あるが、一度こけたらそこで何もかもパーだ。これはさすがに勘弁願いたい。魔法と言ったら、色んな種類がある。RPGはMMOに限らずとも大抵魔法使いの職業で大抵覚えられてしまったりするが、中にはひとつの属性に特化しているようなものもある。だからどれが有効的かは変わるし、それはモンスターの弱点で全く変わってしまうだろう。何と言うか、ゲーム脳のようなことばかりだが、それは置いておく。


 とにかく、慎重になるべきである。襲撃の時にロッドやショートソードを使ったこともあって、《直剣(ショートソード)》と《片手鈍器(クラブ)》のマスタリースキルの熟練度が僅かに上昇している。どうやらCCOとは少々違う計算で上昇している様子があるが、初期で使用できるアーツスキルは《スラスト》。CCOと同じアーツスキルが存在するので、大差はないと考えてもいいだろう。


 そうなると、扱い慣れた武器のマスタリースキルの熟練度を上げていった方がいい。それが鉄板だ。だが、少々困ったことがひとつ。当然それは、どの武器を使うか、だ。覚えている限りでは、CCOをプレイしていた時の自分は武器カテゴリに拘りはなかったのだ。これはCCOで何十万IDと存在するアカウントの中から、たった一人しか得られない名誉ある《エクストラユニークスキル》があったためだ。


 ところどころ抜けおちている記憶の中じゃどれだけゲーム廃人だったのかは計り知れないが、相当なものだったのだろう。


 ともあれ、その一人しか得られない《エクストラユニークスキル》の中でも、自分は《クイックトリガー》と言う呼称のアクティブスキルを持っていた。

 効果は、固有の武器スロットに武器をセットしておき、《クイックトリガー》を使用する事でそのスロットにセットされた武器と現在の装備している武器を瞬時に切り替えると言うものだ。


 あまり便利そうに聞こえないかもしれないが、VRタイトルには色々と制限がある。ただ消耗品を使用するだけでもいちいちオブジェクト化させてからでなければ使用する事はできない。そのためにプレイヤーの装備となる服や鎧にはポーチやポケットが付いているものもあって、その中にオブジェクト化させた状態のままで保存しておき、使いたい時にはオブジェクト化させたままで保存しておいたアイテムを使う、と言うのが基本だった。


 そして武器の場合。これは防具やら装飾品やら、装備するもの全てと同じなのだが、まずメニューを開き、アイテムストレージを展開して装備したい武器を選択し、その後に装備ウィンドウのフィギュアの武器スロットを選択しなければならないと言う工程が絶対的に必要だ。


 要するに、装備の変更には時間がかかる訳だ。


 しかし、CCOのプレイヤーであった自分が所有していた《クイックトリガー》と言うスキルではその工程を無視して武器を変更できるのだ。戦闘中に自在に武器を変えて戦えると言う利点を生むのである。まあ、デメリットとして武器のマスタリースキルを複数育て上げなければいけないというのが大前提だった訳で、当然自分もそうした。複数のマスタリースキルを育て、個々のアーツスキルの熟練度すらも上げて、臨機応変に戦える万能を目指した。


 特に好んで使っていたのは《刀剣(ブレード)》の日本刀型と、腕防具と剣が一体化した《籠手剣(アームブレード)》、そして《大弓(ラージボウ)》の三種類だったが、結果としては習得していたマスタリースキルはどれも熟練度的に平坦なものだった。


 だから、特別得意なものはない。


 それはある意味ではどれでも使える、何を使っても大丈夫だと言えるのかもしれないが、逆を言えば負けないと言う自信が持てる武器がないのである。


 困ったものだ。


 そんな時、コンコン──とドアがノックされ、リリーナが部屋に入ってきた。


「お夕飯を作りましたよ」


 とお盆の上に何だか良い匂いを漂わせる食器を持ちながらリリーナが言う。窓の外を見てみると、もう空は綺麗な夕焼け色に染まっていた。


 ……なんだか、結局余計に考え込んでしまったな。


「ありがとう」


 礼を言って、手を伸ばす。


 すると、渡してくれるものだと思っていたお盆がひょいっと手の届かないところに持っていかれた。


「……え?、いや、え?」


 何故だ。


「怪我人はゆっくりしていてください」


 その妙に笑顔なリリーナに、自分は困惑するしかなかった。

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